エース級をクビにする国があってたまるか
「バカなっ!!
こいつらは帝国でも指折りの使い手だぞ⁉」
壮年の男、ハイラが驚嘆の声をあげる。
驚きすぎて口を滑らせていることにも気づいていないようだ。
ハイラは確かに「帝国でも」と言った。
つまり、このふたりは、
いや伸びているのも入れて四人か。
こいつらはスリムキヤ帝国の貴族ということだ。
「これが指折りですか。
もしかして指が百本くらいあるんですかね?」
ラキスの背後から顔を出したアークが、ここぞとばかりに敵を挑発する。
「なにを⁉ ソルピアニごときが生意気な!!」
憤慨するハイラをアークはさらに挑発する。
「ソルピアニごときも征服できず。
おめおめと和平交渉をする羽目になった、
ご立派なお国はどこでしたかねぇ?」
この煽りが、どうやらハイラにクリティカルヒットしたらしい。
「き、きさまァ!! 帝国を愚弄するか⁉」
ほどよく皴の刻まれた顔が、みるみるうちに赤く染まっていった。
「ハイラ! 落ち着け!!」
「……しかし、ルシガー殿下!!」
「落ち着け、と言っている」
「……はっ」
ルシガー。
アリアはその名に聞き覚えがあった。
スリムキヤ帝国の第三王子。
そして、姉の婚約者。
だが、その驚きを顔に出さないよう、アリアは必死で平静を装う。
緑髪の男、ルシガーは腰から剣を抜いた。
その身をハイラの陰へと隠しながら、アリアの首元に、刃先を向ける。
「貴様、あいつのことをラキスと、そう呼んだな」
「…………」
質問の意図がわからなかった。
そうだ、と答えることがラキスの不利になるかもしれない。
アリアが無言のままでいると、ルシガーがさらに刃先をアリアへと近づける。
刃が首筋に触れ、薄く切れた肌から、血が流れるのを感じた。
「俺がラキスだ。お前は誰だ?」
アリアの身を案じてか、ラキスが自ら名乗った。
不安に駆られながらラキスの方を見る。
だが、ラキス本人はなんら意に介さない様子で、ルシガーだけを見ていた。
一方のルシガーも、刃はアリアに向けながら、視線はラキスから外さない。
「まさか、姓はトライクか?」
「だったらどうした?」
「くっくっくっく。はぁーっはっはっは」
急に笑い出したルシガーを見て、「はて」とアークが首を傾げる。
「頭のネジでも外れたのでしょうか?」
アリア達には気を遣っているだけで、アークは素で口が悪いのかもしれない。
アリアの首元にはまだ刃がある。
出来れば、あんまり挑発しないで欲しい、というのがアリアの本心。
ルシガーが笑っている間にも、火は小屋全体に回っていく。
「まさか、こんなところで出会えるとはな――ゴブリンの悪夢」
ひとしきり笑ったあと、ルシガーはラキスをそう呼んだ。
「「「ゴブリンの悪夢?」」」
アリアと、アークと、ラキスの声が完全にハモった。
どうしてラキスが疑問形なんだ。
ラキスの顔を見ると、明らかに「なに言ってんだコイツ」という表情をしている。
本当に心当たりが無いらしい。
「貴様らは知らなくとも無理はない。
帝国でのコイツの異名だ」
アリアとアークは思わず目を見合わせた。
戦争において著しい活躍をしたエースが、
敬意や畏怖を込めて異名で呼ばれることがある、というのは聞いたことがある。
それも多くは仲間内での異名だ。
エースの存在を主張することで、全体の士気を上げる効果があるらしい。
敵に異名を付けるとき。
それは前線の兵士を襲う『純然たる恐怖の象徴』を意味する。
「えっ⁉ ラキスさんって有名人なんですか?」
「えっ⁉ ボクも知らない!」
よく考えてみると、アリアもラキスの過去のことはよく知らない。
ざわめくふたりを無視して、ルシガーはラキスと話を続ける。
