第2話 ひ弱な体、その生を終える


 俺は今日も今日とて仕事に勤しむ。

 幼馴染は勇者に選ばれたというのに、俺は村の中でも雑に扱われ、荷車すら渡してもらえずに農具を運んでいた。

 今朝、村の小屋が老朽化から崩れてしまい、その中の荷車も壊れた為だ。中にいた人も無事では済まなかったことだろう。


「でも、これが俺に見合った生活なんだろうなぁ……」


 肩に担いだ鍬やら何やらがガシャガシャと暴れる。足元の悪いこの道は、崖の下が池になっており危険だが、目的地へは近道だった。俺はバランスを取りながらフラフラと進み、呟く。

 昔は冒険者なんかに憧れた。ギルドで高ランクになり、強い魔物を討伐して名声や大金を得て贅沢な暮らしをする。そんな英雄のような生活になりたいと夢を抱いていた。

 しかし俺には魔法の素質もなければ、剣の才能もなかった。何をどう間違えたのか、ひ弱な体で生まれてしまったから、俺は農業が基本のこの村でも役立たずでしかなかった。


「よーリドゥ。相変わらずしけた面してんなァ?」

「ブリー……」


 村の幼馴染の一人、ブリー。30歳で俺と同じ年。人を見下していて、暴言だけじゃなく暴力も平気で振るって来る。何が気に入らないのか、俺に対しては相当容赦なくやってくれる。

 俺の怪訝な表情に気付いたのか、ブリーは嫌な顔を更に崩して笑いながらこちらへ近付いてくる。俺は無意識に後退る。


「おうおう逃げるなよリドゥ。リドゥール・ディージュよォ~。聞いたぜ? 朝から小屋がぶっ壊れて道具が巻き添えくらって大変なんだってな? 小屋の解体にも人はいるし、畑にも人がいるしで、ひ弱なお前まで駆り出されてんだから、全く大変だよなァ~?」

「……お前はこんなところで何してるんだよ。お前も人員に駆り出されてるんだろ。俺なんかに構わずにさっさと次の作業に行けよ」

「生意気だなぁ、リドゥの癖に……」


 ブリーが更にこちらへ近付いてくる。俺も下がるが、崖に背を向けてしまい、逃げ場がなくなる。

 奴は嫌な笑みを浮かべながら俺の肩にある農具を掴んだ。


「おら、持ってやる……よ!」


 そういうと農具を数本掴むと、そのまま俺の後ろへ放り投げた。

 後ろ。つまり崖下の池だ。


「お前……!」

「あーあー。お前がひ弱だから落っことしちまって、村の皆困るだろうな~」

「お前がやったんだろ!!」

「ただでさえ小屋がぶっ壊れて困ってんだ。役立たずのお前の言葉と若くて力のある俺の言葉、どっちを信じるだろうな」


 俺は残った農具を置いてブリーに掴みかかる。だが、余裕の笑みのまま俺の腕は止められてしまう。

 村人はブリーが嘘をついていることを見破るだろう。だからと言って俺の味方にはならない。こいつの言う通り、俺は役立たずでブリーは村の主戦力だ。どちらを優遇するべきかなんて誰の目にも明らかだ。


「俺が何したってんだ……! 必死に働いてるのに、こんな嫌がらせまでされるようなこと……!」

「お前が弱いからだ。弱い罪、仕事が遅い罪、その癖普通の人と同じ程度食糧を必要とする罪。お前は村の邪魔者なんだよ」

「そんなこと……! 俺だってわかってる!! だからこうして、冷遇されながらも頑張ってんだろ!!」


 俺は更に詰め寄る。怒りよりも自分への情けなさで涙が出てくる。

 今まで何度こうやってブリーに抵抗してみただろうか。だけどその度に俺は返り討ちに遭って、こいつ自慢の腕っぷしで放り投げられて、なんの抵抗にもならなくて。


「顔が近けえッ! 離せよ雑魚!!」


 そして今回もこいつに投げ飛ばされる。

 しかし今回は俺も必死だった。だからいつもより少しだけブリーに余裕がなかったんだろう。

 俺の体は後ろへ投げられた。言うまでもなく、崖の下へ。


「リドゥ!!」


 焦ったようにブリーはこちらへ手を伸ばした。

 なんだ、こいつ。俺を殺すほどの嫌がらせはするつもりなかったのか。下手すれば自殺したくなるほど俺を追い詰めておいて、それでも人殺しにはなりたくなかったのか。

 奴の手は俺に届かない。俺も手を伸ばせば、あるいは届いたのかもしれないが。


「せいぜいちっぽけな罪悪感でも抱えて生きろ」


 負け犬の遠吠え。イタチの最後っ屁。覚えてやがれ、とでも言うように小物な俺は微笑む。

 ブリーの心底青ざめたような表情に若干の毒気を抜かれつつも、俺は妙な安堵を抱いていた。

 辛く長い日々だった。強く産めなかったことを母は何度も謝っていた。それを聞く度、やはり己の無力さが辛かった。いつしか肥大したコンプレックスは諦めの境地に辿り着き、どんな悪口も嫌がらせも冷遇も、俺の力不足の為に仕方ないと思うようになっていた。この人生がちっぽけで矮小な俺にお似合いなんだと。

 だけど本当は……辛かった。


(それがようやく終わるのか)


 落下しながら俺は、本当に、安堵していた。

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