敵のモンスターにトドメを刺さないとか無いから


「お待ちしておりました。王女殿下」


 ラキスとアリアの前には忌々しいロゴールの姿。


 宮廷にいるときと変わらず、甘いムスクの匂いを漂わせている。


「いや、今はマリオ殿、とお呼びした方がよろしいですかな?」


 全部知っているぞ、という圧力のつもりだろう。

 お偉い貴族様の考えそうなことだ。


 アリアの仮の名である『マリオ』は、思いつきで付けたものではない。


 ラキスが護りきれなかった、最後の家族の名だ。

 その名を、この男の口から聞くと虫唾が走った。

 

 隣にいる長髪の男は誰だったか……。

 残念ながら、ラキスの記憶には無い。


 たぶん宮廷召喚士という名の有象無象のひとり。

 自信はないが、ロゴールが連れているのだから、きっと当たっている。


「ロゴール……。よくもぬけぬけと」

「なんのことか、分かりかねますな」


 うやうやしい言葉遣いで挑発してくるロゴールを、アリアが憎々しげに見ている。


「お前のせいで、……パーラは死んだんだぞ!」

「パーラ? ……ああ。

 あの小煩こうるさい伯爵夫人ですかな

 そういえば、右腕は拾っておきましたよ」

「…………ッ!!」


 とうとうアリアが言葉を失った。


 ふたりの舌戦を見守りながら、ラキスもロゴールに目をった。


 今日は晴れているが風が強い。

 足元の草が風で横に倒れるほどに。


 しかし、ロゴールのオールバックは、強風にも微動だにしない。


 いつもより気合を入れてヘアセットしてきたのだろうか。


 そう考えるとちょっと面白いヤツに見えてきた。


「隣にいるのはラキスじゃないか。

 こんなところで何をしている?」

「……護衛だ」


 とは答えたものの。

 護衛すべき隊商の姿はとっくに無い。


 ラキス達をロゴールの前に突き出したあと、そそくさといなくなった。


 なにやら革袋を受け取っていたから、きっと報酬を貰っていたのだろう。


 アリアのフェアリーに治療を施してもらっていた御者だけは戸惑っていた。


 きっと彼は何も聞かされていなかったのだろう。

 それでも恐怖には勝てず、他の者と一緒に消えていった。


 ここに残られても扱いに困るから別に良いが。


「そうか、そうか。

 そういえば貴様は無職になったのであったな」

「ああ」

「似合っておるぞ」

「そうか」


 いつものようにラキスは淡々と返事をする。

 常ならば、このあたりでロゴールが怒りに震えているところだ。


 しかし、今日はまだまだ上機嫌。

 なにがそんなに嬉しいのか。笑顔も気持ち悪い。


「さて、お前には返してもらわねばならんものがあったな」

「ふむ?」

「貴様、忘れたとは言わせぬぞ。

 ワシの部屋からきんを盗んでいっただろう?」


 隣でアリアが「そんなことしたの?」という顔をしているが無視する。


「さて……な。

 ちゃんと領収書は置いていかせたハズだが」

「領収書を出せば、他人ひとの物を持っていっていいなどというルールは無いわ!」


 徐々にロゴールがヒートアップしてきた。

 隣でアリアが「信じられない」という目でこちらを見てくるが引き続き無視する。


「領収書に書いてなかったか?

 確か……、『但し、退職金として』と」

「書いてあったからなんだというのだ。

 そんなもの、ワシは認めておらん!!」

「俺がそう書いたのだから、あれは退職金だ。

 いい加減、あきらめろ」

「話にならん!!」

「同感だな」


 いつものように流れる沈黙。

 アリアが「終わったの?」と小声で訊いてくる。


 ラキスが頷くと、アリアはコホン、と軽く咳払いをして場を仕切り直す。


「それで、宮廷召喚士長がボクに何の用だ?」


 ゼェゼェと肩で息をしていたロゴールも、咳払いをして冷静さを取り戻す。


「オ、オホン。もちろん、王女殿下をお迎えにあがりました」

「へぇ、それはわざわざご苦労さま。

 天にでも連れて行ってくれるのか?」


 アリアもかなり頭にきているようだ。

 自分を殺そうとした相手が、悪びれもせず目の前で挑発してきたのだから当然か。


「その様子だと自分の置かれている状況くらいは理解しているらしいな」

「いいね。誰が聞いても悪人のセリフだ」


 徐々にアリアの返しのキレ味が増していく。


「……ちっ。小娘が調子に乗りやがって」


 ロゴールも最初の余裕はどこへやら。

 しっかりとアリアの煽りが効いているようだ。


「ボルメン、もういい。やれ」

「……」


 ボルメンと呼ばれた長髪が、寸時すんじためらいを見せる。


「どうした?

 ここで王女を逃がせばどうなるか。

 わからないわけではないだろう?」 

「はっ。……サモン!」


 ロゴールの言葉でボルメンの顔つきが変わった。

 腹を括った男の顔。 


 ボルメンがモンスターを召喚する。


 胴は獅子、頭と翼は鷲。

 貴族御用達のレアモンスター、グリフィンだ。


 伝説では黄金を守るモンスターらしいが、

 ロゴールの金までは面倒を見きれなかったか。


「お前は召喚しなくていいのか?」


 ラキスがロゴールに問うと、彼は鼻でわらった。


「ふんっ。ゴブリン召喚士ごときボルメンひとりでお釣りがくるわ」

「当然です! 幼き頃から手塩に掛けた私のグリフィンに敗北はありません!!」


 ロゴールは両の腕を組んで「手を出さない」と意思表示している。


 長髪の方もひとりでやる気満々だ。


「そこまで言うなら、まあ良いが」


 ボルメンのグリフィンが、翼をバサバサと上下させている。


「……まさかとは思うが、飛ぶつもりか?」


 ラキスの問いに、ボルメンが意気揚々と答える。


「もちろんだ。飛んでこそのグリフィン!

