第40話
昨日今日と予約がミスってました。
先ほど39話を更新しましたので、まだ読んでない方はそちらからよろしくお願いします。
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「本当にこれで良かったの、クロノ?」
パダジア精霊国の大半を占める大森林には今、濃霧がかかっていた。
肥沃な緑と、豊富な水脈が合わさって生まれる現象は、ロン村を出て行く俺とミィミの姿を隠すには打って付けだった。
まさに山羊の乳のような濃厚な霧の中を、俺は南を向いて歩いている。
「これでいい。
「そうじゃなくてさ」
「ミィミが言いたいことはわかる。でも、俺たちがロン村に長居するのはあまりよくない。いや、このパダジア精霊国に残っていることもな」
「でも……。お別れも言わずに」
「言ったら絶対に引き留められる。今ならみんな酔いつぶれているし、抜け出すなら今しかない。それとも――」
俺は足を止めて、ミィミに振り返った。
「お前は残るか、ミィミ? 気に入ったんだろ、あの村が」
「馬鹿言わないで!」
ミィミは眉間に皺を寄せながら、ピシャリと言い放つ。
「あんたがあたしを勝手に買ったんじゃない。頼みもしていないのに記憶まで呼び起こして。それを今さら別れるなんて無責任よ!」
ミィミは鋭い視線を送る。
怒っているようで、それでも泣いているようにも見えた。
「ミィミの言う通りだな。くだらないことを聞いた。すまない」
「い、いいわよ。謝らなくても……。そ、それにあんたのそういうところは嫌いじゃないし」
「うん? 後半よく聞こえなかったんだが」
「ああ! もう! しつこい!! あんたのそういうところが嫌いなの!!」
結局怒らせてしまった。
一体何が言いたいんだ、あいつ。
「――――で、そろそろ出てきたら」
ミィミが濃霧の向こうに視線を送る。
現れたのは、アリエラだ。
その手には俺が預けたミストルティンが握られている。
「あんた、根本的に気配を消すのが下手ね。むしろ隠す気あるのかしら?」
「隠す気なんてない。クロノに会いに来た」
「俺に?」
「私も連れてって」
アリエラはミストルティンを強く握りしめながら言った。
目を見ればわかる。
アリエラは本気だ。そして生半可な言葉ではロン村に帰ってくれないとわかった。
でも、俺とミィミは自由気ままに旅をしているわけではない。
それにアリエラには未来がある。
輝かしい――剣神の力を引き継ぐという将来がある。
おそらくその力は今後100年、パダジア精霊国の大きな抑止力になることは間違いない。
だが、まだまだアリエラは雛だ。
未熟な部分だってたくさんある。でも、アリエラの周りにはメイシーさんやラブス村長、ハニーミルさんがいる。
いいお手本が揃っている。
必ず彼女は立派な精霊士、いやエルフを導く剣神となるだろう。
正直に言うが、その成長を側で見てみたいという思いはある。
それでも俺たちについていくことで、アリエラの未来を奪うことは絶対にあってはならない。
「ダメだ……」
「何故?」
「聞いていたかもしれないが、俺は異世界の人間で、ティフディリア帝国の勇者召喚によってやってきた」
そこでFランクスキルと扱いを受け、殺されかけたところで、俺は賢者の記憶を思い出した。
そして、ティフディリア帝国の皇女と兵を殺し、皇帝には名誉を傷付ける仕打ちをして、お尋ね者となった。
「それだけじゃない。これからパダジア精霊国とティフディリア帝国は戦争になる」
「クロノが私たちエルフを助けたから?」
メイシーさんやエルフを助けたこと、最終的にダギア辺境伯を討ったこと。
それ自体、俺は何も後悔していない。
戦争をするためにエルフ狩りを容認していた帝国は間違いなく〝悪〟だし、ダギア辺境伯はどうしようもないクズだった。打倒されて当然だろう。
けれど、結果的に帝国の思い通りに進んでしまった。
難癖を付けてでも、ダギア辺境伯を殺したのはパダジア精霊国だと糾弾し、国際社会に対しては「正義は我にあり」とばかりに御旗を掲げて、大森林に兵を送り込もうとするだろう。
