後を濁さず飛び立ちたい

 今日は狭山さんとおっくんと一緒に打ち合わせだ。二人の言動から俺に起きていることを千歳に気取られたらまずいので、狭山さんちの近くの喫茶店での打ち合わせになった。

 狭山さんもおっくんも沈痛な顔をしていて、俺は悪いことしたなあと思った。

 狭山さんが気遣わしげに俺に聞いた。


「その、調子はどうですか?」

「全然問題ないですが、千歳にバレないようにって頑張ってると、ちょっと胃が痛いですね」


 俺は、できるだけなんでもないような口調で話した。今日喫茶店に来る前に、胃薬買って飲んできたから、今はなんともないし。

 おっくんが言った。


「その……多田先生とは連絡取りまして、漢方監修なら引き受けてくれるそうです。ただ、解説コラムは難しいと」


 ああ、あの人漢方の腕は確かだけど文章下手だもんな……。まあ、でも、相談すれば書く内容は提供してくれる人だからな。


「多田先生は文章は不得手ですが、コラムに書く材料なら確かなものを提供してくれると思うので。後は、文章書き慣れてる人に頼むといいと思います」


 そう答えると、おっくんの顔が歪んだ。


「……なんでそんな、ずっと平気な顔してるんだよ! やだよ、俺せっかくゆっちゃんと仲直りできたのに!!」

「仕事の時は敬語で話そうって言っただろ」

「またそういうこと言う!!」


 おっくんの変貌を見て狭山さんがオロオロしだしたので、俺はなんとかおっくんをなだめようとした。


「……平気では、あんまりないんだよ。平気なふりしてるだけ。でも、あとちょっとしかないなら、穏やかに過ごしたいしさ。それに、俺に関わりのある人に迷惑かけたくないから、できる限りの引き継ぎはしときたいし」

「…………」


 おっくんは黙ったが、やりきれない顔だった。狭山さんが俺を慰めるように言った。


「ええと、関西勢にも声かけて、霊力は集めてます。千歳さんを騙す形になりましたが、そちらからも霊力もらってますし、神仏にも引き続きお願いを続けてますので……」

「ありがとうございます。でも、足りるかわからないし、足りても心停止は免れないし、そこから蘇生する保証もないので」

「…………」


 狭山さんもやりきれない顔で黙ってしまった。しくじったな……。

 俺は話を元に戻そうとした。


「その、文章を仕事にしてる人は、奥さんにも探して欲しいですけど、困ったら私の所属してるグリーンライトにも声かけていただければ。紙媒体の経験持ってる人もいますし」

「……わかりました。まずはこちらの伝手を探しますが、困ったらグリーンライトにも声をかけます」


 おっくんが、絞り出すように言った。俺は狭山さんにも話しかけた。


「あと、狭山さん。後でグループLINEにも流しますが、私の猶予一ヶ月って、31日じゃなくて28日みたいです」

「え!?」


 狭山さんは身を乗り出した。


「術式を仕込まれたのが7月27日でしたから、まあ8月24日頃ですかね」


 目を閉じると見える、俺のタイムリミット。千歳に隠れて定規など駆使して調べたが、どうも31日も持たないっぽい。28日も、まあ一ヶ月と言えば一ヶ月だから、それくらいなのだろう。


「そんな……あと2週間なんて……」


 狭山さんは青くなった。


「まあ、霊力足りなくても蘇生上手くいかなくても恨みませんから。ただ、私のいなくなった後、千歳に優しくしてもらえれば、それで十分です」


 俺は、深く頭を下げた。

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