【完結】パーティに捨てられた泣き虫魔法使いは、ダンジョンの階層主に溺愛される

水都ミナト@【死にかけ公爵】配信中

第一部 ダンジョンの階層主は、パーティに捨てられた泣き虫魔法使いに翻弄される

00.プロローグ

「とうとう来たな。ここが70階層のボスの間か…」


 ダンジョンの上階層。見上げるほど巨大な両開きの扉の前に、五人の冒険者が居た。


 この禍々しい扉の向こうに、この階層を守護する階層主がいるはずだ。

 覚悟に満ちた顔つきの者、ボスを目前に恐怖が滲む者、いつもと変わらず涼しい顔で佇む者ーーーボスの間を前にし、三者三様の表情をしていた。

 その中でも、三角帽を目深に被った少女は、既に両目一杯に涙を溜めて、今にも泣き出しそうな悲痛な表情をしている。


 足首まで覆うローブを身に纏い、ローブの中にはふんわり裾の広がったショートパンツ、膝上までの真っ黒な靴下に、ショートブーツを履いている。

 いかにも魔法使いと思われる装いの少女は、自らの身長よりも長い杖を抱き抱えるように両手に持ち、背には大きなリュックを背負っている。その中には、薬草やポーション、魔物を倒したときに手に入るドロップアイテムなどが詰め込まれており、リュックは既にはち切れそうだ。

 一方、他の冒険者達は、皆自分の得意武器と思われる剣や盾、杖などは持っているものの、最小限の防具を身につけているだけで、身動きの取りやすい軽装をしている。

 半べその魔法使いがパーティの荷物持ちを一身に担っているのは、見るに明らかであった。


 ダンジョンの中は薄暗く、どこからか魔物の戦慄く声が不気味に響いてくる。

 その度に魔法使いの少女はびくりと肩を震わせた。


 リーダーと思しき剣士の男が、仰々しく他の冒険者達に向き合い、拳を突き上げた。


「さて、いよいよ俺達が前人未到の70階層のボスを倒す時が来た!」

「へっ、武者震いがするぜ」

「…いつも通り、目の前の敵を倒すだけ」

「うふふ、頑張りましょうね」


 冒険者達は、互いに顔を見合わせ、鼓舞するように言葉を掛け合う。

 魔法使いの少女は、その輪から一歩引いたところで心配そうに冒険者達を眺めていた。


「でもよ、70階層の主って『破壊魔神』って言われるほどヤベェ奴なんだろ?」

「ああ、もう10年近く人類の前に立ちはだかっていると聞いている」

「ふっ、それも時間の問題。ルナたちが最初の突破者になる」

「ええ、それはもう決まりきったことですわ」


 一人を除き、皆が階層主の打破を信じて疑っていない様子だ。

 ボスの間の前で、呑気に談笑をしているパーティメンバーを横目に、魔法使いの少女は一人辺りを警戒していた。

 士気を下げるような少女の振る舞いを、うざったそうにリーダーの男が見ていたが、妙案を思いついたのかニヤリと口角を上げた。


「さて、油断は大敵だ。まずは荷物の整理をして必要なものと不要なものに分けよう。足りないものはボス戦の前に一度街に戻って買い足した方がいいな。武器のメンテナンスも必要だ。不要なものは思い切って処分してしまおう」

「もっともだな。俺の盾も少しヒビが入っているし、修繕した方が良さそうだ。万全の体制でボス戦に臨もう」

「む。ポーションもあと数本しかないはず。色々揃えるとなると、準備に少し時間がかかりそう」

「体を癒すのも大事なことです。焦りは禁物ですわ」


 大仰なリーダーの言葉に、うんうんと他の冒険者達は頷き、手持ちのポーチや武器の状態を確認する。

 魔法使いの少女も、慌ててリュックを下ろして中を確認しようとしたが、何せ中々の重量だ。よろけながらも、何とかボスの間の大扉に背を預ける形で荷物を下ろした。


 急いでキツく結ばれた口紐を解いて、リュックの中を覗き込む。

 薬草やポーションの残量は心許ない。70階層の冒険で、凶暴な魔物と乱戦した際に、かなりの量を消費してしまっていた。他にも携帯飲料や簡易の休憩セットが目についた。これはボスの間では不要だろうから宿に置いてきて、空いたスペース分他のアイテムを入れた方が良さそうだ。


 大量の荷物をあれやこれやと選別をしていると、不意に頭上に影が差した。


 咄嗟に見上げると、ニヤニヤと口元に薄笑いを浮かべたリーダーの男が見下ろしていた。


「不要なものは、処分しないとなァ」


 あっ、と思った時には肩を強く押されてた。

 いつの間にか他の冒険者達によって薄く開かれていたボスの間に、体が吸い込まれるようにして後ろから転がり込む。


「ま、待って…!」


 暗闇の中、慌てて起きあがろうにも、足に力が入らない。

 必死に仲間達へ手を伸ばすが、誰もその手を取ろうとはしなかった。


「さて、ここを《転移門ポータル》に登録して、俺達は街に戻るとするか」


 四人の冒険者達は、何事もなかったかのように大扉に背を向けている。

 最後に見たリーダーの冷ややかな目は、長年連れ添った仲間に向けるものではなかった。


ーーーそして無情にも、ボスの間の大扉は、重厚な音を立てて外からの光を閉ざしたのだった。

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