パダジア精霊国は間違いなく、苦戦を強いられる。傀儡政府を飲むか、あるいは滅びを待つか。それぐらいしか選択肢はない。
それだけは絶対にあってはならない。
「だから、クロノが身代わりになるの?」
「そうだ。エルフがやったのではなく、俺がやったことにする。でも、悲観的になることはない。俺はそもそもお尋ね者だからな」
「でも、これはエルフの問題」
アリエラは詰め寄る。
普段、あまり表情に出ない彼女だが、この時の眼差しは生涯忘れられないくらい強い光を放ち、無言で俺を攻めていた。
どう返そうか考えていると、ミィミが叫んだ。
「クロノ! まだ他に誰かいる!!」
メイシーさんだろうか。
ミィミが視線を送る霧の向こうを注視する。
「驚かせるつもりはなかったのですが……」
現れたのは、真っ白な髪と肌を持つ女性だった。
星をそのまま織り込んだような白い薄衣を着て、目は悪いのか瞼は固く閉じられている。
耳の形を見て、随分と年老いたエルフだとわかった。
おそらく白い髪も色素が抜けて、白髪になっているのだろう。
それでもあまり老人っぽさはなく、雪の精のように美しい。
側には何故か屈強なリザードマンが控えている。かなりの実力者なのだろう。かなり高位のエルフであることはすぐにわかったが、お付きはそのリザードマン1人だけだった。
「女王様……」
慌ててアリエラは膝を突き、頭を下げる。
女王って……。
まさかパダジア精霊国女王か!
俺とミィミは遅れて、アリエラに倣った。
「パダジアの女王が何故ここに?」
ラブス村長に聞いた話だが、パダジア精霊国の女王は大森林の奥深い聖域と呼ばれている場所にいると聞いた。
最小限の家臣しか置かず、城もない。
巨大樹の根が張り巡らされた地下で、パダジア精霊国の平和を祈り続けているのだそうだ。
「かしこまらなくて結構です、勇者クロノ……。いえ。賢者様」
「――――ッ!」
息を飲んだ。
恐る恐る口にする。
「俺のことを知っているのですか?」
「私の目はもう2度と開きませんが、大森林で起きてることはすべて把握しております」
「なるほど。大森林に入ってからずっと誰かに見られているような気配は感じていましたが」
すると、今度は女王が俺の前で膝を突く。
頭を垂れる姿に、アリエラは驚いていた。
「無事のご帰還。おめでとうございます、賢者様。先々代もお喜びになられるでしょう」
「先々代?」
「はい。私の祖母の名前はアドゥラ・バニエン……。私は剣神アドゥラの孫に当たります」
「え? アドゥラのヤツ、結婚していたのか?」
「あなた様が転生をなさってほどなく、私の母が生まれたと聞いております。子を生んだのはその一子のみですが、私の母は剣神の血を絶やさぬため、多くの子を成しました。そこにいるアリエラもその1人でございます」
どうやらアリエラは知らなかったらしい。
女王が俺に頭を垂れていることすら驚きなのに、自分に本当に剣神の血が流れていることに戸惑いを隠せない様子だった。
いつもの澄まし顔も、この時ばかりは眉間に皺を作り、困惑している。
「それで、エルフの国の女王が俺になんのようだ? まさか挨拶だけというわけではないだろう」
「まず同胞を助けてくれた礼を述べに参上しました。……そしてもう1つ。あなたがしようとしているお節介を止めに参った次第です」
「帝国と精霊国の争いを俺が肩代わりしようという件か」
俺がそう言うと、女王は頷いた。
「わたくしは今回の争いごとを経て、決意しました。遅かったかもしれませんが、ようやく決意しました」
パダジア精霊国はティフディリア帝国と戦います。
濃霧の中で、女王は宣戦布告した。
「政治的な摩擦によって、多くの同胞が失うことになりました。しかし、女王としてわたくしは何もできなかったことは事実。その間も多くのエルフを悲しい目に遭わせてしまいました」
「だから、戦争をすると?」
「むろんパダジアは、ティフディリアと比べて、弱小国です。まともに戦えば、10回戦ったら10回負けるでしょう。ですが、今わたくしの目の前に1000年前魔王を打倒し、世界を救ったお方がいる」
女王はさらに深く頭を垂れた。
