第70話『京也』

 月光の殺戮姫となり、かぐやは空を舞い月の力を使う。無尽蔵だと思われるほどの閃光弾を放ち、闇の軍勢の体を穿つ。

 

 リムルとアリッサは魔法を駆使して、多くを撃破している。

 氷結と火炎の演舞のようでもある。

 レイナは得意の斧で接近戦を挑み、彼女もまた殲滅数はかなり多い。


 彼女達の活躍のおかげで、辛うじて町への侵攻は防げている。

 ただし人である以上、永遠に今の動きは続かない。

 いずれ疲労して、どこかに綻びが生まれてくる。


 対する闇の軍勢は、やられても誰も気に留めず我先にと変わらず攻めてくるのは変わりない。


 すでに闇の軍勢と戦い始めてから数時間は経過をしていた。

 

 ルゥナの残滓と肉体の惹かれ合う力と融合。

 際限ない闇の軍勢の増加に京也の攻撃も追いつかず、かなりの数を町へと向かわせてしまう。


 耐久以前に、攻撃が追いつかない。


 そのため、黒の閃光を間髪入れずに際限なく使い続けると、とうとう2回目の耐久限界を迎えてしまう。

 

 脳裏に閃く新たな技として、ダークヴォルテックスを放ち、世界を削り出す。

 闇の渦により、瞬く間のうち周辺にいた闇の軍勢は吸い寄せられ、敵は誰一人として残らず消えた。

 

 同時に京也はもう終わりが近いことを感じていた。


 肉体は耐久しても今度は、肉体以上に精神を保とうとする意識が限界だった。

 ところが苦戦の続く中、一つだけ嬉しことがある。


 成功したのだ。

 

 視界の隅でティルクが懸命に力を注ぎ、ルゥナを目覚めさせようとしてしばらくたち、ようやく懸命の努力が結実したわけだ。

 

 ティルクはいった、成功したと。

 ただ、目覚めるには少し時間がかかると。


 ほんの少しだけ見えたルゥナは、いつも言葉を交わしていたルゥナと瓜ふたつだった。当たり前のことなのになぜか、心が安堵する。


 ようやくだと、目覚めたときもう一度言葉を交わしたかった。

 なぜだろうか、頭では理解していてもまだ心が追いつかず今思ってしまう。


 すでに死期だと気がつくのは、まったく時間が掛からなかった。

 不思議と体が軽く、吹く風がやけに心地よい暖かさだ。


 何も無い平原のはずなのに、懐かしい桜の花びらが舞い散る。

 目の前には、なぜか仲良く手を繋ぐ俺とルゥナが高校だと思われる制服姿で歩いていた。


 二人とも笑顔で何かを話している。


 もしかすると、平行世界のどこかで平穏で今見せてくれたようなこともあるのかもしれないと、脳裏によぎり自然と声が出た。


「今……まで、あ……りが……とう……。ルゥ……ナ……」


 すると目の前に見えたルゥナは、不意に何かに気がついたのか背後を振り向き、俺と目線を合わせた。


 次の瞬間、思わぬ行動にでていた。

 彼女が微笑んだのだ。


 ルゥナはまるで、そこに俺がいるのを知っているかのように微笑んでくれた。

 ああ、そちらのルゥナに思いが通じたのかと、京也も微笑み返して最後の意思を貫いた。

 

 先の攻撃で消えたにもかかわわらず、俺は視界に捕らえた新たに門から出てきたすべての敵に対して、最初で最後の渾身の力を注ぐ。


 「ダークヴォルテックス・THEエンド」

 

 それは先の物と段違いの闇の光渦だった。

 今度は渦へ飲み込まれずに少しでも触れた者たちは、瞬時にチリとなり虚空へ消えていく。


 あまりにも巨大な力ゆえか、使った瞬間京也は過剰な力の酷使で心臓の鼓動が停止してしまう。それでも闇の力は消えることなく、放出し続ける。


 ティルクは気がつくものの、もうどうにもできなかった……。

 京也が命を賭した時、まぶたの下にある眼球が激しく動きルゥナは目覚める。


「京也……?」


 何かを感じたのか、飛び起きると辺りを見回す。

 ルゥナは気がついてしまった。

 もう京也は、ここにいないと。


 そして聞こえるはずのない京也の声を聞く。


 ルゥナありがとう……と。

 

