七十七話 その想いを一撃に込めて
簡単なあらすじ『サチエさんは守り神様と戦う事になってしまいました……?』
〝私はここから一歩も動かない。攻撃もしない。だから青年よ。お前は安心して全力の一撃を放って来るが良い〟
瞼の裏という薄暗闇の中で自身が守り神と呼ぶ者の声を聞いたサチエは、目の前にいる存在の話に再び驚く事となった。
(……どうやら守り神様は戦いたいのではなく、私の実力を試したいだけのようだ。
だがしかし、一体何の目的で?
こんなにも強い魔物が、どうして一介の人間の力などを……?)
そうは考えるが、答えよりも先に身の内から湧き出たのは覚悟の方だった。
サチエは目を開ける。
そしてすぐさま短刀を手に取った。
宣言した通り、守り神はその場を動かずにいる。
それを確認した後、サチエは力を込めた。
手負いの自分にはそれが仕舞いの行動となるであろう、最後にして最大の一撃のために。
「守り神様……無礼をお許し下さい。
しかし……これで、友を助けられるのならば!!」
そう言った直後、彼は姿を消した。
本当にそう見える、思える程の速度で尾崎の前へと移動していたのだ。
「……シッ!!」
彼が息を吐き出すのを聞いた時には既に獲物は振り下ろされ、サチエ自身は守り神の背後にいるのだった。
サチエの攻撃の後……
数枚の羽根がその持ち主と彼の上で舞った。
ただ、〝それだけ〟だった。
サチエの全力の一撃は、守り神に〝その程度〟の被害を与えるのみだったのだ。
「うっ……」
攻撃を終えたサチエは身体が火照るのをやめ、体温が下がりつつあるのを感じながらその場で崩れ落ちるように倒れた。
ごつり、と音を鳴らして頭と床が接触し、サチエは顔を歪める。負傷と疲れのあるまま全ての力を使い、動いた彼には手を付く体力すらも残っていなかったのだろう。
「より多くの力を出すため攻撃の直前息を吐き出す事を忘れなかった。速度も充分だった……なのに……」
ぼそりとそう呟いたサチエは何処か、神妙な顔つきをしていた。
察するに『自身の攻撃が通らなかった事に対して驚き、改めて目の前にいる存在の強大さを実感している』といった所だろうか。
不意に、サチエに伸びていた影がまるで彼を呑み込もうとするかのように大きくなった。
尾崎がそちらへと近付いていたのだ。
動けなくなったサチエを彼は一体どうしようと言うのだろう。
〝青年……いや、サチエよ。
すまなかったな、無理をさせて〟
すると、尾崎の口からはそのような言葉が飛び出した。
それを聞いた途端、サチエは驚愕の表情を見せる。
……が、話す事さえもままならない今の彼からは、その訳を聞くのは難しそうだ。
〝だがしかし、今でなければ教えられる機会など無かったのでな…………
攻撃の直前、お前は手負いの身にも関わらず、身体が熱くなるような、そんな『何か』を覚えたはずだ。
あれは気のせいなどでは無い。
そして、それは何かと言うと、『魔法』だ。
お前は知らずのうちにそれを使っていたのだ。
とは言え、お前のそれはまだまだ微弱であり、私が先程のように少し手を貸してやらなければ体内で発動する事も難しいものではあるがな。
だが……元々素質のあったお前だ。
そこから鍛え続ける事さえ怠らなければ、容易くものに出来るだろう。
サチエよ。
更に強くなりたければたった今覚えたその感覚を忘れずに、それを磨き上げると良い。
それに、その方面ではお前は未熟だが、父や、村の者達がきっと……〟
「ですが!!」
突然、尾崎の言葉をサチエが遮った。
その声は掠れており、『最後の力を振り絞った叫び』であるという事がこちらにもはっきりと伝わって来る。
「ですが、私にはそれを使う資格がありません……」
みるみるうちにサチエの表情が曇る。
推測ではあるが、どうやら今彼は身体中を襲う痛みのためではなく、過去の記憶が蘇って来たせいでそのような顔になってしまっている……のかもしれない。
ただ一つだけはっきりと言える事があるとすれば……
『その過去は痛みを忘れさせる程に強く、彼の中で渦を巻く辛い記憶である』という事くらいだろうか。
〝…………あの青年は一体いつ、そのような罰をお前に与えたんだ?
いや、与えてなどいないはずだ。
サチエ。
忘れろとは言わないが、そう悩み続けていては彼も浮かばれないだろう〟
「……!!」
サチエの目が再び見開かれる。
尾崎が知っていたからだ。
サチエが魔法を捨てる事となったあの出来事も、そしてあの青年さえもを……
そして、一呼吸おいてからまた、尾崎は話し始める。
〝サチエ。
あれはお前のせいではない。
それは、お前自身も分かっているはずだろう?
だからサチエ、お前が苦しむ必要は無いんだ。
過去に囚われず、『今』を生きろ。
その力は今、お前が守るべき者達のために使えば良いんだ。
そうすべき相手がお前にはまだ、いるのだから〟
サチエは自身の意識が薄れゆくのを感じていた。
そして、その薄ぼんやりとした視界の隅で零れ落ちる雫がある事を、〝守り神様〟の話を聞いた自分が泣いている事を知った。
「守り神様……貴方を、一度でも疑ってしまった事をどうかお許し下さい……
私の名を覚えていて下さり、ずっとここで見守り続けてくれていた貴方、を…………」
それだけ言うと、彼は目を閉じた。
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