ゴブリン無間地獄にようこそ
「ヴオオオオォォォォ!!」
古龍が叫ぶたびに雲が割れた。
厚い雲で覆われていたはずの夜空から、いつしか星が顔を出している。
古龍と戦いはじめて一時間は経っただろうか。
もはや戦局は決定打のない消耗戦となっていた。
二手に別れていたラキス達も既に合流している。
注意を分散させても、広範囲攻撃があるから隙は出来ないとわかった。
もちろん無駄ではなかった。
鱗を飛ばした古龍は、明らかに防御が薄くなっている。
うまく鱗のスキマを狙えば、
ではラキス達が優勢かというとそうでもない。
「ハァ、ハァ、ハァ」と荒い呼吸音。
アリアが真っ青な顔をして片膝をついている。
「もういい、炎馬は下げろ」
誰が見ても満身創痍の状態。
急激な魔力の消費と、魔剤による回復。
その繰り返しが、彼女の決して大きくない体力を奪ったのだ。
しかしアリアは首を振る。
「まだ……、ボクはやれる」
「もう無理ですよ。アリアさんは十分戦いました」
「せめて、プレシア姉さんが来るまでは……ッ」
歯を食いしばり、両膝に手を置いて立ち上がる。
しかし……、その体は地面へと崩れていった。
「おっと」
体が崩れきる前に、ラキスは腕を取って支える。
魔力が切れたのだろう。
彼女を守るように立っていた炎馬も姿を消した。
「…………まだ……やれ……る」
意識は朦朧としているはずなのに、戦う気力を失っていない少女。
この細い身体のどこに、これほど強靭な精神が宿っているのだろうか。
ラキスは、ハァと小さくため息をついた。
「ここで俺が引くわけには……いかんよなぁ」
「それは最高にダサいですね」
アークの笑顔は今日も目が笑っていない。
「とはいえ……。
ここで炎馬がいなくなるのは厳しいですね」
炎馬はここまで、攻撃に防御に
アークの不安も当然だ。
ラキスが召喚しているゴブリンでは手数が足りないのは純然たる事実。
だから、取れる手段はひとつしかない。
「アリアを連れて、お前も下がってろ」
「え?」
「聞こえなかったか? アーク。
お前も下がれと言ったんだ」
「わ、私はまだまだ戦え――」
「邪魔だ、と言っている」
「なっ……ッ!!」
アークの顔が気色ばんだ。
いきなり戦力外扱いをされたのだから当然か。
しかし、いま細かな説明をする余裕はない。
アリアの頑張りに応えるため、ラキスは奥の手を使うことを決めた。
ラキスが懐から取り出したのは色違いの魔剤。
その名も『魔力回復剤プラス』という。
効果は最大魔力量の一時的な拡張。
効果時間、約五分のフィーバータイム。
「サモン、レギオン」
ラキスの言葉と共に、戦況は一変した。
§ § § § §
アークは、眼前に広がる光景に驚愕した。
まだ夏に差し掛かったところだというのに、山頂が紅葉色に染まったのだ。
「これは、まさに……
もちろん木々の紅葉ではない。
山肌を埋め尽くしているのは全てゴブリン。
百、いや二百は下らないだろうゴブリンの軍団。
彼らの紅葉色の肌で山頂の色が変わった。
「「「$□:■☆!*♭▲○ ‼︎」」」
ゴブリン達の雄叫びが山を揺らした。
その声は、古龍の咆哮の何倍も大きかった。
みるみるうちに、数の暴力が始まった。
アークは、倒れたアリアを背負って後退した。
普段、ラキスが召喚しているゴブリンとは違う。
粗野で、ガサツで、乱暴な、誰もが良く知るゴブリンの大軍。
無論、ドラゴブリンや
彼らの支援を受けながら、有象無象のゴブリンが古龍へと襲い掛かる。
戦い方は恐ろしく泥臭い。
個の命を勘定していない、無謀としか表現しようのない突撃。
