第84話 バーベキュー

 日が暮れた。


「それでは、そろそろ夜ご飯にしましょう」


 シャーロットの提案に、俺たちは頷いた。


「夜ご飯はなんですか?」


「なんと今日はバーベキューよ!」


「おっ、いいですね!」


 海と言ったらやっぱりBBQだよなぁ。


 シャーロットもわかってるねー。


 でも、貴族がバーベキューって意外だな。


 ここゲームの世界だし、貴族でも普通にバーベキューしてるのか?


 と思ったら、イアンが困惑している。


「まさかとは思いますけど、シャーロット様自ら焼くわけではありませんよね?」


「そのまさかよ」


 シャーロットがドンッと胸を張った。


 別荘にいる使用人には任せないらしい。


「自分で焼かなきゃ美味しくないでしょ?」


「……そういうものでしょうか?」


 イアンがどこか納得のいかない顔をしている。


「ええ。バーベキューの醍醐味だわ」


 シャーロットが断言する。


 まあわからんでもない。


 自分で焼いた肉は、多少雑でも美味しく感じる。


「さあ、バーベキューしましょう!」


 こうして砂浜でのバーベキューが始まった。


◇ ◇ ◇


 シャーロットと俺が焼く係となった。


 というのも、他のメンバーはこういう経験がないらしく、必然的にこうなった。


 まあ普通はないよな。


 貴族が肉を焼くなんて、普通はありえないことだし。


 シャーロットが特殊なだけだ。


 バーベキューコンロは魔法道具マジック・アイテムだ。


 魔石を使って、火を付ける。


 火力の調整もできるらしい。


「意外です。シャーロット様もバーベキューやられるんですね」


「昔はやらなかったわ。けれど、ある人に教えてもらったの」


「ある人?」


「嫌だっていう私に無理やり食べさせてくる人よ。それも魔物をよ!」


「それどんな状況!?」


「ふふ」


 シャーロットは懐かしそうに目を細める。


「魔物の肉って美味しいんですか?」


「ゴブリンの肉はまずかったわね。ゴミのような味がしたわ。思わず吐いてしまったもの」


 よし。


 今度、ジャンにゴブリンの肉を食べさせよう。


 あいつなら良い反応してくれそうだ。


「でも、美味しい魔物もいたのよ。特にオークが美味しかったわ」


「え、オーク? あんな硬い肉食べられるんですか?」


 魔法生物学では、オークの肉体はかなり頑丈であると習った。


「実はオークって、生きているときは魔法で体を硬めているの。でも死ぬと同時に、魔法が解けて体が柔らかくなるわ」


「へー、そうなんですね」


「それにね。魔法のおかげで、旨味がぎゅっと濃縮されるらしいわ。オークの肉、本当に美味しかった。また食べたいわね」


「へ、へえ……」


 シャーロットって公爵令嬢だよな?


 どこかの冒険者とかじゃないんだよな?


「詳しいんですね。それも、ある人のおかげなんですか?」


「そうね。彼にはたくさん教えてもらったわ」


 シャーロットが俺を見た。


「だから彼だけは守ろうと決めたの」


 ドキッとする。


 その”彼”が俺のことではないとわかっている。


 だが、シャーロットに見つめられ、自分が想われてると錯覚しそうになった。


 と、そのときだ。


「会長。私が火の番をしますので、会長はゆっくり休んでください」


 イアンがやってきた。


 シャーロットの視線が俺から外れる。


 俺は少しだけ安堵した。


「大丈夫よ。このくらい慣れているわ」


「会長が何でもできるのは知っていますが、そういうのは下の者にやらせてください。ここにアランもいますし」


 おい。


 勝手に俺を下の者扱いするな。


 天は人の上に人を造らず、って言うんだぜ?


「というか、アラン。お前も見てないで手伝え。会長一人にやらせるな」


「いいのよ。私がやりたいって言ったの。それともイアン様は私の趣味まで邪魔する気かしら?」


「そ、そういうわけではありませんが……」


 イアンが言葉をつまらせる。


 この人、シャーロットにはとことん弱いんだな。


 まあ副会長じゃあ会長には逆らえんよな。


「だったら、私のしたいようにさせて頂戴」


「……わかりました。それなら私も一緒に焼きます」


「え……? ゆっくりしていていいのよ?」


 シャーロットが眉をひそめた。


 あ……この反応、イアンのこと面倒だと思ってそう。


「いえ。会長だけに辛い思いをさせるわけにはいかないので」


「辛くはないけれど…むしろ楽しんでいるわ」


「この肉を焼けば良いのですよね?」


 イアンがシャーロットの言葉を無視して、テーブルの上に置かれた高級肉を持った。


「そ、そうね。でも本当に大丈夫よ?」


「任せてください。私が華麗に焼いてみせましょう」


 いや、なんか不安しかないんだけど!


 イアンが突如、詠唱を唱えた。


火炎ファイア


 肉が火に包まれる。


「ちょっと火力強すぎません? 肉焼くなら、コンロで十分じゃ……」


「無知な貴様に教えてやろう」


 この喋り方、鼻につくなぁ。


「肉というのは、魔法で焼くのが一番上手いんだ」


「それどこの情報ですか?」


 そんな話聞いたことないんだけど。


 てか、コンロも魔石を使ってから魔法の一種だ。


「勇者の冒険譚だ」


「いや冒険譚かよ。……って、肉焦げていますよ! 兄上!」


「……本当だな」


 イアンが魔法を止めた頃には、すでに肉が真っ黒になっていた。


 ああ、高級肉がぁ……。


「冒険譚に書いてあったのは嘘だったのか?」


 責任転嫁すんなよ。


「いや兄上の焼き方が問題なだけです」


「そんなはずはない。私の魔法は完璧だ」


「魔法が完璧でも肉が完璧に焼けるわけではありませんよ?」


「ちょっと二人とも。食べ物を粗末にしないで頂戴」


 シャーロットが静かに怒っていた。


 え、なんで俺も怒られるの?


 むしろ俺、イアンを止めてたよね?


「焼くのは私に任せて、二人はゆっくりしてて」


「……わかりました」


 俺は素直に頷く。


 まあシャーロットに任せるのが一番良いだろう。


 その代わり、片付けはちゃんと手伝おう。


 使用人がやるかもしれないけど。


「……私はもう少しここに残ります」


「わかったわ」


 イアンはシャーロットのことが好きなのか?


 ……いや、そういう感じには見えないな。


 どっちかっていうと、尊敬に近いのかもしれない。


 そもそもシャーロットを尊敬しない生徒なんてほとんどいないんだけどね。


 もちろん俺も尊敬している。


「じゃあ、僕はあっちのほうでゆっくりしてきます」


「ええ」


 と、そのときだ。


「きゃあああああああ!」


 クラリスの叫び声が聞こえてきた。


 声のしたほうを向く。


 そこには巨大なカニのような魔物いた。

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