あの日の話の続きをしよう


 ヒートロックゴーレムを倒したふたりの魔力は、もうスッカスカになっていた。


 アリアとラキスは急いで洞窟をあとにする。


「どうやら、良い成果があったという顔ですね」


 七日ぶりに戻ってきたいつもの食堂。

 出迎えてくれたアークの目線は完全にアリアの方を向いている。


「もしかしてボク、顔に出てる?」

「ええ。気持ち悪いくらいの笑顔ですよ」

「そっかぁ。えへ、えへへへへ」

「訂正しますね。

 くらい、ではなく気持ち悪いです。とても」


 はじめて契約したモンスター、というのはちょっと特別な存在だ。


 アリアにとってのはじめては、このユニコーン。 


 その子がランクアップしたのだ。

 喜びが顔に出てしまうのは仕方ないじゃないか。


 悪いけど今日一日くらいは許してほしい、とアリアは心の中で謝った。


「なるほど。これは……。

 アリアさんの笑いが止まらなくなるわけですね」


 レベリングの成果。

 アークに見せるため、外に出たアリアは炎馬を召喚した。


――――――――――――――――――――

【名称】炎馬 《RANK UP!!》


【説明】

 百のサラマンドラと、ヒートロックゴーレムを生贄にサクリファイスしたユニコーン。

 天が罰を下すために遣わした神獣であり、その決断に慈悲は無い。


「炎馬を見たって? 早くここから逃げ、アッ!!」


【パラメータ】

 レアリティ S

 攻撃力   A

 耐久力   C

 素早さ   S

 コスト   F

 成長性   F


【スキル】

 短距離転移 《RANK UP!!》

 中級状態異常治癒術 《RANK UP!!》

 地獄の業火 《NEW!!》

 天の裁き 《NEW!!》


――――――――――――――――――――


 はじめは「お手並み拝見」といった態度だったアークも目を見開いた。


「流石は王家の直系。

 アイシーンの子孫は伊達ではない、ですか」


 王国中興の祖、アイシーン・ルピアニ。

 アークが言うには、彼女は古龍を封印している。


「アイシーンって、どんな人だったの?」

「当代最高の召喚士、と伝わっています。

 ですが、もう三百年ほど前の話ですから」


 おとぎ話みたいな伝説しか残っていません、とアークは笑った。


「では、私の方も成果を見て頂きましょう」


 ひとしきり炎馬を愛でたところでアークの番だ。

 彼はラキスからドラゴブリンを預かって、その卓越した剣技を仕込んでいた。


「○♭&$!■▲:☆□ ‼︎」


 やっと自分の出番だ、とばかりに、

 奥からドラゴブリンが、両手を掲げて威勢よく登場した。


 見た目は……全然変わっていない。

 もっと劇的な変化を期待していたアリア、

 どうやらその気持ちも顔に出ていたようで。


 アークが胡乱うろんな目でアリアを見る。


「なんですか? その顔は」

「いや、えーと。あんまり変わってない?」


 アリアの言葉に、アークは深いため息をつく。


「ちょっと剣術を教えたくらいで、

 そんな簡単にランクアップなんかできませんよ」


 そういえば前にラキスから、似たような話を聞いた気がする。


 ゴブリンを召喚して、ひたすら弓の練習を続けさせてたら弓兵になったとか。


「これでもこの七日で、ソルピアニ古流剣術の基礎は叩き込みました」


 アークが胸を張る。

 それを見てドラゴブリンも胸を張った。


「そうか。手間をかけた。感謝する」


 ラキスの表情はいつもと同じ。

 満足しているのかすら、よくわからなかった。



   §   §   §   §   §



「呼び立ててすまないな、ロゴール殿」

「いえいえ。ルシガー殿下のためでしたら、いつ、どこなりとも」


 プレシア殿下に呼び出されて数日後。

 ロゴールは内密の話と呼び出しを受けた。


 呼び出されたといっても、場所は王国の領土内。

 王族には似つかわしくない、粗末な小屋だった。


「うむ。良い心がけだ。今後も頼りにしているぞ」

「ははっ」


 まるで部下のような扱いだが、ロゴールは恭しく頭を下げた。


 この王子は、もう間もなく王国の王となる。

 女王制の国とは言え、その伴侶である王も最高権力者のひとりだ。


 戦時ともなれば軍事最高責任者となり、戦争全体の指揮をとる。


 そうなれば、宮廷召喚士長のロゴールにとって直属の上司のようなものだ。


 いまルシガー王子が口にした「今後も頼りにしている」という言葉。