「ウワサじゃ、戦争の功績で宮廷召喚士になったと聞いたが?」
「ああ。このあいだクビになったがな」
「つまらない冗談だな」
「本当だ」
「ふざけるな。エース級の召喚士をクビにする国があってたまるか」
「どうやら、あるらしいぞ」
ラキスとルシガーのやりとりに、思い当たる節がありすぎて頭が痛くなった。
エース級の召喚士をクビにしたのは……もちろんロゴールだ。
貴族派である彼らにとって、戦争での実績など興味の対象に無い。
宮廷召喚士として相応しい血筋が一番。
従えるモンスターの格が二番。
ほかは犬にでも食わせておけ、という思想。
戦争の功績で宮廷召喚士に成り上がるなど、彼らが受け入れるとは思えない。
「どこまでもとぼけるか。まあいい。
……ハイラ、行くぞ」
「はっ!!」
それ以上の問答は無用と考えたか。
ルシガーはハイラに撤退を指示する。
「さあ、道を開けろ」
ルシガーはアリアの襟首をつかむと、剣を突きつけたまま、人質として使った。
だがラキスはその場を動く気配がない。
「断る」
「ほお。この小僧がどうなってもいいのか?」
「やってみればわかる」
「……ちっ、ゴブリンか」
そうか、と気づいたアリアは窓の方を見る。
いつも見るゴブリンの弓兵が、木の上からこちらを狙っている。
おそらく他の場所からも狙っているのだろう。
ゴブリンがすぐに矢を放たないのは、
万が一、急所を外したときにアリアの身が危ないから。
だが、ルシガー達がアリアを殺そうとするなら、
ゴブリンが矢を放つことを止める理由はない。
(それはいいけど。いまアイツ、小僧って言わなかったか?)
髪は短くなったとはいえ、誰が男か。
剣の刃が襲ってくることは無かったが、アリアの乙女心は深く傷つけられた。
「ならば、力で押しとおるしかないな。
やれ! レッドドラゴン!!」
小型の赤い竜が大きく息を吸い込む。
吐き出された火炎の矛先は、もちろんラキスとアーク。
「舐めてもらっては困りますね」
アークが目にも止まらぬスピードで剣を振るう。
火炎は、その場で散らされ霧消した。
(アークってこんなに強かったのか)
失礼な話だが、初めてアークの真面目な剣技を見たのだから仕方がない。
アリアは、元冒険者の実力を垣間見た気がした。
「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
そこへハイラが剣を振り被って突撃する。
油断をしていたわけではないだろうが、
勢いに押されたのかアークは体勢を崩し、床へと倒れこんだ。
「お逃げください! 殿下!!」
「おおっ!」
その隙をついて、ルシガーが剣を片手に出口へと走りだした。
「むぎゃっ!!」
走って逃げるのに人質は不要と、アリアは放り投げられ、顔から壁にぶつかった。
「やれ!!」
もはやルシガーの手に人質は無い。
ラキスはゴブリンに、矢を射るよう命じる。
「させません!」
アークに追撃をしようとしていたハイラが、
すぐさま体の向きを変えてルシガーを狙う矢を剣で弾いた。
アークはやっと立ち上がるところ。
ルシガーの前に立ちふさがるのは、ラキスひとりだけだ。
得意とするのは双方とも召喚術。
「「サモン!!」」
ラキスとルシガー。
ふたりの声が重なった。
ラキスの前に現れたのは大楯を持ったゴブリン。
一方、ルシガーの前に現れたのは中型の
ゴブリンを軽々と飛び越えて、扉から外へと逃げて行った。
「やられたな」
ラキスが静かにつぶやく。
ゴブリンは総じて背が低い。
ハイラが我が身を顧みず、アークを押さえた時、
この結末は決まっていたのかもしれない。
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