いまは遠き、少年が見た悪夢のような現実(後編)


 少年と弟が大叔父の元を訪れてから、あっという間に数カ月が経った。


 大叔父の家業は小さな商いだった。


 物を仕入れて、物を売る。

 それは物に需要があり、仕入れることが出来て初めて成り立つ。


 戦争となれば、税は重くなり物が売れなくなる。


 関所が閉ざされ他国との往来が困難になれば、当然、仕入れも難しくなる。


 儲かるのは武器やら、モンスターやら、戦争に必要なものを売る商人ばかり。


 ふたりも他人の子を育てるのは、親類とはいえ大きな負担だったはずだ。


 そんな中、少年は軍が新たな兵士を募集する、という情報を得た。


 条件はモンスターを召喚できること。


 誰がどんなモンスターと相性が良いか。

 それは誰にも分からない。


 金持ちなら沢山モンスターを用意し、相性の良いモンスターを探すこともできる。


 だが、モンスターを買うお金の無い者達は、

 野山で偶々相性の良いモンスターと出会い、

 召喚契約をする以外に方法はない。


 少年はとても運がよかった。

 どこにでもいるゴブリンに適正があったのだ。


 何匹ものゴブリンと召喚契約を結び、少年は軍の兵士に志願することを決めた。


「おじさん。俺、軍に行きます」

「うちに蓄えがないばかりに……すまんな」


 大叔父は少しホッとした顔でそう言った。


 食い扶持がひとりぶん減る。

 そればかりか、軍に入ればお金も貰える。


 大叔父は少年が稼ぎを仕送りしてくれることを期待しているはずだ。


 少年自身もそのつもりだった。弟のために。

 しかし、少年が兵士となることを歓迎しない者もいた。


「ヤダ、ヤダよ!

 どこにも行かないでよ、お兄ちゃん!」


 弟は座り込んで駄々をこねる。


「わがままをいわないでくれ、マリオ。

 軍に入れば支度金が貰える。

 マリオ達の暮らしの足しにできる。

 戦場で活躍すれば報酬だって……」


 少年は言葉を尽くして説得を試みるが、

 荒ぶる子どもに理屈など通じはしない。


「そんなもの要らないもん!

 お兄ちゃんがいないのはイヤだ!!」

「大丈夫。すぐにまた会えるから」


 あのときと同じように、少年は弟をなだめる。

 しかし、弟が落ち着く兆しは見えない。


「ウソだ! お兄ちゃんはウソつきだ!

 お父さんも、お母さんも帰ってこない!

 お兄ちゃんもきっと、帰ってこないんだ!!」


 少年は言葉に詰まった。


 弟のために、とついた優しいウソ。

 だがそれは、いつまでも欺き続けることは出来ない一時しのぎのウソ。


 もうウソの消費期限はとっくに切れていた。


「ごめん。父さんと母さんは、帰ってこない」


 少年は弟の瞳を見据え、「だけど」と続ける。


「俺は絶対に帰ってくる」

「ウソだ!」

「ウソなんかじゃない!!」


 少年は声を荒げた。

 弟に怒鳴ったのは、いつぶりだろうか。


 少なくとも、両親を失ったあの日以来、はじめてだった。


「戦って、父さんと母さんの仇を取る。

 山ほど報酬を貰って帰ってくる。……約束だ!!」


 久しく怒鳴られてこなかった弟は、あっけに取られたような顔をしていた。


 しかし、それは同時に弟の癇癪かんしゃくを鎮めてもいた。


「やくそく?」

「ああ、そうさ」

「……わかった。絶対だからね」

「絶対さ。マリオもイイ子にして待ってるんだぞ」

「わかってるよ」

「お金は無駄遣いするんじゃないぞ」

「わかってるってば。

 お兄ちゃんのお金はボクがちゃんと守るから」


 おじさんにだって無駄遣いはさせない、と弟は意気込む。

 少年はそんな弟の姿を、微笑ましく見つめた。


「そうか、頼もしいな」

「だから……。約束、守ってね」

「ああ。約束だ」




 少年は弟に、そして大叔父に別れを告げて軍に入った。


 戦争状態に突入している軍の兵士に、訓練という概念は存在しなかった。


 いや、これは正確ではない。

 貴族の兵士は訓練と称して内地にいたが、平民の兵士はそのまま戦地へ送られた。


 少年と共に戦地へ送られた兵が、隣でひとり、さらにひとりと命を散らした。


 だが、これもまた幸運なことに、少年には召喚士としての才があった。


 様々なゴブリンを召喚し、

 ときに奇襲をかけ、ときに夜襲をかけ、

 幾度も戦術的勝利を収めた。


 それこそ味方からは英雄と呼ばれ、

 敵国からは悪夢と呼ばれるほどに。




 少年が軍に入って半年が過ぎた。

 戦況は一時膠着状態となり、少年は束の間の休息を許された。


 もちろん、向かうところはひとつしかない。


「おじさん! マリオ! ただいま!!」


 だが、意気揚々と凱旋した少年の前に、弟は現れなかった。


 無言で少年を出迎えた大叔父は、そのまま粗末な墓の前へと連れていく。


「マリオは、ここだ」

「……どういうことですか?」


 悲しみと怒りがぜになり、声が震えた。


「賊が、きたんだ」

「賊?」

「盗賊だ」


 大叔父の話では、軍が兵士を集めてからすぐに盗賊被害が急増したらしい。


 理由はふたつ。

 兵士として町や村から『戦力』が奪われたこと。

 兵士を出した家には『支度金』があること。


「でも、なぜ! なぜマリオが死ななくてはならないんですか⁉」


 まさか大叔父たちがマリオを盾にしたのでは。

 不埒なことであるとは思いつつ、少年は大叔父のことも本気で疑っていた。


「私はめたのだ!

 逆らうな、金を渡そう、と。だが……」

「マリオが……。

 自分から盗賊の前に飛び出したって?」

「ああ。あまりの勢いに、捕まえておくことも出来なかった」


 そんなバカな話があるものか。

 大叔父は自分に都合のいい作り話をしているに違いない。


 少年は大叔父の話を信じられなかった。

 次の瞬間までは。


「お兄ちゃんのお金を渡すもんか、と。

 最期まで、そう言っていた」

「……ッ!!!!」


 少年の頭の中で、なにかが崩れ落ちた音がした。

 半年前に弟と交わした約束。


『お兄ちゃんのお金はボクがちゃんと守るから』

『だから……。約束、守ってね』


 これは少年と弟が交わした約束。


 弟は命を懸けてでも守ろうとしたのだ。

 そうしなければ、少年が戻ってこないかもしれないから。


 それがふたりの約束だったから。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!!!!!!!!」


 少年はなにかを拝むような姿勢で地面へと崩れ落ちた。


 もし運悪く、

 少年にゴブリンとの適正が無ければ、

 軍に行けず、弟は死ななかったかもしれない。


 もし運悪く、

 少年に召喚士としての才能が無ければ、

 戦場に散り、弟と天へ行けていたかもしれない。


 無慈悲な天への怒り、

 弟を止められなかった大叔父への憤り、

 その場にいられなかった自分自身への腹立ち。


 そして、なによりも護るべき弟への謝罪。


 少年の胸中は様々な想いにあふれていた。


「お、おいっ! どこへ行く⁉」


 大叔父の静止の声も聞かず、少年はその場を飛び出した。


 向かった先は、冒険者が集まるという酒場。

 そこには様々な依頼が並んでいる。


 もちろん『盗賊退治』も。


 少年は壁に貼られていた、全ての『盗賊退治』依頼の紙を奪った。


 そしてゴブリンと共に、紙に書かれていた全ての盗賊を皆殺しにした。


 それは戦争という修羅場をくぐり抜け、

 英雄とも悪魔とも呼ばれる少年にとって、

 赤子の手をひねるよりも簡単なだった。


 ひとりも生かさず。

 命乞いも聞かず。

 かずかぞえるように盗賊の命を奪った。


 そこに弟の仇がいたのか、いなかったのか。

 いま殺そうとしている者が弟の仇なのか。


 一切の確認をすることもなく、

 少年は可能性を全て排除することで仇を討った。



 ――その後、少年は戦場へと戻ると、さらに数多の命を奪い尽くす鬼神となった。


 戦う者がいなくなれば戦争は起こらない。

 それが、父を、母を、弟を奪った『戦争』に対する、少年なりの復讐だった。


 これは『ゴブリンの悪夢』と恐れられた、ひとりの召喚士の話。


 どこにでもある、悪夢のような現実の話だ。


―――――――――――――――――――――――

〚あとがき〛


 ここまで読んで頂きありがとうございます。

 本作は「第4回ドラゴンノベルス小説コンテスト」参加作品です。


「続きが気になる😄」、「ラキスかっこいいな✨」、「アリア頑張れ!👍」、「ゴブリンさいこー!!😈」、「ルシガー絶許💢」と少しでも思って頂けましたら、★を投げて頂けると嬉しいです。


 皆様のご協力を伏してお願い申し上げます。

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