全部説明したげたい
「会っちゃいけないのに会っちゃった!? 千歳と!?」
話を聞くための、個室のある喫茶店にいる。金谷さんの上司、朝霧緑さんに説明を受けた。
緑さん―――この業界には朝霧姓が多いので下の名前で呼んでくれと言われた―――は申し訳無さそうに小さくなって、もう一度頭を下げた。
「本当に偶然でして……私、牛由来のものを食べると〈そういう〉素質がゼロになってしまうので、本当に全然、千歳さんが怨霊だと気づかなくて……次の日起きて、ミルクティーが抜けてからやっと怨霊の残り香に気づいて、それで初めて気づいたんです……」
金谷さんと狭山さんも同席していて、補足のようにまた説明してくれる。
「あの、緑さん、全然騙す意図なんてなくて、本当に偶然会っちゃっただけなんです、朝霧姓の人間は千歳さんと顔合わせちゃダメだったんですけど、気づかなかっただけなんです」
「千歳さんは強い怨霊ですけど、霊感があるかどうかって試さないとわからないことも多いので、千歳さんも多分緑さんのこと普通の女の人だと思ってると思うんですよ。でも千歳さんが気づいちゃったら事態がどう転ぶかわからなくて……とりあえず、和泉さんに全部話して善後策を練れないかと思いまして……」
みんな困ってるらしいことはわかるが、いきなりそんなこと相談されても、俺だって困る。俺は額に手を当てた。
「えっと、整理させてください。緑さんは朝霧姓の人だから千歳と会っちゃダメって決まりになってたけど、知らないで会っちゃって、友だちになって、LINEのやり取りまでしちゃった。千歳も緑さんが朝霧姓の人だって知らない。普通に知り合って仲良くなった友達だと思ってる。でも、緑さんは朝霧姓だから千歳にそれがバレたらまずいし、バレたら千歳がどう反応するかわからない、ってこととですか?」
「そ、そうです。ご理解いただけて助かります」
緑さんは何度も頷いた。こないだ金谷さんに話聞いた時は幸薄い女性って印象だったけど、目元がキリッとしてて背が高めで、こんなに申し訳なさそうに縮こまってなきゃ、姉御肌って感じの人だろうな。贈り物に何選べばいいか困ってる時に、姉御って感じの人が親切に話しかけて教えてくれたら、千歳はすぐ懐きそうだとは思うんだけど……。
緑さんは続けて言った。
「あ、でも、千歳さんは私のフルネーム把握してます、車に乗せる前に、流石に自己紹介しないといけないと思って名乗ったので」
「え、それでも千歳、特に反応してないんですか?」
緑さんは困った顔になった。
「そうなんですよね……朝霧って姓自体は他に絶対ない名字というわけでもないので、単に偶然と思ってる、くらいじゃないかと思いますが……」
「うーん、まあ、それはそうかもしれませんね……」
俺は腕を組んだ。千歳を怒らせて暴れさせたら取り返しがつかないらしいし、そんな事が起きたら誰も責任を取れないというのもわかる。だから、周囲の対応が安全策に寄っていくのもわかる。
でも、今回のことは悪意を持った人間が騙しに来たわけでは全然ないから、千歳に事情を包み隠さず話しても、怒り狂ったりは全然しないと思うんだよな。友達になれなくて、がっかりはすると思うけど。
俺は、千歳がニコニコしながら『緑さんって人が親切で、いろいろ教えてくれた! このクリームも奢ってくれた!』と紅茶とお菓子を見せつつ話してくれたことを思い返した。うん、友達になれなくて、がっかりするだろうな、千歳……。
俺は、事情をちゃんと話せば、千歳は別に怒り狂ったりしないと思う、ということを丁寧に話した。
「千歳、バラバラにされちゃった時、集めてくれた人たちの中に朝霧家の人もいたことわかってますし。緑さんはその中でも中心で動いてた人なわけですし。そういうことちゃんと説明すれば、怒って暴れるなんて、絶対しないですよ」
「そうですね……正直に説明するのが、多分一番しこりが残らないんですよね……」
緑さんは、ため息をついた。俺は、千歳が怒ることより心配なことを口にした。
「ただ、すごくがっかりはするかも、と思います。千歳、緑さんと友だちになれたのすごく嬉しかったらしくて、会って話したこととか、LINEでやり取りした内容とか、私にすごく嬉しそうに話してたので」
「…………」
緑さんは、うつむいた。俺は、気になって彼女に聞いてみた。
「つかぬことを伺いますが……緑さんは、事前情報と言うか、千歳を怨霊と思わずに会ってみて、どんな人間だと思いましたか?」
緑さんは、申し訳無さそうな顔のまま、少し考える風だったが、やがて言った。
「……明るくて素直で、かわいい子だな、と」
そうなんだよな、基本的にそういう人間なんだよ、千歳は。怨霊だけど。
「私も千歳をそんな風に思ってます。だから、緑さんに悪意や騙す意図はまったく全然なくて、本当に偶然会って、親切にしてくれただけだってことはよく強調して、千歳に全部話すのが一番だと思います。説明するの、他の人が責任引き受けられなさそうですから、私が全部やりますから」
それくらいなら全然やるよ、俺。千歳のために、千歳を取り巻く人達のために、それくらいなら、全然やる。
でも、千歳をがっかりさせちゃうな。ごめん、千歳。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます