第2話 カオルの同居人

 東京で打合せを済ませた日の晩。

 神卸市の自宅に帰宅したカオルは21時にセットしているスマートフォンのアラームが鳴ったので食器を手早く洗いアラームを止めた。


 帰宅して10分、パンツスーツからジャケットのみ脱いでまだ部屋着に着替えていない。

 神卸市では一般的な3LDK。カオルは元々物欲が無いので完全に持て余すのだが就寝中のプレートの掛かった部屋をノックする。


「起きた?」


 返答は無い。

 仕方なく再度ノックしても無反応な事を確認してドアノブを捻り入室する。

 座椅子にクッション、セミダブルのベッドが置かれ妙にPC機材が充実した8畳間だ。箪笥は無いが壁に収納扉が設置されておりベッドの下にも収納BOXが収まっているので衣類はそこに収納されているのだろう。

 ベッドの上、誰かが寝ているように布団が人型に膨らんでおり部屋の主が起きていない事が分かる。


「おい、起きて。時間だよ」


 ベッドの住民の肩を揺すって声を掛けるが寝苦しそうな声を出すだけで起きる様子は無い。

 横向きでカオルに背を向けているので引っ張って仰向けにし両頬を緩く抓む。そのまま上下に揺らしてみる。


「ほら、時間だよ。配信するんでしょ」

「う、わぁ~」


 やっと薄く目を開きカオルを認識した同居人、明らかに10代中盤の色黒な肌の猫耳少女だ。20代半ばのカオルとは親子というには離れ過ぎず、姉妹というには多少離れている。

 

 そんな少女は自分の顔を抓んで遊ぶカオルに寝惚けたまま手を伸ばす。

 カオルの両頬を軽くペチペチと叩きなが緩んだ笑顔を浮かべ、覚醒した瞬間に眉を吊り上げた。


「な、何で、部屋に!」

「いや、起きなかったら部屋に入って良いって言ってたでしょ」

「う」

「ほら、9時だよ。今日も放送するんでしょ?」

「う~」


 少女から離れたカオルは何も意識した様子は無く部屋を出ていく。いつもの通りならリビングで軽食を用意するのだろう。

 寝起きの頭でそう考えて少女は名残惜しそうにカオルに伸ばした手を自覚して引っ込めた。


「くそう」


 カオルの同居人、少年院上がりの少女ヤ・シェーネは寝癖の付いた茶髪をゴシゴシと手櫛で直しながらベッドから出た。

 大き目のTシャツにショートパンツのラフな格好のまま部屋からリビングに移動すればYシャツ姿のカオルが予想通りカウンターキッチンでサンドウィッチとコーヒーを用意している最中だ。


「……おはよ」

「おはよう。まあ食べて風呂入ったら寝ちゃうからね」

「ん~」


 軽食の用意が終わったカオルがキッチンからカウンターに2食置きヤ・シェーネが机に並べた。

 手を洗ったカオルが戻ってくると2人で手を合わせて食べ始める。


「そういえば、カオルさんさ」

「ん?」

「今度さ、機材の買い出しに付き合ってよ」

「荷物持ちで良ければね。あ、ちょっと仕事の日程が分からないから予定決めるの明日で良い?」

「分からない? 珍しいね」

「何か、東京での仕事が入りそう」

「東京!?」

「あ、うん」

「連れてって!」

「無理無理。仕事だし」

「なんで~よ~」

「ヤ・シェーネが完全に人間の見た目なら相談もできたんだけどね」

「う。パーカーとか、帽子とか」

「バレたリスクが高すぎて無理。庇いきれない」

「むぅ」


 唸るヤ・シェーネを放ってカオルは食事を終え、恨めしそうな視線を無視して皿を洗い適当に手を振りながら風呂に向かう。

 最後まで完全に無視されたヤ・シェーネは不満な顔を崩さなかった。

 食事を終えて皿を洗い、スマートフォンを取り出す。


 彼女は普段バーチャルアバターの外観を使用して動画投稿サイトで生放送をしている。

 放送の簡単なアウトラインを見直してカオルが風呂から出てくるのを待つ。


 今日は数日前の配信で始めたRPG実況プレイの続きだ。攻略サイトやレビューは見ないでプレイするのでアウトラインは放送の最初と最後の挨拶について書いてある。


 いつもと違うのはゲーム終了後のグッズ販売の宣伝だ。

 口の中だけで数回練習しているとヤ・シェーネと同様にTシャツとショートパンツのカオルがタオルで髪を拭きながらリビングに入ってきた。

 テレビを付けてニュースを放映しているチャンネルに合わせ髪を乾かしながら特に興味も無さそうに見ている。


「ねえ」

「ん?」

「ニュースって面白いの?」

「いいや」

「じゃあ何で見るの?」

「適度に情報が入ってくるのが好きなんだ。単純に仕事仲間との話題作りもあるし」


 全然分からない様子のヤ・シェーネを見て小さく微笑んだカオルは断りを入れてテレビを消す。ニュースを見ていたのは精々10分程度、手櫛で髪が乾いたのを確認して直ぐだ。


「じゃ、もう寝るよ」

「うん。お休み」

「ああ。配信、頑張って」

「ん。ありがと」


 自分の寝室へ向かっていくカオルを見送ってヤ・シェーネもキッチンから配信用にミネラルウォーターの500mlペットボトルを取り出し自室に戻る。

 今日はRPGの本編シナリオを一気に進める予定だ。彼女の本番はこれからと言って良い。


……続き、早く見よ。


 前回の終わりから一気にシナリオが動きそうだった。

 今日の配信でどんなストーリーが展開されるのか楽しみにしてヤ・シェーネは配信準備を始めた。

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