十話 武を求めた巨人

No.7 トロール No.8 ギガントトロール

魔人類オニビト科


生態を除いたこいつらの大きな違いは体格くらいだから一度に説明させてもらう。


トロールの身長は成体の雄雌共に約3m前後だ。逆にいえばそれ以上の個体はギガントトロールに分類されるといえよう。


体重は平均230kgであり筋肉質だ。しかしゴリゴリのマッチョみたいな個体は少なく、殆どが割とシャープな見た目をしている。


そしてギガントトロールの体重は約300kgだが…なんと500kg以上になる者もいるらしく、平均の数値は全く意味をなさない。


オニビト科の魔物はゴブリン、オーク、トロールと結構いるがトロールと他種との一番の違いはやはり圧倒的なパワーを有している事だろう。


が…それでいて著しく知能が低い訳でもない。理由としては群れで生活している場合においてある程度の役割が存在する点と、捕獲した獲物や木の実を家族だけでなく、弱った個体にまで分け与える事があるという点が挙げられるだろう。


まさに心優しき巨人。ゲームとかでよく出てくるような奴とは全く別物だ…


しかし、ギガントトロールはまた少し違ってくる。


彼等はトロールの突然変異体であり、現在の個体数はトロールの10分の1以下だ。なので異質な存在として扱われるためかある日を境に群れから離れて一匹で生活を始めるという。


そうした孤独な生活を続けていると警戒心が強くなるのだろう。性格は凶暴で好戦的、自分の縄張りを守るためならどんなに強い相手だろうと応戦する。まあ彼等の主な生息地であるカムラ地方の奥地ではギガントトロールよりも強力な魔物など探す方が難しいのだが…


そんなわけで当然といえば当然だがギガントトロールはカムラ地方の生態系の頂点に君臨している。


そしてこれは余談だが…トロールやゴブリンは全て緑色の肌をしているというイメージがあるかもしれない(俺もそう思っていた)が、少なくともこの世界ではそういう訳でもない。


確かに緑色が一番多いのだが…その中に多少色の違う個体がいるのだ。まあこれは個体差で済む話だろうとする研究者もいるらしい。


その色は主に黄が混じったような色であり、他にも燻んだ緑や、黄土色に近いような見た目をしている者もいる。


ちなみにルーはどちらかといえば薄い黄緑色だ。日中に茂みに潜り込まれるとどこにいるか全く分からなくなる…






観客の声援が熱線のように闘技場の中央へと注がれ、それに当てられた俺の服は汗ばんでいた。


座席の利用率は30パーセントくらいだ。これが決勝戦…流石に緊張する。


「ルー、俺はお前を信じてる。でも危ないと思ったらすぐ相手から離れるんだぞ、負けたっていいからとにかく無事に帰ってきてくれ。」


「ルーちゃん…頑張ってね。」


俺とコルリスは準備運動を終えたルーの頭を撫でて客席よりも少し手前に設置された椅子に腰を下ろした。


これはいわゆるセコンドの待機場所だ…確か初戦では気付かずに客席に座ってたっけ…大恥かく前に知れて本当に良かったな…


分かっている。今はそんな事を考えている場合ではないと。


でも…アレを見ているとどうしても最悪のシナリオが頭に浮かんでしまうんだ。余計な事でも考えないと俺の気が狂ってしまいそうなんだ…


アレとはもちろん、ギガントトロールだ。


改めて見てみるとデカすぎる…六、七メートルはあるんじゃないか?あんなにデカくなるもんなのか?


「あのボンボン、これまた凄い魔物を連れてきたわね。」


コルリスではない女性の声…背後の席にジェリアがいた。彼女も試合を観戦しにきたようだ。


「うぉ!」


「久しぶりね、クボタさん。」


「やぁ…ジェリアちゃん。ところで、君はロフターの事を知ってるのかい?」


「知ってるも何も、あいつはGランクの大会ではちょっとした有名人よ。ああやってお金に物を言わせて毎回強力な魔物を大会に出場させては見せびらかしてるんだもの。」


「そうなんだ…でも強い魔物ばっかり持ってるんだったら、なんでまだGランクなのかな…」


「フフフ…それはね、いくら魔物が良くても魔物使いが実力不足だからよ。あんなの誰が見たって分かるわ、魔物がロフターを襲ったりしないように最低限躾てるのはトーバスだってね。」


なるほど、金持ちなら大会の運営側に賄賂でもしそうなものだが…そこだけはまともらしい。というかあの真面目な爺さんが許さないか。


「でも強敵なのは確かよ。さあ、お喋りはこれでお終い。貴方はあの子の戦いをしっかりと見守ってあげて。」


俺はジェリアに頷き、中央にいるルーに視線を戻した。


ルーは会場の熱気を物ともせず静かな顔をしている。落ち着いているのは確かだろう。


片やギガントトロールは喜怒哀楽を全て混ぜ合わせたかのような表情を顔に貼り付けていた。まあ気持ちは分かる…目の前には自分が恋した相手、その奥にはそれを奪った恋敵がいるのだから。


