あんな過去から離れたい

南さんに相続関係のことを相談したら、なぜか話が爆速で進み、俺は紹介してもらった弁護士さんと電話面談して要望を伝えたあと、弁護士さんの指示通りに直筆遺言を書いて弁護士事務所に郵便で送れば手続き完了ということになった。

そういう訳で、コンビニで便箋など買って指示通りに文章を書いていたら、怨霊(黒い一反木綿のすがた)(命名:千歳)がなんだかふくれた顔でのぞき込んできた。

『電話してるときも言ったけど、嫁見つけたらワシじゃなくて嫁に行くようにしろよ?』

「うん、弁護士さんにも言われたから、そういう条件付きで書いてる」

『ならいいが……いや、あんまりよくないが。これ、お前の安心のためだけにいいって言ったんだからな! お前、若いうちに死んだら許さないからな!』

千歳は俺の背中をはたいた。

「はい、健康と安全に気をつけます……」

俺は神妙に言った。健康と安全、あと過労にならないようにも気をつけなきゃなあ。フリーランスだとついつい仕事詰め込み過ぎになるけど。最近は土曜にも仕事侵食してるしなあ。せめて土曜半休にしたいけど……。

書いた便箋を封筒に入れて封をして、もうひとつ大きい封筒に「よろしくお願いいたしします」の一筆とともに入れて、弁護士事務所の住所を書く。あとは郵便局に持ち込んで、書留で送ればおしまいだ。

最寄りの郵便局はこの辺で一番大きいところだ。大抵の用は済む。歩いていくには少し遠いけど、千歳は洗濯物干しで今手が離せないみたいだし、俺も最近はそこまで体調に不安ないし、一人で行ってこよう。

「千歳、郵便局まで行ってくるね」

『一人で平気か?』

千歳(女子大生のすがた)は、ぬれたバスタオルのシワを伸ばしながら首を傾げた。

「郵便局くらいなら平気だよ、ありがとう」

部屋着から外出着に着替え、財布とスマホを入れたバッグとともに外に出る。郵便局行くのは久しぶりだ、普段用ないしな。

平日の昼間である。人は少なかったのですぐ用が済んだ。帰ろうとした時、女性の大声が耳をつんざいた。

「だから、奥武蔵宛の荷物は受け取り拒否されているってどういうことですか!!」

客らしき中年女性が、額に青筋を立てて局員に食ってかかっている。若い局員があわあわしながら答える。

「で、ですから、受け取り拒否についてはあくまでその方の届け出によるものでして、郵便局に理由を聞かれましても……」

「だって本人に連絡つかないんですよ! 息子だっていうのに!」

その食ってかかっている五十代くらいの女性に、なんだか既視感があった。あれは……。

あれは。

思い至った瞬間、俺は駆け出すように郵便局を出て、心臓をどきどきさせながら早歩きでその場を離れた。

冷や汗が出る。思い出したくなかった、それに、あの女性に気づかれたくなかった。

あれは、あれは。


小学校の時、俺が母親の言うなりに動いて、おかしくしてしまった女性だ。

母親のママ友で、俺の友達の、お母さんだ。

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