『クソ祭り』(2021-10-12)
クソ祭り。
いや、罵倒では無く、本当にこういった名前の祭りなのだ。
うちの村は変わっている。
普段は普通の村なのだが、この飛んでもない祭りがある所為で、変わっていると言わざるを得ない。
内容としては、村男として選ばれたオッサンが、皆に見守られながら脱糞すると言う、何とも度し難い物である。
クソ祭り。
いや、固有名詞では無く、罵倒だ。
史上最悪のダブルミーニングだ、と僕は思った。
そして今──
──その複数の意味でクソなクソ祭りが今、開催されようとしていた。
神社は人混みで溢れ、幾つもの屋台が夜の境内をけばけばしく照らしている。
村にとって重要な行事であるから、村人達がほとんど全員参加している事は勿論として、外部からの来客も思いの外多いのだ。
どうやら、その奇怪で素頓狂で滑稽な内容が受け、ネット民や民俗学者を中心に人気があるのだとか。
こんな祭りに足を運ぶなんて、恐らくその中でも相当の物好きだろうが。
きっと将来「え〜、僕君ってクソ祭りの村の出身なんだ〜」とか言われるんだろう。
僕は、全国規模で、この恥ずべき風習が知れ渡っている事を悟り、ゆっくりと一粒の涙を流した。
僕が悲しみに明け暮れている間に、神主と村長のスピーチは終わったようだ。
そうして、今年の村男──即ち脱糞係が姿を現した。
あれは……隣の家の柏田さんか。
来年には、娘さんが小学生になるはずだ。子供の教育に悪影響として、廃止されてしまわないだろうか。
哀れだ。
柏田さんはふんどし一丁の姿だが、その格好の異常さも然る事ながら、ふんどし自体もまた通常の物とは少し言い難い形状をしていた。
尻の辺りに、竹筒が尻尾のように取り付けられているのだ。あそこから、ブツを排出する。
あれはアダルティな玩具であると言われれば、思わず信じてしまいそうな、恥ずかしいふんどしを、妻子持ちでやや肥満のオッサンが穿いている。
僕は絵にも言えぬ気分になり、脳内にはただただ「地獄」の二文字が浮かんでいた。
柏田さんは拳を握ると、先程までの柔らかな表情が嘘のように、険しい表情となり、スクワットよろしく腰を落とした。
「ふん! ふおぉぉおっ!」
何とは決して言いたくないが、柏田さんが気張ると、観客は「おお!」と一斉に湧き上がった。
やめろやめろ。
それじゃあまるで、柏田さんがクラブのDJみたいじゃあないか。オーディエンスが沸き立つな。今流れているのはイカしたBGMじゃない。
この上無く汚い、呻き声と排泄音だ。
「ふぉんん!! はあぁぁぁぁッッ!!」
顔を真っ赤にして、大声を上げる柏田さん。
その声からは、か〇はめ波でも放ってしまいそうな、そんな気迫を感じる。
いよいよ佳境のようで、フロアのバイブスは益々アガる。
誰かが歓声に紛れて始めたうんこコールは、何時の間にか会場を呑み込み、境内中に「うんこ! うんこ!」と実にお下劣な言葉が響き渡った。
僕は涙がちょちょ切れた。
まるで下痢の時の、調子付いた肛門のように、涙がドバドバと溢れ出す。
……おかしい。
僕は初め、共感性羞恥心やこの村に産まれてしまった事について、泣いていたはずだ。そのはずなんだ。
だが今は、いっその事清々しさすら覚える。感動している。クソ祭りに感動しているのだ、僕は。
「うんこ! うんこ! うんこ!」
何時の間にか、僕は自然と、うんこコールに混ざってしまっていた。
「ふぅぅう……!」
来る! 来るぞ!
柏田さんの便は今、直ぐそこまで来ている!
うおおおおおおッ!!
「……はいぃッ!!!!」
ドッ、と体が揺れる感覚がした。
それは観客の沸き立つ声か、それとも柏田さんの排泄音なのか、それは分からないけれど。
そんな事はもう、どうでも良くなっていた。
柏田さんがうんこをした。今はただ、それだけが重要だった。
皆が柏田さんに向け、万雷の拍手を送る。僕もまたそれに混じり、掌が痛痒くなるほど、手相と手相を打ち付けた。
爽やかな顔をした柏田さんは、トイレットペーパー代わりに純白の絹の布を持って、舞台の後ろへと歩いていった。
僕にはそれが、まるでヴィランを蹴散らした後、颯爽と去って行く、クールなヒーローかのように映った。
──クソ祭り。
いや、罵倒では無く、単に素晴らしい祭りを形容するには、これ以外の言葉が見つからなかったのだ。
村人、ネット民、民俗学者、観光者。
境内には、おびただしい数の人々が、所狭しとひしめいている。
その全員が、一斉に目線を寄せる。
僕も当然、そちらを向いた。
悪臭香るそれは、計り知れない存在感を放っている。
大きな催し物だった。
史上最高のダブルミーニングだ、と僕は思った。
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