-MGLD- 『セハザ《no1》-(2)-』

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第1話 今日の空は特別キレイみたいだ


両サイドに小さな2本の尻尾の赤玉の髪飾りを結った少女が、プリズム色の大空を見上げていた。

短めのツーサイドアップ、小さい頃に覚えてからずっとそうしてきた彼女はその名前は知らない。

今日は快晴で、この広い大空にプリズム色の影のような模様が風で揺れるのを眺めている。

向こうの大きな高層ビルが集まるエリアを飛び越えて、そびえ立つ白く流麗なシルエットの3つの塔のような建物、あれは通称『リリー・スピアーズLily-Spears』と呼ばれる、この第5ドーム地域の大きな象徴である。

『芽吹く百合ゆり』とか言われたりして、理由はいくつかあるらしいけど、一番有名なのはあの白い3本のシルエットが百合のつぼみだか、芽だかに見えたかららしい。

そして、今は先端から大きな傘が開いてプリズムを見せて、その姿はまるで花開くようだ、ってよく言われてる。

そういう光景になることを見越して名付けられたのかは知らないけど、このドームに住む人たちを含めた、みんなが呼ぶ愛称だ。


ドームの中心地に天高くそびえ立つその『リリー・スピアーズ』の先端からはプリズム色の巨大な傘が大空を包み込むように広がっていて、青を透過する虹の煌めきに揺れる大空がある。

