第4話 奪え奪えと手を伸ばす (1)
どんな世界でも夕日は美しいということが証明されたぐらいの時間だった。
銀髪の少女、シルリィが自分にとある提案をしてきた。その時の彼女はなんともウキウキした様子で可愛らしかった。まぁ、何をしなくとも彼女はいつでも可愛いが。
「デュレイさん、た、旅に行きませんか?」
「旅?」
「ええ! 旅です! デュレイさんは首を探しに行きたいと言っていました。それに、私のしたいことだって、ここから離れないとできないことだと気づいたんです。ダメですか?」
上目遣い、可愛い。こんなおねだり断れるわけがない。
本当はもう少しゆっくりして、この世界の状況を飲み込む時間が欲しかった。
けれど彼女の言うことも事実だ、旅をするのは恐らく必然になるだろう。それに、彼女のしたいこととやらもここから離れなければならないようだ。休息も必要だというが、今はシルリィを優先したい気持ちが勝った。
「じゃあ色々と準備しなくちゃな、敵もたくさんいるから武器も必要か? 食料も……いるのか? 服とか……」
「食料は現地調達できますし、デュレイさんにはそもそも口が無いでしょう? 服は今まで私が食べてきた人間の物があります。今着ている服も昔食べた方の物ですし。戦闘に関して私は多少の魔法なら使えますし、デュラハンってこの世界では珍しい種族なのでそれなりに強いと思うんですけど……その記憶さえ無いのなら仕方が無いですね」
今着ているこの服。現実世界で言う、社会人がよく着ているスーツなのだが、これも彼女の食事の犠牲者とは。けれど気にするほど血生臭いわけでも無い、きっとシルリィはお上品にこの服の所持者を食したのだろう。
その話し方で言うと彼女の着ている服もかつての犠牲者ということになるが、きっとシルリィは老若男女問わず、つまりは好き嫌いなく何でも食べられる偉い子ということだろう。ああ、シルリィはなんて可愛い子なんだ。
「身体が覚えていたら多少は戦いやすいんだろうけど」
そんな愚痴を溢した。こんなこと、彼女に聞かせるべきではないのは重々承知の上だが、人生と人間の性質上、愚痴を溢さずにはいられない。……というのが鉄骨に貫かれて死んだ日本在住の人間の意見。
ふと自分の手を見る。謎にネイルが施されたような黒い爪。人並外れた鋭い爪だ。これは結構な武器になりそうだと心がうずうずしてきた。ただ、そこに生ぬるい温度の血液が直にかかるとなると、少し嫌な気分になる。
現実世界に居た頃から自分の爪は余り好きではなかった。ネイルもしなければ手入れもしない、そもそも爪の噛み癖があってガタガタになり形がそもそも歪んでしまっている。そんな爪を他人に見せられるわけもなく、挙句の果てには自分の手の全てを嫌いになっていた。
今はそうでもない。顔が無ければ口が無く、口が無ければ歯も無い。噛む爪さえ鋭く尖っていた、逆に自分の口が血だらけになりそうだ。爪の噛み癖は一般的に欲求不満からくるなど諸説あるが、この世界、ましてやこの体だと自然に爪の嚙み癖が無くなりそうだ。
「でも……シルリィのことは護りたい」
ふとそんな言葉が口から零れていた。それを聞いたシルリィが頬をほんのり赤色に染めていたのは言うまでもない。
護る力なんてない癖に、大事な人を傷つけたくないという気持ちだけは人一倍強い。こんなゲームの感動シーンみたいな感情を自分が持つなんてことが現実に起こるとは思っていない。例えここが現実でなくても、その感情があることだけは確かだった。
意思と感情の矛盾に、薄々気づきつつあった。
「これから強くなってください、こう見えても長寿なのでいくらでも待てますよ」
「長寿?」
「ええ。魔法が使える人間や私のように魔導書を読んだ人間は、身体全体に魔力が廻っているので持っていない人と比べると結構長生きなんです。もちろん、それは人でなくとも当てはまります」
その話を聞いて納得してしまった。彼女の話を聞いて大雑把に纏めるとこうだ。
魔力が常に全身に流れていることで老化が遅い。常にエネルギーを使っている状態なので若い状態のままキープすることも可能。どれくらい長生きできるかはその人の持っている魔力の総量で決まる、多ければ多いほど長生きする。