そしてその後ろにいるロフターは前に見た生意気そうな態度ではなく…なぜか頬を赤らめている。これは全然意味が分からない。


そうこうしているうちに、審判が二匹の前に立ち…


「始め!」


試合開始を宣言した。


「おっ…おい!怪我はさせるなよ!いや攻撃するのもダメだ!攻撃しないで勝て!」


開幕早々、無茶な指示が相手側から飛んだ。いくらなんでもそれは無理だろう…


…と思いきやギガントトロールも似たような事を考えていたらしい。何ともいえない様子で一定の間合いを保っている。こいつは前からだろうが、どうやらロフターまでルーに恋してしまったようだ。


しかし、そんな事など気にしないのがルーだ。彼女はみるみるうちに間合いを詰め、ギガントトロールの右脚に重い一撃を浴びせた。


巨人の顔が醜く歪み、その直後に殺気が会場を這い回った。彼女のハイキックがそこまで効いたのだろうか、こいつは完全にルーを敵と認識したと見える。


だが倒れる様子は全くない。やはりあの時一撃で倒せたのは不意打ちによるものだったようだ。


「ひぃ……」


ロフターは自身の魔物の迫力に気圧され言葉を失っている。まあ…斯くいう俺もそうなっていたのだが。


「き……棄権し…………」


俺が何とか声を絞り出した、その時だった。


「逃げてはいけません。大丈夫、貴方はきっと勝てます。」


そう俺に囁く声が聞こえ、肩に深くシワの刻まれた手が置かれた。


振り向いてみるとそこにはトーバスの姿があった。一体なぜこちら側にいるのだろう?彼ほどの人物が場所を間違えるとも思えない。


「見受けた所、あの子はかなり力が強く、体力もあるようですね。ならば一旦離れて攻撃の機会を探す余力もあるはずです。」


「は、ハイ!」


いつしか俺は緊張が解けて声が普通に出せるようになっていた。今にして思えばこれは恐怖に慄く観衆の中で唯一穏やかな表情をしていたトーバスの声援があったからに他ならないだろう。


「ルー!間合いを離すんだ!さっきくらいでいい!」


俺はとっさにそう叫び、ルーは指示通りに試合開始直後ほどの位置に間合いを調整した。


この距離は相手が無意識のうちに詰めかねていた距離と同義である。こちら側は攻めづらくなるが、それはギガントトロールも同じなはず。


俺の予想は的中した。ギガントトロールは大木のような両腕を激しく振り回してルーを狙うが、空振りが続いている…


アイツ、力任せの戦い方だな…自分に喧嘩を売ってくるのがある程度強くて、大きな魔物ばかりだったのかな…


…!


ギガントトロールが両腕を振り上げた。


「今だルー!脚元に潜り込め!」


それを聞いたルーはすかさず相手の股下に入り込む。


するとギガントトロールが明らかに慌て始めた。前のめりになって必死にルーを捕まえようとしているが、ちょこまかと走り回る彼女の動きに追いつけていない。


「素晴らしい。もう〝アレ〟の弱点に気付くとは

…そう、野生のギガントトロールに戦いを挑む魔物など同種か、ある程度大きなトロールくらいしかいません。それゆえ彼等は小さな魔物とは戦い慣れていないのです。ならば相対する時は小さいという『利点』を最大限活用すれば良いだけの事。その上…」


そこで話すのをやめたトーバスの目線の先には、慌てふためき召使いの名を呼び続ける事しかできていないロフターの姿があった。


「あぁ…ト、トーバス!トーバスはどこだ!」


「…ご覧の通り、坊っちゃまは劣勢においての対処法を知らない。」


「そうみたいですね。でも…俺が言うのもなんですが、こんな時こそトーバスさんが付いてなくて良いんですか?あいつを怒らせたら最悪…」


「良いのです。坊っちゃまはご兄弟のような強い魔物使いになる事を期待され焦っているのでしょう。いつしか私のいう事も聞かなくなり、単に強い魔物ばかり求めるようになってしまいました。私にはもうどうする事もできません…ですので貴方を利用するような形になってしまい申し訳ないのですが…坊っちゃまには一度敗北を知り、目を覚まして頂きたいのです。」


トーバスが話し終えた直後、ギガントトロールが前傾姿勢に疲れたのかとうとう片膝をついた。


そうしてできた隙をルーは見逃さなかった。彼女は素早く巨体の下から飛び出してきたかと思うと、拳の届く距離にまで下がったギガントトロールの顎に俺の直伝である左フックを叩き込んだ。


…それ以降、地に伏した巨人が起き上がる事はなかった。


数秒後、周囲から歓声が弾け飛んだ…その合間にロフターの泣き喚く声も聞こえてくる。


「さて、私は坊っちゃまを連れて帰るとします。クボタ様、本日はありがとうございました。またどこかでお会いしましょう。」


そういって俺から離れてゆく老執事は…孫の成長を見守る祖父のような表情をしていた。

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