あれは『プリズムディバイダー』で有害な天然光線を分散し無害なものに変えてくれている証だ。

そんな虹色の空の光景は外国ではニュースで話題になったりするほど、珍しい景色らしい。

ただ、この地域に住み慣れた人たちからすると、生活の一部の見慣れた光景だ。

でも、心躍るわけではないそのプリズムの欠片に祝福されるような光景をたまに見上げて。

自然と少し、息を大きく吸えるようになる気がする。

少し深い呼吸をすることを、自然と思い出す。

しばらく、ぼうっと見上げてる。


その少女もそうだったのかもしれない。

なんだか、最近は考えることが多かったのかもしれない。

朝早く、出勤前に散歩をしたくなったのも。

ふと足を止めて、『リリー・スピアーズ』の光景を眺めていたのも。

きっと、そうなのかもしれない。


――――彼女は、黒いズボンに白いシャツ、ラフなようでいてかたっくるしくもないが、フォーマルにも見える服装である。

まあ、彼女が服装には無頓着というのもあるのだが、変な格好でないならそれでいい派だ。

それでも周りと比べても背の低い少女は、大人が着るようなそんな服装の所為か、たまにすれ違う人に目を留められる。

彼女は別にそういう視線には慣れてはいるから、気には留めない。


――――と、携帯が震えていたのに気づいて、その2つ尻尾の少女はポケットから取り出した画面を見てから通信に応答する。

「もしもし、」

『おはよう、ミリア』

「おはよ、どうしたの?」

『メッセージ見たか?朝から顔出せっていう、』

「見た」

『例の件だろうな。まあ、4人そろってから行った方がいいだろうから、待ち合わせしとこう。エントランスのエレベーター前でいいか?』

「そうだねぇ。10時前にね?」

『わかった。ケイジとリースには連絡しておく。』

「よろしく、ガイ。あの2人は遅刻しそうだから、ちゃんと言ってね。特にケイジ」

『リースに言えば大丈夫だろ。そっちは今、部屋か?』

「外にいる。」

『もう出たのか、早いな。』

「うん。」

『・・じゃ。あとでな』

「はい。」

ミリアは通信を切ってポケットに仕舞うと、その道に沿ってまた歩き出す。

・・空の見える風景を見ていると、つい足を止めてしまう。

繁華街は遠くにあって、この辺りは車がたまに通るような静かな場所だ。

大体同じ色のビルが建ち並んでいるのは砂の風を受けるからで、砂が張り付いたような表面はすべて同じような色に見える。

そんなビルたちの中の街で、この地域の人たちは普通は暮らしている。

なんとなくだけど、そんなドームの街の景色の一部が。

人が生活して息づいているのが、なんだか・・・。

・・・私も、そこに立っているんだな・・って、思っているはずで。

・・今朝は、目が醒めて起きてから、朝ご飯を食べに行くついでに散歩をしようと思ったのだ。


寮から出たら、そのエリア付近から既に遠目に見えていた施設の1つの方へ向かって、ぶらぶら歩いてた。

いま歩いていた空中遊歩道は、遠くの景色が見える場所がちょうどあって、なんとなく足を止めてた。

それから、歩道の合間が中ビルと交差していて、トンネルのようなその中ではお店が並ぶモールに繋がっていて。

朝でも、少なくない歩行者の中にミリアも紛れて歩く。

すれ違う人たちの中には、いろんな私服の格好の人たち。

スーツ姿のビジネスマンも鞄を片手に歩いていて。

たまに珍しい学生服らしいものを着ている学生とか。

その横をすれ違ったミリアは、目の端に輝くようなアクセサリのお店を流し見しながら。

シックなボトルシップや木造りのお店、・・なんか明るい緑色の植物のあるちょっと可愛いお店にある小物なんかがあって、少し足先を変えて店内へ見に行きたくもなる。

ちょっと気になるお店の前で足を止めて、ガラスの向こうを覗いてみてもいいんだろうけど。

気になる時間は携帯の画面を見ても、少しは余裕があるものの、やっぱり地図を呼び出して、迷わないように最寄りの駅の方へ足を向けていた。

遅刻でもしようならチームのみんなに示しがつかない。

自分はリーダーなのだから。

・・・まあ、ケイジたちが先に来ていて、自分だけが遅刻したら、ってそんなことないと思うけどね。

ケイジ達が私より早く来るなんてのは。

そんな事を考えつつ、モール内で通りかかれば自然と目に入ってくる色とりどりのお店を探して、今日の朝ご飯を何にしようか?

頭の中はその当面の問題に塗りたくられていった。



 目の前のモニタに映る選べるメニューは様々で、ハンバーガーからホットドッグ、サンドイッチに、赤いチリソースから緑色のペーストソースにとろっとしたチーズ。

サンドイッチ・ショップの『チーレインズ』では溢れるほどのフレッシュな野菜や肉をうたう新商品の広告が前面に出ている。

昨日ネットで見たやつ、食べた事ないやつだ。

我こそがこの店内の注目株スターである、とスポットライトを存分に浴びている。

から、やっぱりこれにしよう、ってミリアは指を置いて注文した。


「ありがとうございました」

カウンターで新作のサンドイッチ、実際見るとけっこうボリュームがあるのと、お店のオリジナル・チーズポテトにディップソース、オリジナルドレッシングの掛かったサラダにLサイズのオレンジジュースのセット、のトレイを受け取って。

ミリアは店内を探しつつ、空いてた窓向かいのテーブル席に決めた。

テーブルの上に置いて席に座ったら、トレイの上の端っこに1個の包み飴が置かれていたのに気が付いた。

口臭とかアフターケア用の成分が入っているやつみたいだ。

メインの大きなお皿に乗せられた『トレコトロピアンチキン』をイメージしたという大きなサンドイッチ、食べ応えのありそうな、なんだか見慣れない緑色のパテやマスタードソースや地名が盛り付けられた紹介のサンドイッチだったので、どんな味なのか少しうきうきしつつ。

