第46話

 いざその職務を見学させてもらうと、生徒会長というのは多忙らしい。生徒会に対して『教師の仕事の肩代わり機関』とのひねくれた見方をしていた僕にとっては、これは意外であった。

 そんなひねくれた見方に至ったのはちょっと面倒な経緯がある。創作の中の生徒会はとかくその権力が絶大であるように描かれがちであるものの、実際の(中学校の時の)生徒会は議決能力も執行能力も乏しく、先生の許可がなければ何もできなかった。生徒総会で議論しても、結局校則の改正案がすべて先生の介入でつぶされたという事件があってからというもの、生徒会に対する僕の中の評価はガタ落ちになったのだ。その反動で今度は、生徒会はろくなものではないという、凝り固まった先入観を持っていた。

 だが市谷先輩が率いる生徒会は違った。生徒会がすごいというより、市谷先輩の力のおかげで生徒会が強力になっていた。

「自分がまず率先して行動しよう!」

 との教えを、まさにその言葉を僕に教えた時点から、市谷先輩は実行していた。たくさんの業務と責任を抱えることで、発言力と権力を手に入れる。それが市谷先輩のやり方だった。

 代わりにすべての仕事や要望が、市谷先輩のもとに集まった。それこそ、些事に翻弄されることもしばしばだった。


 ある日、市谷先輩はある女子生徒に相談を持ち掛けられた。先輩は人払いをしたため、僕はドアの外でしばらく待機した。

 しばらくするとすすり泣く声が漏れ聞こえるようになり、市谷先輩らしき声がした後、笑い声がして、満面の笑みの相談者がドアから勢いよく出てきた。感謝の言葉を述べると、足取り軽やかにどこかへと行ってしまった。

 子細はプライバシーになるため明かされなかったし、僕も公開可能な範囲でいいですっと答えたが、その相談内容は恋愛だったらしい。そんな生徒の私的な問題まで持ち込まれたらたまったものじゃないと思うが、市谷先輩は特に苦でもないらしかった。相当なお人よしである。

 公的なもので言ったら、普通の学校なら形骸化しがちな目安箱に、市谷先輩は全力で対処していた。アイスの自販機が欲しいとか、よその学校にあると聞くチャーハンの自販機が欲しいといったこと。あるいはエスカレーターの導入など、明らかに生徒会の能力では扱えないはずの要望にも対処した。生徒の代わりに要望を提出し、納得がいく答えを公表した。(たいていはおふざけでやったとしか思えない要望ばかりだったので、この回答を公表する作業の方がメインだった。その場でなかったことにしてもいいのではと聞いたが、市谷先輩はあくまでも誠実であるために、すべてに対応していた。)


 こんなことをしていたら、オーバーワークで倒れてしまうのではと思ったが、そこがすごいところで、僕に手伝わせるように、誰かに仕事を頼むという点では市谷先輩は右に出るものはいなかった。とにかく頼り、頼み、任せるのである。自分の中で抱え込むといったことはしなかった。側で見ていた感想としては、働く生徒会長といった目立つイメージよりも、仕事を振り分けるのが上手い生徒会長、といった印象の方が強かった。



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