そして、急激に全身の魔力が減ると死に至ることがある。ということだ。最後の一文は鳥肌が立ったが理屈を考えれば納得する。
シルリィがこれだけ幼く可愛い姿を保つことができるのも魔導書の大量の魔力のおかげ。実際の年齢はどれくらいなのだろうか、と素朴な疑問が湧いてくるがレディに年齢を聞くほど馬鹿じゃない。別にシルリィがいくつであっても、目の前のシルリィが可愛いことには違いはない。じゃあ聞く必要はない。そう処理した。
「デュレイさん、旅に行く準備はできましたか? 私にはそこまで必要なものが無いことに気が付いてしまって……出発するには流石に早いですよね」
「確かに早いけど、それが悪いことだとは思わない。行動力があるのって凄いことだから」
「そうですか? なら良かったです!」
シルリィは本当によく笑う。そんな彼女と共にこれから過ごしていく。そう思うとこれからが楽しみで仕方が無かった。
シルリィはいつの間にか飲み終わったハーブティーの入っていたティーカップと、毒のある植物で作った遊び心満載のティーカップを片付けていった。彼女が動くたびに揺れる髪さえ愛らしいと思ってしまう。重症か。
もちろん、旅に対する不安はある。デュラハンと人間、その人間さえも差別の対象だ。
例え一夜を明かすために村に行って宿を借りようとしても、きっと貸してくれないなんてことはよくあることかもしれない。
だからこそ、こうやってゆっくりお茶を楽しむ時間は大事にした方が良かったのかもしれない。もう二度とないのかもしれないからだ。
けれどこれは全て「かもしれない」の話。可能性の話でしかない。案外自分たちを快く受け入れてくれるかもしれない。でもこれも「かもしれない」の話であって、結論を言えば「どうなるかなんてわからない」のだ。
現実世界では、少なくとも日本では、普段の日常生活では、経験することの無い不確定要素。生きるか死ぬかで差別と闘い自分の真意を求めること、ゲームならよくある話だ。
セーブとリセットが使うことができて失敗を恐れずに、クリアまでの道を歩むことができる。
今手元にその二つはない。
「デュレイさん? どうしたんですか?」
ティーカップを片付けてきたシルリィが話しかけてきた。どうやら目に見えるほど悩んでいたのが原因らしい。
「……ん? 考え事をしていただけだよ。大丈夫」
「か、顔は無いですけど、かなり真剣な顔で俯いていたので……本当に大丈夫ですか?」
シルリィに心配をかけてもらっていたとは、これは申し訳ない。やはり余計な記憶が多いと余計な心配ばかり増えてしまって、目の前の現実から目を背けたがる性質があるのはよくあることなのだろう。今は目の前に超可愛いシルリィがいる。これはあまり良くない。
「わ、私! デュレイさんを喜ばせることしますねっ!」
「え?」
こういう時の脳の回転は異常に早い。ありとあらゆる「デュレイという名のデュラハンを喜ばせるシルリィの行動」のパターンが厳選、再生される。しかし、それが満足に終わるより前に事は起こってしまうのだが。
「ぎゅーっです!」
簡潔に言う。シルリィが抱きついてきた。この時三秒くらい脳が考えるのをやめていたのは言うまでもない事実。ただ、目線の先に可愛らしい幼女の銀髪の頭があった。ハグに返事をするように自分はシルリィの頭を撫でた。
プツン。本当に些細な音だった。自分の鋭い爪が彼女の髪を切ってしまう音とはだれが予想するだろうか? ただ、手元に残った数本の銀色のきらめきを持つ髪の毛を見て呆然としていた。
「どうしたんですか? あ……もしかして嫌でした?」
「ぜん、ぜんいやじゃないよ」
この世界が誕生して以来、デュラハンがこのような情けない声を出したことがあるだろうか。こんな声も出たんだとこちらが驚くくらいの声、とても弱々しい。
「シルリィの髪が……爪で切れた」
「なぁんだ、そんなことだったんですね。どうせ髪はまた伸びますし、気にしなくていいですよ。切れたことにも気づかなかったんですから」
シルリィは女神か。聖女か。そんな幸せなひと時は一瞬で過ぎ去ってしまう。
その時だった。
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