災厄のモンスターと、アイツの正体
「断る」
「ダメです」
ラキスの返事が分かっていたかのように、アークは間髪をいれず拒絶する。
「だが、ことわ――」
「絶対にダメです。まずは話を聞いてください」
再び断ろうとするラキスを、アークが食い気味に制した。
「それにね、ラキスさん。
この話を聞こうと、聞くまいと、
守護者はみんな巻き込まれます。
なら、聞いておいた方が得ではないですか?」
アークの説明に、ラキスは「むぅ」と一言。
「ご理解頂けたようで、安心しました」
相変わらず、目が笑っていないアークの笑顔。
明かされるのは禁足地に隠された秘密。
隣国の王子が秘密裏に調査していた理由。
ラキスも全く興味がないわけではない。
いや、むしろ気になる。
どうしても巻き込まれるというなら、秘密とやらも明かしてもらうことにしよう。
「……と、考えていたわけだが」
ラキスは歩きながら周囲を見渡した。
細かな石がくっついて出来たような、奇妙な柄の岩ばかり地面に転がっている。
空気は熱を帯びていて、なにかが腐ったような不快なニオイがする。
例の『温泉』のニオイに似ているが、
比べ物にならないほど鼻を刺激した。
「なぜ、俺たちはこんなところにいる?」
こんなところというのは、山。
温泉からも見える、山。
岩肌が多く木々が見当たらない、山。
地下水を温泉に変えるという不思議な、山。
「少し移動します、って言ったじゃないですか」
「言われたが……解釈がずいぶんと違うようだ」
大事な話をするために、オープンスペースから移動するのは理解できる。
なるほど。
たしかに「少し」くらい移動するだろう、と。
「……ボク、疲れた」
アリアが恨めし気な目つきでボヤく。
ラキス達は足場の悪い山道を、かれこれ一時間以上も歩いている。
ボヤキのひとつやふたつやみっつ、口にしたくもなるというものだ。
太陽もずいぶんと地平線に近づいてきた。
「まあまあ。もうそろそろですから」
「それ、三十分くらい前にも聞いた」
「そうでしたっけ?」
絶対に覚えているのに、本当に覚えていないかのような顔をするアーク。
「ほら、ゴールが見えてきましたよ」
アークが指で示す先。
どうやら頂上のようだ。
「さあ、スゴいものが見れますよ」
「ははっ。まさかとは思うけど、
山頂から見える夕陽とか……言わないよね?」
「………………」
アリアの乾いた笑い。
無言の笑みで返事をするアーク。
アリアの顔が、みるみるうちに引きつっていく。
アークの口の端がヒクヒクしている。
あれは笑いを我慢している顔だ。
ラキスは見かねて助け舟を出してやる。
「アーク。そのへんにしておけ」
「……ッ!? もしかしてボク、からかわれてる!?」
「いやあ、山頂から見える夕陽もキレイですよ」
クックッと笑いをこぼしながら、アークが頂上に足をかけた。
続いて、ラキスとアリアも頂上に立つ。
そのまま眼前に広がる光景に目を奪われた。
「なにコレ……大きな……モンスター」
「これは、大蛇か?」
「大蛇……と呼ぶには大きすぎますよね」
この山の頂上はラキスがよく知る山とは違い、てっぺんが大きく凹んでいた。
凹みからはモクモクと煙が吹き出している。
それだけでも、十分に驚くべき景色だ。
しかし、ラキスの瞳を占めているのは別のもの。
大きな凹みの中心を陣取る、ぐるぐるととぐろを巻いたモンスター。
ウロコの生えた肌、馬に似た頭とタテガミ。
蛇のように長い胴には獣のような脚が四つ。
これまで多くのモンスターを見てきた。
だが、このモンスターの大きさは、その中でも群を抜いて巨大だった。
感覚値ではあるが、おそらく全長20メートルはくだらないだろう。
「これが、お前達が隠してきた秘密か」
「そうです。帝国の王子の狙いも、おそらくは」
これだけ巨大なモンスターだ。
召喚契約出来れば、大きな戦力になるだろう。
しかし……。
「くだらん。
こんなバケモノを制御できるものか」
「そうですね。とても傲慢な考えです」