着いた席のガラスの向こうに、モールの光景が見えてた。

半2階の高さから見下ろす、広い通路を歩くスーツの人たちや私服の若者が行き交う様子に、いろんなお店も賑わう。

ミリアはそのオレンジジュースのコップをストローで一口飲んで。

それから、サンドイッチの包みを開けて、美味しそうな香りを感じながらかぶりついた。

スパイシーで濃厚な溢れる緑色のソースに、あっさりしたチキンとシャキっとした野菜が良い感じ・・・ん?・・とちょっと頭をひねる。

なんだか違う香りがするのが違和感があったけど、オリエンタル風味なのか、慣れない香りが鼻についてよくわからない。

これなら、もう一つの『チキン・カチャトーラ』をイメージしたパテっていう方が良かったかな、と。

ちょっと思ったけど。

でも、集中して食べてたら、なんだかそのちょっと癖のある香りに慣れてきて、鶏肉の旨味がソースに絡んで美味しくなってきた気がした―――。



――――外の街頭に見える広告、『ムーヴィン』の迫り出して来るような新作のハンバーガー、もうお腹が満たされてるからさすがに食べたいとは思わないけど。

流麗な容器のシルエットから海外ブランドの香水は赤い深い紫色の、おしゃれってやつで、綺麗な女優が両の手の平で包む眩い艶やかな光が流麗な香水になる、宝石のように口づけを。

それから、『EPF』のニュースが流れていて。

視線を外したら、その先にあったテーブルの間々に置かれた店内の小さなディスプレイにもその『EPF』のニュースが流れていた。

ムーヴィンの映像は有名な『彼ら』がそこで動いているかのように見えていた。

見下ろしたような視点からミニチュアのような彼らが悪漢を地面へ倒し伏す、スタンガンを使用したのも遠目に見えていた。

『EPFが事件の解決をより迅速に』

隊員の1人が爽やかな笑顔をこちらへ向けて、目が合った瞬間にクローズアップした彼はポーズを決めるように何かを言っていた。

映像が切り替わるとニュースの見出しはそれから、『5国での国際会議が開催されるギルタニアで―――』ってニュースに変わった。


『EPF』は、リリー・スピアーズ軍部が直轄する特能力部隊、およびその関連機関を含めた通称だ。

私が所属する『EAU』とは名前が似ているが、成り立ちから知名度まで全然違う。

『EPF』は世界的にも有名で、特能力部隊としての実績、命令によってはドーム内から補外区まで治安維持の仕事を幅広くこなし、リリー市民全員が知っているくらい人気がある。

最近は今みたいに活躍のニュースが多くなっていて、広報専門の部隊があるのか何人か映るお馴染みの顔もちょっと覚えた。

凄く明るくて、子供に人気だとか、名前は・・・バッダとか、ミスターとか、改めて思い出そうとすると変な名前だったような。

とりあえず、『EPF』が他ドームへ遠征に行って交流を深めたとか、凶悪事件の解決に大きく貢献したとか。

自分が所属する『EAU』も似たような仕事はしているけれど、知名度は全くだ。

というか、似たような組織は一まとめに『EPF』って呼ぶ慣習が理由だと思う。

そりゃ、説明するのに特務協戦とかのシステムが複雑だし。

『EPF』は軍部や政府の代表でもあり象徴でもあるし、政治的なその方針に影響を大きく受けているだろう彼らは、やっぱり特別で彼らが中心になるのは仕方ない。

ネット上では良い噂も悪い噂もよく目にするけど、実際には『EPF』はそれだけの実力を持ち、社会貢献している、と思う。


まあ、私は別に『EAU』が有名になってほしいわけではないけれど。

つい最近も、ドーム補外区で『EPF』が村を1つ救った、と英雄的なニュースが世間を駆け巡った。

あの事件は、一週間前に突然起きて、そして大きく注目された。

そして、リリー・スピアーズ政府の庇護下にある村の現状を聞いて、リリーの人たちの心は打たれたようだった。

あのとき流れていたニュースのキャスターが言っていたけど、ブルーレイクの彼らは歌を歌っていたらしい。

現場にいたという警備の人らが、『彼らの歌は、救助に来た我々への感謝を表していたのだと思う』とインタビューで答えていた。

私は、その歌は聞いていないけれど、彼らが歌っている姿は想像できるような、想像できないような、だった。


それから、あのニュースに関して言えば、平和状態も安定してきたこの世の中で、謎多き武装集団はセンセーショナルにマスメディア上で専門家たちの分析と共にいろんな情報と憶測が踊っている。