 遥か上空から襲い掛かる猛攻に、

 貴様は手も足も出ず力尽きるのだ!!」


 ボルメンが叫ぶと同時に、グリフィンが空へと舞い上がった。


 太陽と重なり、グリフィンの姿が光に隠れる。


「どうだ! 眩き天空から繰り出される、不可視の爪牙に恐れおののくが良い!!」


 戦い方がお粗末すぎて、頭痛がしてきた。


「いいか、アリア」

「なに?」

「相手のモンスターを確認せずに動き出すヤツは、ただのバカだ」


 ラキスが「サモン」とつぶやくと、

 おなじみ弓を構えたゴブリンが姿を現す。


 このゴブリンのメインスキルは、

 上級弓術(飛行特攻・大)である。


 【飛行特攻】は弓術とセットのスキル。

 弓を持つモンスターはほとんどが持っている。


 見れば予想できるスキル。

 それを見落として、いや、見もしないとは。


 あのグリフィンが空に飛んだ時点で、すでに勝負はついていた。


 目にも止まらぬ早業で弓に矢をつがえると、

 ゴブリンは上空の光に向かって一射。


 さらに一射、続けてもう一射。

 三射目の矢が光の中に消える。


「グエエェェェェ!!」


 はるか上空で、グリフィンのものと思われる鳴き声が轟いた。


「お、当たったか。あのあたりだな」


 ゴブリンはさらに矢を放つ。

 こんどはすぐにグリフィンの悲鳴が上がった。


 もうゴブリンが矢を外すことはあるまい。 


 矢が空を割き、悲鳴が上がる。

 その繰り返し。


 先ほどまで威勢の良かったボロメンの顔が、見る見るうちに真っ青になっていく。


「え? ぐり、ふぃん??」


 繰り広げられている現実に、頭がついていけていないようだ。


 彼は本当の戦争を経験したことが無いのだろう。

 五年前は、貴族様らしく後方で警備でもしていたに違いない。


「心配するな。そろそろ落ちてくる」

「そ、そうか。落ち……え? 落ちてくる?」


 太陽の光をさえぎるように黒い影がひとつ。


 影はどんどん大きくなり、

 ドーーーンと大きな音を立てて地面に落ちた。


 グリフィンの下半分。

 主に腹から首にかけて、ハリネズミのように矢が生えていた。


「グ……グェ」


 まだ息がある。

 獅子の身体を持つだけあって丈夫なものだ。


「グ、グリフィン? グリフィーーーン!!」


 ボロメンがグリフィンに駆け寄り、フサフサの首元に抱きついた。


 そういえば、幼い頃からうんぬんと言っていた。


 家族同様に過ごしてきたのだろうか。

 それもまた召喚士としては三流以下。

 

 召喚士にとってモンスターは武器と同じだ。

 手入れを怠ってはならないし、大切に扱うのも当然のこと。


 だが必要以上に情を通わせてはならない。

 いざというときにはモンスターを捨て駒にする覚悟が必要だ。

 

 あの男も、流石に名を付けるような愚行にまでは至っていないようだが。 


「待ってろ、いま助けてやるからな」

「グェェェ」


 グリフィンは主人にすがるように、残された力で声を振り絞る。


 ボロメンは震える手で、鞄から青く輝く高級回復薬の瓶を取り出した。


 魔力でモンスターを修復させる術がある。

 しかし、彼は術を使うつもりはないようだ。


 術を覚える努力を怠ったのか。

 それとも、すでに魔力が切れているのか。


 いずれにせよ、戦闘中に薬を飲ませるのは隙が大きすぎる。


「さあ、飲むんだグリフィン」


 口元にあてがわれた薬を飲もうと、グリフィンが大きく口を開けたその瞬間。


 ゴブリンの放った最後の矢が、グリフィンの口腔を貫通した。


 斜めに突き刺さった矢は脳まで届き、目から涙ではない液体が流れる。


 そのままグリフィンは、召喚モンスターとしての生涯を終えた。


「え?」


 信じられない、といった表情で、

 ボロメンは息絶えたグリフィンとゴブリンの顔を交互に見る。

 

「な、んで。なんでゴロじだ?」


 ヨタヨタとラキスへと近づくボロメン。

 その顔は、もはや正気ではなかった。


「なぜ殺されないと思った?」

「アイヅは!

 アイヅはもう、だだがえながっだ!!」

「お前は回復薬を飲ませようとした」

「ぞれは!! 飲まぜないどじぬがら!!」

「回復すれば、ヤツは戦えるようになる」


 ラキスの言葉にボロメンが足を止める。


「おでが、ぐずりをのばぜようとじだがら、ゴロざれだ?」

「……そうだ」


 ボロメンの体から力が抜け、足から崩れ落ちていく。


 薬を飲ませなくても死ぬが、その場合は最期を迎えるまで生きられた。


 と、あの男は思っている。


 実際は薬があろうが、なかろうが、ラキスはトドメを刺すつもりだった。


 彼が薬を手にしたとき「口の中が狙えるな」と思った。案の定だった。


 男の問いに「そうだ」と答えたのは、その方が心を折れそうだったから。


 そも戦場において、敵の召喚モンスターにトドメを刺さないという選択肢は無い。


 モンスターは人よりも復活が早い。

 そんな危険な戦力はきっちり潰すに限る。


 相手が人間の場合は人質という選択肢もある。

 もちろん、その価値があれば、の話だが。


「やれ」というラキスの命令でゴブリンが動く。


 ゴブリンの琥珀色の瞳が、ギョロリとターゲットを補足する。


 その視線の先には、地に膝をついて戦意を喪失したボロメンがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る