「こうなったのも、わたくしの失政が原因です。責任と罪はすべてわたくしが負います。ですから、何卒賢者様。わたくしたちエルフにお力添えいただけないでしょうか? この通りでございます」
パダジア精霊国の女王は自らの足で出向き、そして俺の前で深々と頭を下げている。
その意味がわからない俺ではない。
翻せば、それほどパダジア精霊国は追い詰められているということだ。
ティフディリア帝国のやり口は実に巧妙だった。あの裸の愚帝ではとてもではないが考えつかない。
おそらく優秀なブレインの仕業だろう。あるいは、それもまた勇者の何らかのスキルなのかもしれない。
俺は女王の頭を見ながら、口を開いた。
「お断りします」
つんと空気が張り詰めるのがわかった。
女王はまだ顔を上げようとしない。
横でアリエラが驚いている。俺なら女王の依頼を受けてくれると思っていたのだろう。
「貴様! 女王自ら頼み込んでいるのに断るのか!!」
罵声を浴びせたのは、お付きのリザードマンだった。
口から吹き出しかねない様子で、俺の方を睨んでいる。
「女王にご足労いただいたことは痛みいる。だから依頼を受けなければならないというなら、それはもはや強制だ。やっていることは帝国と変わらない」
「貴様! 帝国と我々が一緒だと言いたいのか!!」
「ザーグ、おやめなさい。賢者様の言う通りです」
女王に叱咤され、ザーグという名前のリザードマンは渋々口を噤んだ。
ザーグを一瞥した後、女王は「理由をお聞かせ下さい」と言って、頭を上げる。
「パダジア精霊国はとてもいい国だ。エルフたちはとても社交的だし、食べ物も、森の中の雰囲気も好きだった。それに女王も国民を常に思い、その傷みを共有しようとしている。国は小さいが、住む人間には笑顔が溢れていた」
どんなに技術が発達し、便利になり、明日食うものに困らない社会になっても、国民が笑顔でいられる国は政治がうまくいってる証拠だ。
しかし、戦争は折角それまで積み上げてきたものをすべて壊してしまう行為である。
1000年前にアドゥラとともにようやく手にした
再び俺が転生し、舞い戻ってきた途端にアドゥラの子孫を巻き込んで国の礎が揺らぐとなれば、俺はアイツにどんな顔をすればいいかわからない。
「だから、パダジアには戦争して欲しくないんだ。戦うなら、俺1人でいい」
俺の最後の一言を聞いて空気が張り詰めていく。
みんなが呆気に取られていた。
そりゃそうだ。
ジオラントで№1の国と渡り合おうというのである。
驚いて当然だ。
「いくら賢者様とて一国の――――しかもティフディリア帝国とお一人で戦うのは……」
「あたしもいるんだけど」
俺と女王の言葉を遮って、ミィミが間に入ってくる。
「私も手伝う」
アリエラはミストルティンを掲げた。
「剣神様なら絶対にそうする。賢者とかよくわからないけど、私はクロノについていく」
「ミィミ……。アリエラ……」
「神獣の記憶と、剣神の剣と血筋を持つ者……。それでも勝てるかどうか。それに我が国を戦争に巻き込みたくないというのはわかりますが、果たして帝国は黙っているかどうかもわかりません」
「その点はご心配なく。実は、すでに策は考えているんです」
「それは――――」
俺はミィミ、アリエラ、そして女王とザーグだけの前で自分が考えていることを披露した。
最初は疑心暗鬼な表情を浮かべていたが、その策の輪郭をみんなで共有し始めると、気付けば息を呑んでいた。
「面白そうじゃない」
「クロノ、天才。すごい」
ミィミとアリエラは称賛する。
女王も顎に手を置きながら、俺の策を理解した。
「なるほど。すでに考えておられていたのですね」
「女王がラーラ姫とお話をされていたのも、そのことなのでは?」
「ええ。そうです。……しかし、決定的なものがなく。ですが、賢者様の言う通りに運べば」
「はい。パダジア精霊国に戦争をもたらさず、かつ帝国の侵攻を止め、さらに戦力を削ることができるかもしれません」
「……さすが賢者様。ご慧眼、感服いたしました」
再び女王は頭を下げるのだった。
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