第68話『闇の門』


 京也の体に強烈な違和感が全身を覆う。

 

 ほんの少し前、ティルクに導かれるまま闇の力を強引に引き上げた状態で闇の門をなんとか召喚まではできた。


 デタラメと一言でいえるほど、圧倒的な力の本流に戸惑うどころか自ら押しつぶされてしまいそうになる。

 

 見かけ上はたしかに門だ。しかも町の城門の2倍は軽く超える背丈だ。

 門を支える両端の支柱も同様に、城門の支柱2倍以上は軽く超えた太さに見える。


 扉は硬い革のようでいて、表面は腕ほどの太さの血管がいく本も浮き上がる。全体的に艶消しで真っ黒な様相は、以前見た小さい方の門と同様だ。


 今はティルクにより目の前の扉は開かれた。

 ティルクは、門の先に広がる広大な廃墟たる遺跡へ視線を向けていう。

 

「京也殿、やはり近いぞ」


 今は、ティルクの手元にある黒石の表面が艶やかに光る。

 ティルクの話によれば、内包されている残留思念が肉体のありかを指し示すとのことだ。


 京也は額から汗が滴り落ちてくるのを感じていた。

 今までとはまるで異なる体の内側の感覚と、見えない何かから全身を包み込むように押さえつけられている。


 正直戦闘どころじゃないぞと、内心わけのわからない力の奔流に戸惑いを感じていた。


 それでも今は、強引に引き上げた闇の力を駆使するしか方法がないなら耐えて見せると、意気込む。

 今から、ルゥナの肉体のありかへ向かおうとするティルクに最終確認だ。

 

「俺は、このまま門を維持していればいいんだな?」


 ティルクはわざわざ首を180°も回転させて後ろにいる京也の顔を見る。


「うむ。肉体自体はすぐにでも見つかるだろう。問題は、持ち帰った後だな」


 京也はティルクの深刻そうな表情が気がかりだった。


「時間がかかるのか? それともルゥナに不都合でもあるのか?」


 ティルクは神妙そうな顔つきでいう。


「肉体と魂が融合し安定するまで門の解放は維持必須だ。その間解放を維持しつつ、攻めてくる奴らを引きつけながら防がねばならぬことが難儀であるな……。すまぬ京也殿」


 ティルクはかなりの難題を押し付けていることに、心底心苦しそうにしていた。

 どう考えても体のいい的にしかならない。ゆえにかなり大変なことは自明の理だ。

 とはいえ、わかりきったことで慄く京也ではなかった。ルゥナのためだ、なんとしてもで防ぐことが重要だ。


「何、問題ないさ。ルゥナのことの方が大事だ」

 

「かたじけない」


 ふと京也は、門を維持できなくなったら終わりだという認識は、敵にはあるのか気になった。

 まさかそこまでバカではないだろうと……。

 

「俺が門を維持していることぐらいは、出てくる闇の連中はわかるのか?」


「わからない者も中にはおるだろう。そうした者はちょっかいを出してくるだろうな」


 やはりいたようだ。

 どこの世界にもわからないやつはいる。

 

「ならば尋常ではないほどの相手ではないか……」


「うむ。大方は京也殿のいう通りといえよう。ただ、おかしな奴もたまにはおるから、油断は大敵であるぞ」


「わかった。あとは何かあるか?」

 

「我が同志のために感謝する」


「水くさいことをいうなよティルク。俺たちは一蓮托生だし、仲間だろ?」


「うむ。大事なことであるな。今回は京也殿のおかげで想定より巨大だ。ゆえに我でも入れるようだ」


「小さい体のまま入ったら、門の向こうで大きさは変えられないのか?」


「ああそうだ。今の大きさの門なら、通常の大きさで入れるぞ。しかも十分に力が通っているゆえ、一方通行ではない。――少し予定を変更としよう、直接入って探してくる」


 京也は矛盾した内容に気がつき質問を投げる。

 

「入れないから、腕を使うんじゃないのか?」


「京也殿、我がすることを見るのだ」


 ティルクは足元にあった小石を拾い上げて、投げ入れる。

 すると何事もなかったかのように普通に入り、地面に小石は転がる。


「あれ? 入れるのか?」


「うむ。想定より大幅に闇の力を投入したおかげで、通れるまでに至ったようだ。京也殿が力を振り絞ったおかげとしか言いようがない」


「それなら、探索が容易になりそうだな」


「うむ。助かったぞ京也殿。時間も惜しいしそろそろ向かおう」


「ああ。頼んだ」


「うむ」


 ティルクは背に生えた皮張りの大きな羽を使い羽ばたくと、一気に加速するかのように飛び立った。


 さて、俺はどうするかな……。

 

 ああはいったものの、実はもう限界だったりする。

 今とっているバランスが異常な感じで頭がおかしくなりそうだった。

 後頭部の神経を逆撫でされているようで、嫌悪感が半端ない。


 唯一の救いは、仲間が誰もきていないことだ。非常に危険な場所へ、リムルもアリッサもかぐやもさらにレイナもきていない。


 ギルドのベレッタと共に町の防衛線を皆で守っている。

 俺はできるだけ、出現予定とした場所で食い止めつつ、先へ通さないことだ。

 まさに背水の陣。


 ただし、ティルクと俺以外には本当のことは知らない。

 ルゥナのためにある意味世界を犠牲にしているような物だ。

 

 誰も快く引き受けるどころか、敵対者が増える行為にしかならない。

 それに、討伐対象人物として懸賞金すらかけられてもおかしくない行為をしている。


 なので自然発生的に現れることにしておき、万が一打ち漏れでもしたらその時は、町の者たちが自らを守るようにとティルクがいってくれた。


 フルサイズの闇の竜が人の言葉を発していうと、ギルドマスターのベレッタもさすがに疑いようがない。

 

 ティルクの発言がきっかけで今町は非常事態となって、皆が城門付近に集結し守りを固める。

 

 京也は利用できる武装の内のひとつで毒蛇を使うと、門の近くのせいなのか毒蛇はいつもより鮮明な姿と立体感がある。

 たしか本体は闇の世界にあるとルゥナがいっていたのを思い出した。



 ――あれから1時間。

 

 まだ、何も門から出てこない。

 まったくもって門から先に見える景色は、平穏な荒野だ。


 すぐに見つかったのか、半透明な腕を使って棺を掴み、魔法界側に持ち運んできた。


「京也殿、待たせた。無事見つけたぞ」


「ひとまずは安心と思っていいのか?」


「うむ。これからがまた大変ではあるな」


 門のすぐ脇で作業をするためか、ちょうど柱の真横に棺が置かれた状態だ。柱自体が大きすぎるので気にもならないぐらいだ。


 棺が運び込まれた瞬間、視界が急に切り替わる風景は、飛び出る絵本のページをめくったかのように景色が入れ替わってしまう。


 京也は、目の前の光景があまりの変遷で思わず口から漏れる。


「景色が変わった?」


 ティルクは落ち着いた様子で答える。


「うむ。定期的に起きる現象だ。門が世界をつなげているゆえ、一定間隔で切り替わると聞いておる」


「なら、切り替わる前に戻れたティルクは、素晴らしく運がいいな」


「うむ。変われば、門を探すのは相当手間取るであろうな」


 今度は、何かがいる荒野に切り替わった。


 空気が震撼して、頭上のはるか上の空間から透明な何かがあり、魔法界側に向けて押し出そうとしている。

 門の向こう側に広がって見える薄紫色の空は、夕方なのか昼間なのかそれとも夜なのかわからない。


 遠く目視で確認できるギリギリのところで、何かがこちらに向かいながらより集まる集団が迫る。


 雪だるま式に増えていく有様は、入ってきた後の壮絶さを物語るようにも思えてきた。

 

 目の前の集団でやってくる者達が先にティルクがいっていた奴らだろう。

 大小さまざまな大きさで基本的に人形をしており、我先にと進んでくる有様は、飢えた獣その物だ。


 ただどうしたのか、今になって再び意識が飛びそうになる。

 恐らく意識が飛んだ時は最後で、そこに死が待っているような、そんな得体の知れない予感が俺の脳裏を支配する。


 今はまだだ。


 ルゥナが目覚めるまで防がなくては……。

 俺の気持ちはもう使命感に近い。

 

 

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