再びの接触

「お前さ。馬鹿なの?」


 そう言われながら私は今の状況を整理した。

 いわゆる壁ドンをされている。相手は例の子猫の不良男子だった。


 なんでこんなことになったかというと、彼が掃除当番をサボってどこかへ行こうとしていたのを追いかけたからだ。


 新学期を迎え、例の不良と私は同じクラスになっていた。


 前年から彼は触れてはいけない存在として扱われていたみたいで、すべての当番、行事へ参加しなくていいことになっていた。


 そこに異を唱えた。唱えてしまったのが私だ。だって掃除当番が一人減ったらなかなか大変なことになる。だから追いかけた。


 私も掃除当番をサボることになるが、彼の更生の為だ。代わってもらった。


 やっぱり彼は悪い人だ。逃げないで自分から参加すればいいのにと思う。


 彼がようやく腰を落ち着けたのは体育館と校舎の間、渡り廊下の外、ちょうど凹の字のようになっている場所だった。


「こら、サボるな!」


 私はそれだけを言うと、瞬時に腕をつかまれて壁に押し付けられた。


 私は短い悲鳴を上げた。



 「聞いてんのか?」


 俺は再度声を掛けた。


 今は女子を校舎の外壁に押し付けている。


 当然顔が近い。春休みの最中、彼女のことを考えない日はなかった。

 どうしてもその可愛らしい顔がちらついた。


 それが今眼前にある。その状況に持っていったのは自分だが、おそらく今までにないくらいどうしていいかわからなくなっていた。


 やはり彼女は俺が怖いのだろう。目には涙が少し、浮かび始めている。


 当然だ壁に押し付けて半ば自由を奪っているのが、有名な不良だ。そりゃ怖い。俺でも怖い。


 いつもいつも、絡まれるたびに即応戦して、撃退しているのだが、今回は女であることに途中で気が付き、腕を掴んで壁に押し付けるだけで済んでいた。


 俺を睨みつける。その顔は全く怖くない。


 俺は俺できっと怖い顔をしているに違いない。顔に力を入れておかねばどんな表情になるかわからない。


 顔が赤くなっていないことを願うばかりだ。


 彼女の睨みつけてくる目をじっと見つめる。

 それでも彼女は逸らさなかった。きっと自分なりに許せること、許せないことの信念がある子なんだろう。


 その目に吸い込まれそうな錯覚。

 彼女の眼が見開かれた。


「こ、の、へん、たい!」


 突如聞こえた怒りを込めた声。


 それが聞こえると同時に鋭い痛み。一瞬何があったかを把握できずに俺はその場に崩れ落ちる。

 俺は股間を蹴られていた。


 喧嘩ではここを狙わないという不文律がこの女にはなかった。


 責めることはできない。ただの防衛行動だ。今回は、俺が悪い。


 声は上げない。無言で痛みが引くのを待つ。


「最低、最低! このばか!」


 そんな可愛いらしい罵倒を残して彼女は去っていった。



 信じられない信じられない信じられない!


 何度重ねてもその思いは消えなかった。


 不良どころかあんなケダモノだとは思いもしていなかった。


 いや、いきなり大声で詰め寄った私も悪いけど。


 一年ちょっと前までランドセル背負せおってた純情乙女だよ?


 それがあんな目に合わされたら、こ、股間くらい蹴ったって文句言われる筋合いないよね?


 それにしても痛そうだったなぁ。謝った方がいいかな。いつの間にかそんなことを考える私がいた。


 あの捨てられていた子猫の一件が尾を引いているのだろう。


 おそらく彼は雨の日の前日。猫が雨に濡れないようにしようとしていたことは、想像できた。

 雨の日はもう濡れちゃってたから病気にさせないように保護したってとこかな。


 あの子猫はどうなったのだろう。そう考えると同時に子猫を拭いてあげてた時の彼の優しげな表情を思い出してしまった。


 動物好きに悪い人はいない。この持論は間違っていないはずだ。


 だから彼がクラスに馴染なじんでほしかった。


 冷静になった今だからわかる。私と目が合っていた時、微かに怯えているような陰りが見えた。

 何に怯えているのかはわからない。でも彼は私を襲うつもりはなかったのだろう。


 やはり私が追い詰めてしまったのが原因かもしれない。

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