事件の現場となった『ブルーレイク』は、かなり歴史的背景が濃い。

数十年前の戦争直後から生き残り続いてきた拠点であり。

戦後間もなく法律もルールも無い頃、略奪行為をする武装集団が溢れた時代、各地にかろうじて点在した避難拠点が蹂躙されていった。

その時代に激しい戦闘を生き残った数少ない拠点は『ブルーレイク』も含まれる。

そして、現在はリリー・スピアーズ政府に公認の支援指定村と認定されている。

そこには、いろいろなめぐり逢いがあり、軌跡と奇跡を以って戦い抜いた歴史ある場所、とニュースで紹介していた。

学校で学んだ知識に近いような話も多くあって、番組を見ていたらもっと詳しくなった、と思う。

一週間前には、その現状を目の当たりにしてきたミリアだから。

その『なにかの伝統』が今も色濃く残っているのは、自分の肌で感じていた。

それに、あの村の光景を思い浮かべると・・村の彼らの表情が、ふと重なる。

――――あんなことがあった後、彼らは元気に暮らしているのだろうか。

あのとき、何人も死んだ、大怪我も負った。

それでも彼らは。


どうしているのか。


・・・きっと、元気に暮らしているんだろう。


今までも繰り返してきたように。

ブルーレイクの人たちは。

メレキたちの笑顔の様に、思い出せる。



―――――そう、バスの中から見る窓の外は春うららのような暖かい日差し、プリズム色の大空がビルの隙間に見えていた。

私はそんな景色を思い浮かべて、この後の自由時間は何しよう、と少し思いに耽かけた。

ちょっとあくびを、しかけて、他の人の目があるのに気が付いて、口を閉じてた。

と、ズボンのポケットに固い飴の感覚を感じて。

ちょっと取り出して、手の平の上のそれを見てたけど。

今は食べる気分じゃなかったので、ポケットにまた軽く押し込んどいた。


ミリアはバスの中の様子を、ちょっと見回してから、また欠伸をしかけるのを、ちょっと我慢して、・・やっぱり窓の外へその瞳を向けていた。




――――・・今日の空は特別キレイみたいだなぁ。」

そう、そんなに変わらないと思うけど、それが日常であることは良いことで・・・。

って。

「・・・あ、はい、すいません。」

のんびりした口調の所為じゃないけど、目の前のデスクの彼にとがめられたみたいだ。

ミリアは、ちゃんと今置かれてる状況を思い出して、背筋を正した。

上司の彼の話の途中にちょっと気が緩んだだけで、危なく甘いあまい空想へ逃避行しそうになっていた。

そう、目の前で少し渋い顔をしているような彼に私の目線を見られていたのも良くない。

「・・まだ疲れが残っているのかもしれないから、ややこしい手続きは省こう。ベテランの兵士も激戦の後は心が休まらずに、身体も休められないというしね。」

彼はそう、咳ばらいを1つしていた。


ミリアはとりあえず、眠そうに見えないようにまぶたを開く力をかっと強く込めた。


「それだけの死線を君らが潜り抜けたのは認めているよ。だが、その上で今は話がある。聞いてくれ。」

目の前のデスクの椅子に座った彼が、ため息のように言っていた。

彼は、『EAUの現最高責任者』であるオライデウ・ノーマス主任だ。

リプクマ内に創設されたばかりの『私設特能研究部隊 - EAU』、新進気鋭のその組織のトップである。



・・・まあ、連休後の最初の仕事がこの呼び出しだから、それが今の眠気の原因なのはミリア自身もわかっている。

まあ、朝ご飯をしっかり食べて満腹なのも原因かもしれないけど。

だから、もっと緊張しないといけないから・・・。


そして、また1つのあくびを、・・ミリアは、噛みしめた―――――


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