The Real Game ～ゲームが現実化したせいで世界が様変わりしました～

プロローグ

　羽田空港付近の工業地帯で大音量の警報が鳴り響いた。

　行政職員らしき女の焦った声が複数設置された拡声器から発せられる。

『緊急警報、緊急警報！　海上付近にてモンスターが確認されました！　近隣住民の皆さんは至急、安全な場所に逃げて下さい！　繰り返します！　緊急警報、緊急警報！』

　その警報は数回に渡って繰り返されたが、やがて女の悲鳴と共に警報が唐突に切断された。

　警報に驚いて工業地帯の人間たちが海の方角を見れば、工業地帯に向けて一般的な生物ではない化物が10匹以上進行している。

　豹の様な細身な猫科だが、尻尾が2つに分かれ先端に爪が生えている。体長4メートルは有り一般的な豹でも人間には脅威だが、より確実に人間にとって脅威だろう。

　全高6メートル、幅2メートルは有る蔦の集合体が蠢いていた。全身に人間の口の様な捕食器官を持ち目も無いのに逃げ惑う住民たちを的確に追い掛け、追い付いた人間に蔦を伸ばして捕獲する。

　破れたフードを被った妙に前屈みの魚人が三又槍を持って徘徊している。肌は魚鱗に覆われ手足の指の隙間には水掻きが有り、肘や背骨からは骨の様な硬質な棘が生えている。

　そんなゲームの中でしか見ない化物達が工業地帯を歩き回りながら手近な人間に噛み付き、槍を突き刺し惨状を作り上げていく。

　化物達は統制が取れている訳では無く塀や建物を破壊しながらバラバラに徘徊する。

　そんな化物から逃げ惑う人々だがここは工業地帯だ。

　人々は津波や地震の様な自然災害を想定した避難場所に逃げる。

　総合病院の様な頑丈で背の高い建物や少し長い階段の上に有る寺院は有る。

　だがモンスターから逃れられるシェルターの様な逃場は無い。

　逃場として人々に用意されているのはそういった場所だけなのだ。

　そんな場所に逃げ込む人々の波を掻き分け、工業地帯に不釣り合いな風貌の女が視界の隅に入った魚人に向けて一直線に駆ける。

　背中のホルスターにマウントされた銃と剣を組み合わせた奇妙な剣を抜刀し、間合いやかけ引きを考える事も無い力任せの斬撃を放つ。

　魚人も女の突撃には気付いており斬撃を防ぐ為に三又槍を横に持って待ち構える。

「舐めるな雑魚が！」

　女らしさとは無縁の乱暴で敵意に満ちた声と共に剣は槍を何の苦労も無く折り、そのまま魚人を両断した。

　存在しない血を払う様に剣を右に振り切った女に気付いた複数の人が走りながら首だけで振り返った。

　その背中は夏も間近な時期にも関わらず厚いロングコートを羽織っており、髪は白髪に桜色のメッシュが幾本にも入っている。

　まるでゲームの登場人物の様なその非現実的な姿に思わず数人が呟いた。

「未帰還者だ」

「アイツらと同じ、化物が」

　喧騒に掻き消されてその声は女には届かなかった。

　例え聞こえていたとしても、女は声を無視していただろう。

　逃げ惑う人々を掻き分けて女は手近なモンスターに向けて走り出した。