ECサイトの中の人

第1話

 お世辞にも広いとは言えない事務所兼ストックルームの片隅。作業台の上で小花柄のチュニックを丁寧に畳んでから、PP袋に収納する。袋の中で裏返ってしまった商品タグの向きを戻した後、慎重に空気を抜きながらテープを留める。

 注文を受けたばかりの商品をショップのロゴ入りの紙袋へ入れて封をすると、福澤花梨は先に用意しておいた送り状を貼り付けた。


「あ、納品書……」


 同封するはずのA4用紙がすぐ脇にあるのに気付き、ハァっと溜息をつく。紙テープでガッツリ留めてしまった袋は二度と使い回せはしない。破いて開けると、また新しい物へと入れ直す。二つ折りにした納品書は今度こそ忘れずに入れて。勿論、宅配便の送り状も書き直しだ。


「お疲れさま。今日はECの方はどんな感じ?」


 出荷準備が出来た荷物を一階の店舗に運び下ろし、レジカウンターの後ろの棚に積み上げていると、オーナー店長の山崎瑠美が赤色のスーツケースを引きながら入口扉から入ってきた。黒のワイドパンツに、ワインレッドのタイトなサマーニット。元々170近くある長身は7cmのピンヒールで大きく嵩上げされて、なかなか迫力がある。


 ここは1階に店舗、2階に事務所があるセレクトショップ。郊外の萎びた駅前商店街の一角。主にオーナーが韓国で仕入れて来たレディース商品を取り扱っている。


「あ、お疲れさまです。夜中に2件と、さっき1件です。全部トップスでした」

「そっか、こないだ仕入れてきたパンプスはまだ出てない?」

「試着できないんで、シューズはネットでは厳しいかもです」

「だよねぇ……」


 サイズ展開が細かいからシューズは在庫も抱えにくいとぼやきつつ、店内をぐるりと見渡す。広さ30坪の明るい店内に客の姿は無い。今日のシフトは正社員である花梨と、バイト店員の君島優里菜。夕方からは優里菜と入れ替わりでまた別のバイトがやって来る予定だ。


「オーナー、次はいつ帰って来られます? 私、パーティバッグ欲しいんですよ。来月、友達の結婚式あるんで、いいのあったら仕入れて来て下さい」


 島什器に並ぶカットソーを畳み直していた優里菜が、大きなスーツケースに気付いて言う。この後また韓国に飛ぶらしいオーナーに、仕入れのおねだりだ。あらかじめ色やサイズの希望を伝えておけば、彼女のセンスで選んで買ってきてくれることがある。


「ちょうど今回は鞄問屋を中心に見て回るつもりだったわ。パーティバッグね、オッケー。福澤さんも仕入希望あったら、明日までにメールして。あと、閉店後の実績報告もよろしく。ECは項目別に貰えると助かる」


 あまり時間が無いのよと、早口で連絡事項を伝える。二階に上がって事務所のパソコンから在庫一覧を自分のスマホ宛に送信して、腕時計を確認してから慌てたように店を後にしていく。


 USENから流れる曲に合わせて口ずさみながら、優里菜は商品整理に戻っている。再び二階に戻った花梨は、EC用のパソコンをチェックし始めた。そして、また新たな注文が届いているのに気付く。


「……このスカート、今朝売れてなかったっけ?」


 品番をメモしてから、一階へと降りる。レジ横に置いてあるタグ入れを確認すれば、同じ品番が記載された商品タグがすでに回収されていた。

 商品が売れるとタグの価格が記載されている部分を切り離して、皆がタグ入れと呼んでいる小箱に入れていく決まりだ。ここにタグが入っているのなら、その商品が売れたということ。


 ――やっぱり、ダブってたか。売り切れのメールしなきゃ……。


 実店舗とネットショップの在庫を一緒にしていると、こういうことが頻繁にある。一応、サイトの方には「すでに販売済みのこともあります」と商品説明に注意書きは加えてある。勿論、出来るだけマメに在庫一覧から削除するようにはしているが、間に合わないことだってある。そういった場合は、完売のお知らせと取引キャンセルの手続きを購入者に向けてしないといけない。


 ネットでも実店舗でも、売れ筋商品は大差ない。すぐに売れてしまう物は大体同じで、流行りのアイテムは入荷すれば即完売する。実際に手に取って在庫を確認できるショップとは違い、ネットショップでは商品ページに記載されている情報が全てだ。在庫ありと書いてあっても、購入ボタンを押した後に「そちらの商品は完売です」と定型の謝罪通知が届く可能性だってある。


 ECの管理画面から、あらかじめ用意していた定型文を送信すると、花梨はいつもモヤモヤした気分になる。買うつもりだった品が売り切れだったら、間違いなくショックだろう。パソコン画面の向こうにいる客のことを思う。

 けれど、いちいち気にしてたらと気持ちを切り替え、別に入った注文の納品書をプリントアウトして、壁面に積み上げられた在庫入り段ボールから該当商品を探し出す。


「お先に一番お願いします」

「はーい、いってらっしゃい」


 午前中の注文分の発送準備を終えると、花梨は付けていた名札を外して店の外に出た。一番とは隠語で、休憩のこと。店によって言い方は変わるみたいだが、花梨達の店では一番が休憩で、トイレは三番と言うようにしていた。


 商店街にあるコンビニで菓子パンとカフェオレを購入してから、それを携えて少しだけ歩く。住宅街の入口にある公園が花梨の休憩時間の定番だ。小さな池の周りに遊歩道があり、木陰にはベンチが設置されていて、駅近の割にはそれなりに充実した施設。天気の良い日にはベンチに座ってぼーっと時間を潰していることが多かった。


 勿論、商店街の中には安くて美味しいお店はいくつもある。オーナーや他のスタッフはそういったお店を順に回っているらしく、あそこが美味しいとか、どこがお勧めだとかという話をよくしている。――きっと、一人でお店で食事できる性格なら、花梨もそうしていたはずだ。


 ジョギングファッションに身を包んだ男性が汗だくで走っていくのを、遠巻きに眺める。離れた場所からは小さな子供の激しい泣き声。すぐに母親らしき女性が宥めているのが聞こえてきたから、コケちゃったのかもしれない。公園前の市道からは車のクラクションの音。決して静かとは言えないけれど、これくらいの喧噪がちょうどいい。


 チョココルネの先っぽを最後に頬張ると、ペットボトルのキャップを緩めてカフェオレを口に含んだ。新商品のポップが付いていたから試してみたけれど、思ったよりも甘い。口の中が一気に甘ったるくなって、思わず顔をしかめる。接客時の口臭予防にと持ち歩いているガムを取り出そうと、鞄のポケットを探っている時、視界の片隅に小さな生き物をとらえた。


 ――ん?


 顔を上げ、向かいのベンチへと視線を移動する。花梨が腰掛けているちょうど前、遊歩道を挟んだベンチへ、三毛の猫が飛び乗ったところだった。猫は長い尻尾をくるりと前足の方に回して、お行儀よくベンチの上に座っている。向かいからの視線を感じたのか、花梨のことを丸く黄色の瞳でじっと見ていた。

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