 これを聞くために、ここまで出張ってきたと言っても過言ではない。


 ロゴールはそのまま王子と世間話を続けた。


「はっはっは。やはりロゴール殿は博識だ」

「恐縮です」


 ロゴールが下げた頭に、ポツリと雫が当たる。


「む、雨か……」

「そのようで」

「思えば、あの日も雨であったな」

「ああ、たしかに」


 ロゴールは雨に濡れた王子を思い出す。


「今日はあの日の続きの話をしよう」

「続き、とは?」

「例の禁足地の話だ」

「禁足地、ですか」


 身体を緊張感が走っていく感覚。

 頭をよぎったのはプレシア殿下の言葉だ。


『ルシガーの狙いは我が国の禁足地です』


 あのときは「なにをバカなことを」と思った。

 なんの理由があって、帝国がいわくつきの禁足地などを狙うのかと。


「うむ。『彼の地に踏み入った者は二度と帰れぬ』だったか?」

「はっ。左様でございます」

「私が治める国に、そのような不吉な場所があるのはまかりならぬ」


 ロゴールは苛立ちを悟られないよう、顔に笑顔を貼り付ける。


 いま王子は『私が治める』と言った。

 ソルピアニ王国が女王制の国であるであることは、彼も知っているはずだ。


 これは紛うことなき野心。

 彼は王国の実権を握る腹づもりに違いない。


 ロゴールは王国の忠臣である、と自負している。


 爵位と立場を利用して多少は甘い汁も吸うが、

 国を想う忠誠心との両立に破綻は無い。


 そのロゴールから見て、王子は明らかに王国の敵だった。


 この婚姻は帝国にとっては侵略だと確信した。

 

「なにを、仰りたいのですか?」

の地を調べさせてもらう」


 さも当然とばかりに言ってのけた。

 ロゴールの顔に熱が上ってくる。


 許可を求めるのかと思えば……、これでは決定事項の通達ではないか。


(コイツ、もう王になったつもりか)


 怒りをグッと抑え込み、ロゴールは笑顔をつくって大仰おおぎょうに断りを入れる。


「申し訳ございませんが、それはご遠慮いただきたく存じます」

「なに?」

「王女殿下からも、強く言付ことづかっておりますので」

「なんだと⁉」


 ルシガー王子がこめかみをピクピクと震わせている。


王女殿下が、か?」

「左様でございます」

「よくもヌケヌケと。王女の名前を出せば俺が引きさがると思ったか!!」


 王女がそのようなことを言うはずがない、と王子は考えているようだ。


 たしかに、おっとりとした王女殿下しか知らなければ、そう思うのも無理はない。


 ルシガー王子は声を荒げて、さらに続ける。


「あんなお飾りがなんだというのだ⁉」

「殿下!! 王子殿下とはいえ、我が国の王女殿下を侮辱するのは見過ごせませぬ」


 ロゴールの怒気をはらんだ声が小屋に響く。

 ルシガー王子は一瞬、体をビクッとさせるが、すぐさま怒りの形相になる。


「きさまっ! この俺に歯向かう気か!!」


 スラリと抜かれた白刃に光が反射して煌めく。


 だが、ここは王国の領内。

 内密の話があると言われたとて、と独りで向かうほどマヌケではない。


「剣を抜かれましたな……。ならば、こちらも黙っているわけには参りません」


 懐から取り出したのは黒い小さな玉。

 地面に打ちつけると、パァーーン、と大きな音が響いた。


 これは外への合図。

 すぐさま外套を着た男が十人、勢いよく小屋へと飛び込んできた。


 十人全て、ロゴール配下の宮廷召喚士だ。

 対する王子は、ただひとり。


 ロゴールは自身の優位を確信した。


「殿下は側近をお巻きに?」

「ハイラは……死んだ」

「…………は?」


 ハイラ、とは確か王子の側近の名。

 それが死んだというのは真実なのか、ロゴールにはわからない。


 だが王子の顔が一瞬くもったような気がした。


「それは良い。そんなことよりも……。

 私は『内密』だと伝えたはずだが」

「ちゃんと声が聞こえない場所に待機させておりましたとも」

「ふん。タヌキだな」

「お褒め頂き、光栄でございます。

 そのまま国へお戻り頂けると助かるのですが」


 このまま王子を殺すも捕らえるも簡単だ。

 だが、帝国との外交につまらないハレーションを起こすのは避けたい。


 ロゴールは、王子が調査を諦めて帰ってくれることを願った。


 その願いは「ふっ」という王子の乾いた笑いと共に脆くも崩れ去る。

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