四十四話 取っちゃダメ。ゼッタイ。
簡単なあらすじ『ゼッタイに取っちゃダメ。』
アルワヒネの奴、知らなかったとはいえ、一番やっちゃダメな事をやりやがった……
いや、まあな。確かに頭に何か乗っけてるシンプルイズベストなまんまる野郎に嫌がらせするとしたら……『その頭に乗ってるものを取る』くらいしか無いのは分かるが、それにしたって最悪だ。
だってそれは、チビちゃんを最も怒らせる行為なんだからな……
大地が揺れた。
〝俺達の周囲〟の大地だけだ。だからこの揺れを体感している者は、ここにしかいない。
近くの木々から、沢山の鳥が飛び立つのが見えた。
それは間違いなく、〝ここにいる一匹のもの〟から放たれる、〝とある気配〟を感じ取っての行動だろう。
それは……大事な首飾りを奪われた、一匹のスライムの頂点にまで達した怒りだ。
「バカバカバカ!!お前それチビちゃんに返してやれ!!今すぐ返してやれっ!!」
「チビちゃん?ここで暴れるのはやめましょ?ね?良い子だから……ホラ!あの子もきっとすぐ返してくれるわよっ!?……クッ、クボタさん!早くしてっ!」
それを見た俺はすぐさまアルワヒネの説得を試み、ジェリアはチビちゃんを宥めにかかった。
当然だ。こんな所でこんなドデカい魔物に暴れられては、家が壊れてしまうのは確実なんだからな……
プチ男、ケロ太、そしてミドルスライムの三人、じゃなくて三匹は揃って俺達の周りをオロオロと動きまわっていた。ドスドスプニプニやかましい。お前達がパニックになってどうするんだ。
そしてルーは……お昼寝タイムのようだな。
あれ?さっきまで起きてたような。それにしても呑気だな。
「アルワヒネ!マジで返してやってくれ!本当に!頼むから!」
俺は半ば叫ぶようにしてそう言った……スライム達と同じくらい、俺もパニクってるのもな。
しかし、俺の叫びはアルワヒネの悪戯心を更に刺激しただけだった。
それを聞いた少女はチビちゃんの首飾りを後ろ手に持ち、軽めの悪意をたっぷりと込めた表情で再びニヤニヤし始めたのだ。『おっ!面白い反応するじゃん。じゃあもっと楽しませてもらおっかな』とでも言いたげな様子である。
ダメだ……まだ事の重大さが分かっていないらしい。マジで頼むから返してやってくれ……
「ちょっ!?いやマジで」
と、言いながら伸ばした俺の手をアルワヒネはひょいと躱し、そのまま遠くへ逃げ出そうとした。
……が、それはチビちゃんの作り上げた半透明な壁によって阻止された。いつの間にかチビちゃんは体の一部を少女の背後にまで伸ばしていたのだ。
次の瞬間、チビちゃんは伸ばした方の肉体を軸として体を伸縮させる事で素早くアルワヒネの目の前までやって来ると、その場で突然、体の形状を変化させ始めた。
そうして出来たその姿はまるで、『少女を包む、透明な牢獄』のようであった。
「す、凄い……」
俺の口から自然と言葉が漏れた。
一瞬何が起きたか理解出来ない程、その動きは速かったのだ。そのような言葉が口をついて出るのも当然だろう。
しかし、意地にでもなっているのだろうか。アルワヒネはそうされても尚、頑として首飾りを返そうとはしなかったが……
それを見たチビちゃんは、とある〝恐ろしい事〟を始めた。
チビちゃんは肉体をゆっくり、ゆっくりと収縮させ始めたのだ。そのまま、中にいるアルワヒネを押し潰してしまおうとするかのように。
うわぁ……アレは怖い……
あの内側にいる者は映画とかでよくある、『室内に水が入って来て段々と部屋がそれで満たされてゆく』タイプの恐怖を与えられるのであろう。絶対にあの技(?)だけは喰らいたくないものだ。
「チ、チビちゃんは一体……どこでこんな恐ろしい事を覚えたのかしら……?ていうかクボタさん。アレ、大丈夫よね?本気じゃないわよね?ね?」