しかし、とアークが言葉を紡ぐ。
「人は傲慢で、強欲な生き物ですから」
だから過ちを繰り返すのだ、と。
アークはモンスターを見下ろしてつぶやく。
「起こしてはならないんです。
これは災厄のモンスター。
目覚めれば被害はこの国だけに留まりません」
アークの言うことは、大袈裟と切って捨てるには真実味があった。
「うーーーーん、なんだっけなあ」
アリアがひとりで首を捻っている。
いつも真っ先に話に食いつく奴がめずらしい。
「どうした?」
「あのモンスター……、なにかに似てるんだよね」
「なにか、とはなんだ?」
「それが思い出せないから困ってんだよ」
なるほど、そのとおりだ。
だがそれでは、何の手掛かりにもならない。
「そうか。思い出したら教えてくれ」
「うーーーーん、なんだろうなあ」
アリアはしばらく頭を抱えたあと、
「ボク、正面からアイツの顔を見てくる!」と言い残して走っていった。
「気をつけてくださいねえ!」
「わかってるううぅぅ!!」
アークがアリアの背に呼びかける。
「さて、ひとつ訊いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「お前達はなんだ?」
「ただの守護者ですよ」
「お前は誰だ?」
「私は――」
「ルブスト出身も、元冒険者も、ウソだろう?」
「はい、そうです」
否定するそぶりも、驚く様子もなく肯定する。
「いつから気づいてました?」
「さて、な。違和感だらけで覚えてない」
初めて会った――斧を投げつけられた――とき、
アークは守護者を代表してラキスの前に現れた。
「なにを隠している?」と訊いたとき、
アークが発していた気は、雇われの
なによりもついさっき、
この重要な秘め事をラキス達に伝えるまでの動きが早すぎた。
他の者と相談出来たのは、アークが食堂で席を立ったほんの数分だけ。
そんなスピードで重要なことを決められるのは――。
「お前がトップなんだろう?」
「ははっ。ただの貧乏くじですよ」
今度はラキスから乾いた笑いがこぼれる。
きっとこの言葉は彼の本心なのだろう。
「どうして冒険者だとウソを?」
「元冒険者がいる集団の方が、
心理的なハードルが下がるんじゃないか、と。
それに……得体のしれないゴブリン召喚士に、
ペラペラ正体をしゃべるほどバカではないです」
もっともだ。
もし自分が同じ立場でも、こんな得体のしれない召喚士を信用したりはしない。
ラキスは「正論だ」とうなずき、さらに問いを重ねる。
「どうして俺達を巻き込んだ?」
「俺達……では無いです」
「アリアか」
「はい」
「知っていたのか」
「この国の第二王女の名前ですからね」
すぐに調べさせました、とアークは言う。
「仲間に勧誘したのは念のため。
偶然なら飼い殺しておけばいいだけです」
「どうして本物だと?」
アリアという名前。
別に王族しかつけてはならない、という決まりはない。
むしろ王女様にあやかって、とアリアと同世代には割りと多い名前である。
にもかかわらず、なぜアリアを第二王女と確信できたのか。
ラキスの問いに、アークは事もなげに答えた。
「貴族にも知り合いがいましてね。
王女の特徴を訊きました。
身の丈は同じくらい。
髪は長さこそ違えど、色は同じ。
なにより一人称がボクの女性ともなると」
国中探したってふたりといませんよ。と笑う。
「たしかに、な」
ラキスもアリアを拾った頃、彼女の髪を隠し、男装をさせていた。
だが暗殺の主犯である、ロゴールを撃退したことで、すこし油断していた。
ラキスが賞金首にされたことで、それどころでは無くなった、というのもある。
「どうしてアリアを巻き込んだ?」
「あの子がアイシーンの血を引いているからです」
「アイシーン?」
突然知らない名前が出てきた。
すでにちょっと、話の続きを聞くのが面倒になってきているラキスだった。
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