彼らはきっと、個は軍団の一部でしかなく、軍団でひとつの個なのだ。
「:□$■&×*%!☆ ‼︎」
神経毒が塗られた粗末な矢が、鱗の剥がれた古龍の身体を狙う。
「%▲○!×♭☆:□$ ‼︎」
山頂から古龍の尾に飛び乗ったゴブリンが、粗末なショートソードを突き立てる。
「♭%☆※×□$*■‼︎」
ゴブリンがゴブリンを投げ、その手に握られた粗末な石斧が古龍の瞳を貫く。
「グオォォォォォオオオオオオオォォォ!!」
古龍が咆哮では無く、悲鳴を上げた。
ゴブリンの
しかもこれが断続的に続くというのだ。
アークは古龍に同情にも似た感情を抱いた。
だが、これほどの召喚術を行使して、術者が平気であるはずがない。
「……ぐっ」
いつも
下唇を噛んでいるのは、魔力の大量消費で意識を持っていかれないためか。
「ヴオオオオオオオオォォォォ!!」
古龍が大きく息を吸い、ブレスを放った。
大量に召喚されている有象無象のゴブリンが、これを
十匹以上、まとめて焼き殺された。
しかし、そのそばから新たなゴブリンが追加で召喚される。
山頂の陥没地に湧き続けるゴブリンの海。
そのおぞましさも加わって、まさに『ゴブリン無間地獄』といった景観だ。
古龍の瞳がラキスをロックオンした。
身体にまとわりついてくる有象無象のゴブリンを無視し、ラキスにブレスを放つ。
やはり古龍は知能が高い。
並のモンスターであれば、無限に湧くゴブリンに埋もれて力尽きるだろう。
しかし古龍はゴブリンが湧いてくる源泉、ラキスを狙ってきた。
「ちっ!
もはやラキスにはブレスを躱す余裕はない。
大楯兵がその大楯を持ってブレスを防ぐ。
炎・熱への耐性コーティングが施された大楯。
といえども、ブレスの直撃を受けて形が
果たして、あと何回耐えられるか。
次は尾撃。
大楯兵の身体が吹き飛び、岩壁にしたたかに打ちつけた。
「※&■▲!:□○$% ‼︎」
ヨロヨロと立ち上がる大楯兵のダメージは深刻だ。
「くっ、……リ、リペうっ」
魔力が足りていない。
その隙をついて、古龍の追撃が瀕死の大楯兵を襲う。
ギギギギィィン、と音を立て、間に割り込んできたのはドラゴブリンだ。
「なんとか、間に合ったか……」
前方で攻撃部隊の露払い役をしていたドラゴブリンを、後衛に呼び戻したのか。
この状況でもラキスの判断力は鈍っていない。
ラキスが必死に懐を探っている。
しかし懐からは、魔剤が出てくることも、回復剤が出てくることも無かった。
この戦いは魔力の消耗戦であり、回復アイテムの消耗戦だった。
ついに、ラキス達は全てを消耗してしまった。
「はあ……。リターン、戻れ大楯兵」
ラキスが大楯兵をその身に戻した。
ドラゴブリンなら尾撃はパリィ出来るだろう。
だが、もう次のブレスを防ぐことは出来ない。
「ここまで、ですかね」
アークは足を踏み出して、ラキスの前に立った。
「……お前、何のつもりだ」
「私じゃ足手まといかもしれません。
それでも、一回分の盾くらいにはなれます」
「ふざ……、けるな」
「ふざけてなんかいませんよ。
元を
賭ける命にも順番というものがあるでしょう?
元々無関係なあなたより、私の命の方が先です」
「だったら、最初に命を賭けるのはボクだ」
背後から聞こえる、よく知っている声。
アークは面倒なことになった、と天を仰いだ。
しかし、そこにもうひとつ。
アークの知らない新たな声が被さる。
「いいえ! それは
順番なら、姉である私の方が先だわ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます