第100話 倫理観残ってるんだわ

「うちの奴隷がご迷惑をおかけしました」


 馬車から出てきたのは、40歳くらいの太った男だ。


 馬車と同じで、体中に装飾だらけだ。


 指には、これみよがしに様々な宝石の指輪が付けられている。


 男の後ろには、眼光の鋭い狼男がいる。


 亜人だ。


 いや、ここどうなってんの?


 やっぱり国が違うよね?


 幸い、言葉は通じるようだけど。


「奴隷ってのは、この子のことですか?」


 俺は少女をみながら尋ねる。


 少女の耳がピクッと揺れる。


「ええ。オークに追いかけられているところ、パニックを起こして一人逃げてしまったもので」


 太った男が、脂ぎった顔を金箔突きのハンカチで拭き拭きする。


 いや、そのハンカチ使いにくくない?


 ハンカチに金箔とか、実用性皆無でしょ。


「そうなんですか……」


 奴隷制度について、俺がどうこう言うつもりない。


 平和な日本を知ってる俺からすれば、奴隷と聞くだけで眉をひそめたくなる。


 でも、ここは現代日本じゃないし、下手に日本の倫理観をかざすつもりはない。


 てか、そんなやついたら、マジで迷惑だと思う。


 郷に入れば郷に従え、だ。


 それに奴隷と言っても、まともな扱いを受けている奴隷もたくさんいる。


 この少女がまともな扱いを受けているかはわからんが……。


 ただ、むしゃくしゃする。


 ミーアやテトラ、シャーロットも少し思うところがあるような顔をしているが、特に奴隷について言及することはなかった。


 男はシャーロット、テトラ、ミーアと順に視線を動かす。


 とくにミーアのところで、視線が止まり、嫌な笑みを浮かべたのが気になった。


「それで、あなたがたは?」


 男が質問してきた。


 シャーロットが答える。


「通りすがりの旅人です」


「ほお。旅にしては随分と身軽な格好ですな?」


「それはご心配なく」


「ふむ。ところで、今日泊まる宿はございます?」


 シャーロットが迷った素振りを見せる。


 代わりに俺が答えた。


「……いえ、ありません」


 こんな時間に、こんなところにいるだけで、泊まる宿がないのは明らかだ。


「そうですか。先程の件もありますので、お礼という形でうちに泊まりませんか? ほら、うちの屋敷もここから歩いていけるところにありますので」


 男がそういって、狼男に目配せをした。


 狼男が小さく頷くのが目に入る。


「お話はありがたいんですが……」


 胡散臭いんだよな……。


「遠慮しなくて結構ですよ? 今日は人が少なく、部屋にも余裕があります」


 いや、遠慮はしてないから。


 警戒してるだけだから。


 俺はちらっと猫耳少女を見る。


 体を小刻みに震わせ、何かを訴えているようだ。


 俺はシャーロットと目配せをする。


 シャーロットが「仕方ないわね」というような、半分呆れたような視線を向けてきた。


「本当に良いんですか?」


「ええ、もちろん」


 男がニッコリと笑みを浮かべた。


 豚が笑っているようにしか見えない。


 さっきのオークよりもよっぽど豚だ。


「それでは、よろしくお願いします」


 ミーアは怪訝な顔をしており、テトラはいつもどおり無表情だ。


 みんな、なんか巻き込んでごめん。


 やっぱり日本の倫理観残ってるんだわ、俺。

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