第72話『晩餐』(2/3)

 その頃ルゥナは、出会った当初を思い起こしていた。

 

「京也……」


 屋根にのぼりぼんやりと、夜空をながめていた。

 ティルクもまた、ルゥナのそばに小さな姿のまま腰を下ろして共に眺める。

 他の仲間たちは、宿の部屋で思い思いに過ごしていた。

 どの者も心ここに在らずといった感じで、何もできない。


 いることが当たり前でむしろ居なくなってから存在の大事さに気がついた者もいて、打ちひしがれた思いが募る。


 共通して言えるのは皆、生きる気力すら失われつつあることだった。

 どれほどルゥナが京也は死に耐久したといっても、女神が連れ去ったことも頭では理解していても、心がわかっていなかった。


 そのときである。


 これほどまでに心が満ち溢れたことはあっただろうか。

 何度も求めたのに、叶えられない思いがついに叶った時の気持ちがあっただろうか。


 ルゥナは宿の屋根の上から跳躍し、地面に降り立つ。

 身体能力は、通常の人よりもはるかに高いことは自負しているし、今は高い身体能力を難なく発揮して向かう。


 向かった先にいたのは、ゆっくりと歩いてくる者のところだ。


 ルゥナは大粒の涙をこぼしながら、その者の胸に飛び込んでいく。

 

「京也!」


 どこか照れ臭そうな笑みを見せる京也は、ルゥナを正面から受け入れた。

 

「ルゥナ」


 京也はしっかりとルゥナを抱きしめ、今まに感じたことのない肉体の感覚を直に感じていた。


 それもそうである。ルゥナが目覚める前に京也は一度死んでしまったから、実際に意識を持ってあうのは今回がはじめてだ。

 ティルクも嬉しそうに、京也とルゥナの周りをぐるぐる飛び回る。


 ルゥナの感情は洪水のように溢れ出し、名前しか言葉にならない。

 

「京也! 京也! 京也!」


 方や京也は気持ちの整理がついていたこともあったからなのか、比較的落ち着いて、ルゥナを受け入れていた。


「待たせたな。すまない」


 京也はしっかりとルゥナを正面から見つめていう。

 するとルゥナは待つこともなく、京也に飛びつくように唇を重ねた。

 さらに舌も這わせるようにしてきて、まるで獣のように何度も求めてしまう。


 違いの口が離れた時はどのぐらいの時間が経っていたのか、落ち着きを取り戻した時には、すでに荒かった息も穏やかになっていた。


 ルゥナは落ち着いたのか、唐突に尋ねる。

 

「ねえ、あのあとどうしていたの?」


 ルゥナが聞きたいことは恐らく、女神に連れられ二人っきりで過ごしていた時間のことだろう。

 

「ああ、あのあと白い空間の中で目が覚めてな。女神がいうには死すら耐久する超耐久に目覚めたんだろうといっていたな」


「それで、何かされなかった?」


 興味というより、探るような感じで聞いてくる気がした。何かよほど心配なことでもあったのだろう。


「何かというより、驚くべき情報を聞いたな。ダンジョンの管理者は実は、女神ではなく、世界が管理していることや世界が俺の耐久に期待をしていることなどかな」


「あの女神はまた、京也に何かさせようとしているの?」


 どこかルゥナは女神にいい感情を持っていなかった。


「いや、女神というより世界の方だな。闇の世界への融合を阻止すべく、ダンジョンでの出土品が変わるようだ。特典箱から闇の世界に関する物が出てきたら、次のダンジョンへ行くタイミングだといっていたな」


「だとすると、結局……。京也の負担になるわけね」


「まあ、それでも俺自身にも恩恵はあるからいいだろう。闇雲にダンジョンに篭っても仕方ないからな。それにやめ時がわかるのも助かる」


「それはそうだけど、世界ですら何の見返りもなしに、京也個人に頼るのは変だと思ったのよ」


「恐らくは頼るというよりは、使える手段はすべて使い、やれることはすべてやるんだろうな。世界が考えることは知る由もないけどな。言えるのは、俺の力を使い再び、門を作りつなげることで融合を避ける狙いがどこか透けて見えるんだよな……」


 正直なところ、門を再び作れば今度こそ、俺自身の制御が効かなくなりそうだ。


「そうね……。たしかに、巨大な門であればあるほど、その設置する数にもよって行き来ができることは大きいわね。融合化に力を使わずとも融合に近い状態が満たせるなら、力の節約にもなるしその方法を闇の世界が選ぶかもね」


「ああ、どこかそこを着地にさせようとしているんじゃないかというのが予測だな」


「女神は、何かいっていた?」


「世界の融合による侵食があっても、世界の一部として耐久できるだろうとね。あとは先代勇者のことだな」


「あの神話時代の?」


「ああそうだ。彼は俺であり、俺は彼でもあるけど別人だ」


「どういうことなの?」


 ティルクも会話に加わってきた。

 

「うむ、やはりそうであったか」


「ティルク、今のでわかったの?」

 

「ルゥナよ、我から語ることはないゆえ、京也殿の説明を聞くとよい」


「説明するとな、以前話しをした平行世界の話だ」


「平行世界?」


 首を傾げて聞くあたり、あのダンジョン最下層の出来事をあまり認識していないのかもしれない。


「ほら、幾つもの場所に繋がった魔法陣があっただろ? 地下最下層にあった魔法陣を覚えているか?」


「あっあれね! あれがどうかしたの?」


「恐らく、神話の時代にいた俺とは異なるもう一人の俺は、自らこの世界を去った。俺をここへ存在させるために、別の平行世界へとな」


「同じ存在が入れないあの話よね?」


「そうだ。同じ存在がいると互いに干渉して、両方とも消滅してしまう圧力だな。恐らくは世界の力では制御しきれない何かだ。闇世界につなげたとき変化がなかったから、闇世界にも俺という存在はどやらいなさそうだ」


「その人が去ったからこそ、京也がこれたわけ?」


「そうなるな。女神はいうには神話の時代にいた俺と同質の存在は、自身の能力だと今後将来起こりうる世界融合に対抗しきれないため、耐久力をもつ俺の存在をなんらかしらの方法で予見した。だから俺のためにいくつか準備したあとに、一人で誰に何も言わず去ったとこのような感じなんだろうな」

 

「そうなのね。なんだなか神話時代の勇者のことは、切ない話ね」


「そうだな。彼のおかげで今の俺がいる……」


「わかったわ。皆にも説明しないといけないわね」


 俺はどこか竜禅が、このことを少しでも聞きかじっていたのではないかと思えてきた。


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