 目の前にルゥナとティルクを守るように、仁王立ちで立ち尽くしているのは、すでにこときれた京也だった。


 命に変えても守り抜く覚悟は死んでも尚、闇の力を放ち立ち続けることから、かつて闇の世界でいたと言われる鬼神のごとくといえよう。

 

 ティルクもまた、今の状態で近づくのは危険と考え呼び止める。

 

「ルゥナよ……」


 ルゥナはたまらず叫ぶ。


「京也!」


 ルゥナは、理解をしていた。

 闇の門があり、軍勢がいたことの意味を。

 つまり門を召喚して、自分を救い出してくれたこと。

 救い出すために過剰な力を使い、そのため尽きてしまったこと。


 今は止まることのない闇の力と同様に、ルゥナもまた大粒の涙がこぼれ落ち止まることを知らなかった。

 

 ルゥナが悲しみで崩れ落ちそうになる中で、タイミングを図ったかのように近辺の空が割れた。

 

 雲が真っぷたつに分かれて、眩い光が地上にまで差し込み、誰の耳にも聞こえる讃美歌が響く。


 ティルクとルゥナは、新たな者の登場に険しい表情を向けて、危機を感じていた。


 ところが現れたもの達は想像を超えていた。

 やってきたのは、天空から黄金の目を持つ複数の天使たちを従えて女神が降臨したからだ。


 ルゥナは、警戒心が異常に高まった。

 

「まさか女神!」


 ティルクもまた、諭すように声をかける。


「ルゥナよ、手を出すでないぞ。いくら我らといえ、消耗しきっている今は分が悪い」


「わかっているわ。でも、京也が……」


「今は……。待つのだ」


 遠くからも異常を察知したのか、リムルやアリッサとかぐややレイナさらに、ギルマスのベレッタやガルドまでが走ってやってきた。


 リムルは京也の異常な姿を目撃し、悟った。

 

「京也……? いやッー!」


 リムルは、両手で頬を抱えて泣き叫ぶ。

 アリッサも自体が読み込めたのか愕然と膝から崩れ落ちる。


「そんな……。京也……」


 かぐやも同様に崩れ落ち、目を見開いている。


「京也……」


 レイナもまた棒立ちになり固まった。


「京也さん……」


 ベレッタとガルドは上空を見つめ、まさか神が降臨するような事態になるとは思いもよらず、険しい顔をしていた。


「まかさ女神が来るとはな……」


 敬う気持ちとはかけ離れた言葉をベレッタは漏らす。

 過去何が起きたのかベレッタは知っている様子だ。


 ガルドもまた、歯噛みする。


「これはまずい」


 それぞれが思うなか、女神は気にもせず目の前にいる京也へ悲しみの表情を向けていた。


 皆、女神の降臨だけでなく黄金の目を持つ天使たちに畏れおののく。

 空を見上げる中で敵対心を持つのは、ルゥナとティルクだけだった。


 女神の表情がはっきりとわかるほど、近くまで降りてきていた。

 いつまでも闇の力を放ち続ける京也の元へ、天使たちが囲むように舞い降りる。

 

 闇の力でほとんどの天使が消えてしまうとようやく収まり、残りの4体で京也を持ち運び空に舞う。

 空に浮く女神の元まで、仰向けの京也を連れて行くと、女神は京也の頭を優しく撫でているのが見える。


 何をするのか皆が見ている中、腰を曲げて前屈みになると突然口づけをする。


 予想もしない行動に周りの者たちは唖然としていた。

 ルゥナとティルクだけは、歯噛みしながら理由を察していた。


「あれが本物の女神蘇生ね……」


「うむ。あれが起きると京也殿は息を吹き返すであろう。ただどうなるかはわからぬ。京也であって京也でなくなるかも知れぬ……」


 女神直々に手を加える女神蘇生は、あらゆる変化が起きるまさに神の御業だ。


 女神はこの時、予想だにしなかったのか、女神蘇生が効かなかった。

 本来は、光に包まれて生まれ変わるはずだった。


 ところが、死してもなお京也の特殊な能力である耐久が女神の力すら耐久してしまう。

 逆に耐久するなら、死すら耐久している可能性があった。

 女神が恐れていた事態の内のひとつでもあった。


 神の力に耐久し、死すらも耐久する超耐久に目覚めてしまうと、世界が疲弊してしまう。

 

 理外の人として名前だけでなく、完全な目覚めが近いかも知れないと女神は悟。


 このままにしておいてはまずいと考えたのか、女神は天使たちに京也を運ばせて天空に帰ってしまう。


 リムルは叫ぶ。


「京也! 女神様! 京也を連れて行かないで!」


 アリッサも空に向けて訴えていた。


「女神よ! 京也を返してくれ! 頼む!」


 かぐやはもう名前しか呼べないほど衰弱した様子を見せていた。

 普段から京也へのアプローチは積極的にしていたのは、見せかけでなく本物の気持ちだ。


 ゆえに今はすべてが失われた気持ちだった。


「京也を返して……」


 レイナにとって京也は、尊敬する恩人であったので非常に悔しい気持ちが強かった。


「京也さん……」


 天空には光と共に消え去り、辺りには何も残っていなかった。


 ルゥナは、皆の元へ進んだ。


「皆、京也はまだ生きている」


 すぐにリムルは反応をしていた。


「ルゥナ? あれ? え? 」


 肉体を持つルゥナの突然の登場と京也のことと、混乱しそうになっていた。

 ルゥナは自身の推察を皆に伝えた。

 

「京也は、女神蘇生を耐久したわ。あれは紛れもない生きている証。おそらく一時的に仮死だったのが、何かのきっかけで死ですら耐久した可能性が高いわ」


 アリッサは、完全に混乱しているリムルの代わりに聞く。

 

「どういうことなんだ? 蘇生を耐久とは」


「うん、それはね。本来女神蘇生は光に包まれて生まれ変わるの。例外はないわ」


「聞いたことがあるな……」


「そう。女神蘇生で、光に包まれないのは、できなかった証よ。生きている人間には効かないから」


「そうか! まだ京也は無事なんだな」


「あたしはそう信じている。反対に女神蘇生されなくてよかったと思っているわ」


 そこでルゥナの話を聞いて希望が少しだけもてたのか、多少は復帰してきたかぐやが訪ねる。

 

「……どうして……ですの?」


 そこでティルクが説明を代わる。

 肉体に戻ったとはいえ、ルゥナはまだ病み上がりみたいな物だ。

 喋り続けられるほど、体力があるわけでもない。

 

「うむ、我が説明しよう。女神蘇生が行われると京也であって京也でなくなるのだ。つまり別の者に生まれ変わってしまうのだ」

 

「なんですって?」


 そこでルゥナは、あらためていう。


「だから、失敗してよかったといったのよ。今までの京也のままだからね」


 狐に包まれたかのように、半信半疑なかぐやが消え入りそうな声で答えた。

 

「そうなのね……」

 

「あたしにもよくわからないのが、なんで京也を神界まで連れ去ったのかなのよね。もし仮死の状態から戻るなら連れる必要もないわけだし……」


「うむ。何か重大なことを直接伝えて、その選択次第で本人に何かをするのかもしれんな」


「ティルク、そのするって何を?」


「恐らくは、どちら側につくか明確に求める気であろう……」


「もしかして、異界融合のこと?」


「うむ。もし魔法界側なら何も問題はなし。闇側なら、慈悲と加護もない。どちらにもつかない選択をした時が一番厄介なのであろう」


「そうかしら?」


「違うというのか? ルゥナよ」


「ええそうよ。悔しいけどあのキスはどう見ても感情が入っていたわ。女の感よ」


「うむ……。どういうことなのだ」


「ティルクも大概だけど京也もそうなのよね。はぁ……。多分女神は純粋に京也が欲しいのね」


 そこにいつの間にか、かぐやが混ざってきた。

 

「あら、ルゥナがいうとすごくHに聞こえますことよ?」


「そういう意味では……。あるかもしれないわね。ただティルクのいうことも十分可能性はあるわ」


「となると、やはり待つしかないのでしょうね……」


「かぐや殿のいう通り、待つ以外になかろう」

 

 ルゥナたちは、空を見上げていた。

 

 すると京也から完全に闇の力が途絶えてしまい、門がチリのように消えてしまった。


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