第52話 球根
「しかし参ったな」
マーヤはバトルアックスの刃に付着した血をボロ布で拭いながら、足元の死骸を見下ろした。
体長がマーヤの倍程もある猪型の魔物。
野営の準備をしている最中に襲いかかってきた。
その見た目に似合わず隠密に秀でているらしく、バトルアックスの間合いに近寄られるまで、マーヤが気配を
察知できなかった。
問題なく返り討ちにすることはできたが、せっかく野営の準備をしていた場所が血で塗れてしまい、場所を移動する事になりそうだ。
ため息をついてバトルアックスを背負い直す。馬がやられなかっただけラッキーと思おう。
野営の場所を移そうと準備をしながら、ふと思う。この猪型の魔物、見たことのない魔物だが、どんな味がするのだろうかと。
パチパチと温かに燃える焚き火を見ながら、マーヤは魔物から切り出して持ってきた肉の塊を前に考える。
筋張った鮮やかな赤身の肉。解体した時の手応えから、前に食べたバトルベアと同等かそれ以上に硬い肉質だとわかっている。
通常の調理法では、あまり美味くないだろう。
バトルベアと同じようにミンチにして石焼きにでもしようかと、マーヤは早速準備を始める。
そういえば、この場所に来る途中に野生のギネが群生しているのを見つけた。確かジェイコブはミンチの中にギネの葉を入れ込んでいたはずだ。
ギネを取ってこようと立ち上がった時、ふと考える。
確か、新鮮なギネは球根が美味いと聞いたことがある…。
それに、硬い肉だからと同じ調理法にするのはあまりにも芸が無いのではないだろうか?
「……よし、やってみるか」
石で土台を組み、その下に焚き火に焚べていた薪をいくつか移す。
よく洗った平たい石をその上に置いて熱する。
石を熱している間に下ごしらえだ。
先程回収してきたギネを球根と葉に分け、葉の部分は細かく刻み、球根部分はナイフで薄くスライス。
それぞれを別の器に取り分け、続いてメインである肉の塊を処理する。
マーヤは普段使いしているナイフをしまい、火山竜の爪で作られた短刀を取り出す。
ドワーフ製のその短刀は、マーヤが所持しているどの刃よりも鋭い。
その鋭い刃で肉の塊に向き合い、端からそっと刃を滑らせるように削ぎ切りにする。
ペラペラと、紙のように薄く切った肉。この薄さならば硬さは気にならないだろう。
残りの肉も薄切りにして準備は完了だ。
温めた平石に小さく切り取った脂身を置く。熱で脂が溶けて広がり、石の表面をコーティングする。
まずは薄くスライスしたギネの球根。真っ白な球根が半透明になり、軽く焦げ目がつくまで待つ。
次は薄切りにした肉をどっさりと。ジュッと肉の焼ける音とともに香ばしい香りが当たりに充満する。
ぐぅと腹が大きく鳴った。口内にヨダレが溢れ出る。
塩で味を整えた後、ふと思い立ったマーヤは荷袋から小瓶を一つ取り出した。
中には褐色の液体。コルクを外すとフワリと磯の香りが鼻孔をくすぐる。
港町によった際、なんとなく購入した魚醤。この料理に使ってみてもいいかもしれない。
薄切り肉の上からさっと魚醤を振りかける。
肉とギネの球根がわずかに褐色に染まり、魚醤の香りが熱されて拡散する。
上から刻んだギネの葉をパラバラと加えて完成だ。
木皿に取り分け、大きめのスプーンですくって一口。
肉はかなりクセがあったが、魚醤の風味がそれをかき消してくれている。やはり魚醤を入れたのは正解だった。
こんなに薄くスライスしたのに肉は適度な歯ごたえがあり、なかなか食べごたえがある。
そしてマーヤは気がついた。
この料理の主役はギネの球根であると。
肉の脂と魚醤をたっぷり吸い取った半透明の球根は甘辛く、シャキシャキとした歯ごたえも素晴らしい。
これは思わぬ発見であった。
肉は予想通り、あまり美味く無かったがギネの球根は絶品だ。
「これだから、やめられねぇな」
未知を開拓していくこの感覚は、何物にも代えがたい。
マーヤは静かに微笑むのだった。
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