11話 国境の街アルムハーン

まどろむ意識の中で、私は昔々の夢を見る。


ずっと忘れていた、召喚魔法を初めて教えてもらった……その日の記憶。


「わっ!」


初めて生み出したのは炎の精霊。


しばらくあたりをふよふよと飛び回ると、まるで蝋燭の火が消えるように炎を失い、床に落ちると、消えてしまった。


「し、死んじゃったの?」


自らの至らなさ、消えていく命に私は泣きそうになりながらおばあちゃんを見たのを覚えている。


けれどもおばあちゃんは、そんな未熟な私を、命を呼び出す覚悟もできていない私をしかりつけるでもなく、優しく頭をなでると。


「死んだのではないよサクヤ……この子は帰ったんだ」


「帰った?」


「そうだよ……召喚術は、ほかの世界の友人をこの世界に呼び出す力。目的のために呼び出された召喚獣は、やがて役目を終えると元居た場所に帰るんだ」


「帰る? じゃあこの子はどこに帰ったの?」


私の問いに、おばあちゃんの口が動く。


だがその声は靄がかかったかのように聞こえない。


大切なことのはずなのに……昔のことなので忘れてしまった。


                   ◇


「―――ヤ君!―――クヤ君! サクヤ君! 聞こえるかい?」


耳元で響き渡る、聞きなれているはずなのに聞いたことのない慌てたような声。


私はどこか間の抜けたそんな声に安堵をしつつ……ため息を一つついて。


「……えぇ……聞こえてますよバカ局長……」


自分の身に降りかかったことを頭の中で整理しつつ、とりあえず局長元凶に向かい文句を飛ばす。


「よかった……生きてた!? 心配したんだぞぅ! 転生者に襲われて直後に連楽が取れなくなって! いったい何があったんだい!?転生者はどこに!? あぁ、いやそんなことよりも君が無事でよかった!」


私の文句に対して反応をする余裕はもはやないようで、局長は音声だけでもわかるほどボロボロと泣きじゃくりながら私に対してそう言ってくる。


何が起こったのかを知りたいのは私の方なのだが……どうやらこの様子では通信が回復したのはついさっきのようだ。


私はとりあえず喜びと混乱により言語中枢が壊滅状態になっている局長は落ち着くまで無視することにし、自分の


眠っている場所、そしてあたりを見回す。


どこからどう見てもいたって普通の宿泊施設のベッド……そして寝室。


外には朝日が昇っており、ベッドの横にある机にはご丁寧に朝食のパンとスープが用意されている。


湯気が立っていることから、ついさっきまで誰かが私の看病をしていてくれたのだろう。 誰かはおおよそ予想はつくが……。


窓の外を見てみると、そこには活気にあふれる都会の町の様子が映し出され。


宿泊施設の庭には、私でも知っているような春の花が私に見せつけるかのように満開で咲いている。


朝日が差し込んでいるのに寒気を覚えるのはどうやら私が冬まで眠りこけていたからというわけではなさそうだ。


寒気以外に体に異常はなく脅威もない。とりあえず私は一つ安堵のため息をつき。


「局長……とりあえずは危険はない場所に移動したようです……」


そう短く報告をする。


「そうか、それは何よりだ……そこがどこだかわかるかい?」


「宿泊施設のようですが……どこの町かまでは」


「そうか、じゃあ君がどうしてそこにいるのかも不明と?」


「ええ、気を失っていたので」


「そうか、では落ち着いて聞いてくれ。君がいるのは、ノエールズ地方の最東端……国境の町アルムハーンだ」


「アルムハーンって……私たちがいたのは最西端じゃ……」


「ああ、つまりおおよそ五百キロの距離を半日で移動したことになる」


馬車や龍車を使ってもそんな距離を半日で移動できはしない。どんなに早くても三日はかかるだろう。


「そんな……ありえない」


「あぁ、僕たちもそう思って通信魔術や魔力探知のエラーを疑っているんだが、窓の外から何か紋章のようなものは見えないかい?」


「紋章?」


私は言われるままに再度窓の外を見ると、巨大な時計塔のようなものが見える。


そこには剣に竜が巻き付くようなデザインの紋章が描かれた垂れ幕が下がっていた。


よく見まわすと、家にも、外套にも同じ紋章の旗がかかっている。


「龍と、剣の紋章が……多数」


「驚いたね。どうやらエラーではないようだ……その紋章はアルムハーンの紋章だ。千年前、先代勇者がドラゴンを倒し町を救った伝説から、この町は竜と剣の紋章をシンボルにしているんだよ。いやしかし、どうやって半日足らずでそこまで移動したんだい?」


「……私にもよく」


「何か心当たりは?」


うーんと私は混乱する頭を再起動し。


【転移を開始します……】


という無機質な声を思い出す。


「そういえば……気を失う前に……転移(テレポーター)という言葉を聞いたような」


「転移魔法テレポーターだって? うらやましいな、君はまたロストマジックを体験したんだね。成程、それならこれだけの距離を移動しても不思議じゃない。おとぎ話では石の中だろうと天空だろうと好きな場所に移動できるという話だしね。いつもだったらそう簡単には信じられないが、転生者の召喚をこの目で見ちゃったからね、もう驚かないよ……何はともあれその転移魔法のおかげで君は助かったんだ、喜ばしい限りだ……まぁ、新たな転生者がこの国に放たれたという事実は正直気が重いけど」


こういう時に本音が漏れるところが局長の悪いところだが、いつものことなので気にせず私は報告を続ける。


「……召喚された転生者は撃退しました。 この目でしっかりと、消滅を確認したので、この国の新たな脅威とはならないでしょう」


その言葉に、ざわりという音が響く。 どうやら局長の背後にも多くのスタッフが待機しているようだ。


思っていたよりも大事になってしまっていたらしい。報告書が大変そうだ……。


「えっ?撃退したのかい!? いや、確かに倒せないかと聞いたのは僕だけど……」


「い、いや、撃退したのは私ではなくてですね。どう説明したらいいか私も分からないのですが、とある騎士に命を救われたんです」


「騎士? 転生者を倒せるほどの騎士が、たまたまあんな洞窟の中にいたというのかい?」


「いえ……それが……えぇと」


「そこからは私が説明をしよう、マスター」


私が説明に困り頭を悩ましていると、不意に部屋の扉が開きナイトさんが現れる……その手にはティーポットとカップを持っていた。

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