こちらへとやって来たジェリアは我が子同然の魔物のちょっと怖い一面を知り、悲しみと恐怖が混ざり合ったような……無理矢理例えるならば『不良になってしまった息子を見た母親』のような表情をしながら、俺の背中に隠れつつ、その光景をチラリ、チラリと垣間見ていた。ていうかお母さん。貴女に分からないんだったら俺にも分かりませんよ。
まあ確かに、ジェリアの心配も分かる。今のチビちゃんでは本当に籠の中の小鳥を圧殺してしまうかもしれないからな。
そう考えた俺は(またぶっ飛ばされたら嫌だなぁ)とか思いつつも、「ちょっと様子を見て来るよ」と彼女に告げ、チビちゃんへと近付いていった。
そうしている間にも中にアルワヒネを残したままの牢獄はどんどんと小さくなりつつある。
少女はしばらく抵抗、そして脱出を試みていたが、その顔はみるみるうちに真っ青なものと化していった。ようやく、自分が大変な事をしてしまったのだと理解したのであろう。
「な、なあチビちゃん?これはあくまでも、ただの脅し……とかだよな?」
それを見た俺も流石に動揺し、チビちゃんに触れながらそう問いかけたが……
牢獄は肉体の一部をちょっと伸ばして俺を『ぷるん』と押し、優しく突き放した。
ああ、大丈夫だ。
やはり相手が仲間(仮)であるためか、今のチビちゃんは理性まで失ってはいない。これならお仕置き程度で済ませてくれるはずだ。
それを知った俺であったが、中にいる少女にもう少し強めに灸を据えてやるため、アルワヒネに向けて「ごめんな……俺の力じゃコイツをどうする事も出来ないみたいだ……本当に、ゴメン……」と出来るだけ神妙な面持ちを作って言い、ジェリアの元へと引き返した。
「クボタさん、どうだった?」
戻った後でジェリアがそう聞いてきたので、俺は彼女の耳元で「大丈夫大丈夫。俺達はここでじっと見てようよ」と笑いを堪えながら伝えた。
俺がそう言い終えた後、視線をチビちゃんの方に移すとアルワヒネと目が合った。
少女は『嘘だろ……?』みたいな顔をしている。
ハハハ、そうだ嘘だぞ。でもお前には教えてやらん。しっかりと反省する事だな。
というワケで俺はジェリアの肩を抱き、彼女が驚いているのを無視してまた出来るだけ悲しそうに、切なそうに見えるであろう表情を作りながら、アルワヒネをじっと見つめた。
……もう限界のようだ。
とうとうアルワヒネは目をうるうるとさせながら、首飾りを持ち主に返すため、天高く掲げた。
とはいっても少女は小さいので、首飾りの位置は俺の太ももくらいにあり、全然天高くはないのだが。
数秒後に収縮が止まり、牢獄の一部が首飾りにまで伸びてきた。そして遂に、チビちゃんは首飾りを取り返す事に成功したのだ。
「クボタさん〜ジェリアちゃん〜みんな〜そろそろお昼にしましょう〜……って、何やってるんですか?」
同時に、コルリスの声が聞こえた。
俺は『マズイ!このままでは俺達がアルワヒネをいじめてたと思われてしまう!』と焦り、すぐにチビちゃんを元の形状に戻るよう説得しようとした。
が、それよりも早く大きな球体へと戻ったチビちゃんは、コルリスの元へと駆け寄って行った。お腹が空いていたんだな。
「良かった……何事もなくて。はぁ、安心したらお腹空いてきちゃった。私達もいきましょう?……あとクボタさん。あの、その、そろそろ離してもらえる?」
「あ、ゴメン」
俺はそう言ってジェリアを解放し、彼女は周囲でまだ少し、オロオロプルプルとしていた三匹組を寄せ集めて家へと戻っていった。
そして最後に残った俺は……放心状態となっているアルワヒネに「おい、大丈夫か?……これに懲りたら、悪戯も程々にする事だな」と言い、少女を抱えて家に入った。(ルーは放置か?と思ったかもしれないが大丈夫だ。あの子ならコルリスの声が聞こえた時点で覚醒し、家の方に走って行ったからな)
その時、何故か少女は目をキラキラと輝かせていた。いや、潤んでいただけかな?
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