第3話

 翌日。

 僕は雪辱を晴らすべく、再びあのベンチへとやってきていた。

 そしてまた大宮は現れた。

 彼女が身構える。

 僕がここにいるのを見て、意図が伝わったらしい。

「性懲りもなく来やがったっすね…。そんなにボコボコにされたいんっすか」

「おやおやおや。舐められちゃあ困るね。今日の僕は一味違うんだ」

「な、まさか、わたしの弱点を研究して対策を…」

「いや。今日はぐっすり睡眠をとってきた。昨日は寝不足だったからな。ベストコンディションで挑めば後れを取ることはない!」

「ふざけているんっすか! そんなに寝たいんならいますぐ草を枕にさせてやるっすよ!」

「来い!」

 結果はまた僕の負けだった。下手に挑発したのがダメだったらしい。


 さらに次の日。

「…。何やってるんすか…」

「いやさ、正攻法では勝てないと思って。道具に頼ることにしたんだ」

「そうじゃないっす! なんでベンチに縛られているんすか! バカなんすか! そういうプレイっすか!」

「おいおいおい。人聞きが悪いな。なに、別に僕は勝たなくてもよかったんだ。ここを明け渡さなければね。勝たなくても、負けなければいい。発想の転換、ってやつだ。

 さあ僕をどかして見せろ!」

「…。」

 大宮は無言で近寄ってきた。

「フハハハハ。どうしたどうした。攻め口も見つからないか。これが年の功ってやつだ。僕に勝とうだなんて千年早い…。まて、なんだその手は。おいやめアヒャヒャヒャヒャ! くそ、ほどけないっ!」

「…。ふーん。先輩ってくすぐりに弱いんすね。いいこと覚えたっす。」

「こら、やめんかアヒャヒャ! 脇、脇はやめろ! ヒーッ! わかった、わーかったから、降参だ、降参するから!」

 …。

 その後も虫のおもちゃやら、ブービートラップなど、僕の苦手なところを的確に突いてくる大宮と、暇を持て余して気力も持て余した僕との応酬は続いた。


 ある日。

 その日は日直の仕事やら学級会やらで帰りが遅くなった。昇降口から出ると、予報通りの大雨であった。ここしばらく晴れ続きだったから、その分を雨雲たちが取り返そうとしているのだろうか。

 ふと大宮のことが頭をよぎった。

 というより、悪い予感がした、といった方が正しい。

 いつものベンチに行ってみると、こんな雨の中で一人、大宮が突っ立っていた。

「あ、先輩」

 こっちに気が付くと、水たまりを踏みつけながら駆けてきた。

「遅いっすよ先輩。早く勝負するっす!」

「…一応聞くが、いつからここにいた?」

「一時間前くらいからっす」

「はっきり言おう。バカなのか?」

「バカとは何すか!」

「普通に考えろ。この天気だぞ? このベンチを取り合う理由もないじゃないか。それにもっとこう、せめて三十分くらいの時点で帰ろうとか思わなかったのか?」

「思わないっす。このためだけに学校に来ているようなもんっすから」

「君の登校目的は異常だ。もっとこう、あるだろ。学校行く意義って」

 大宮はちょっと考えた。

「ないっす。つまんないもん」

「じゃあ今までどうして学校行けていたんだよ…。出席日数が心配だよ」

「先輩は無遅刻無欠席で皆勤賞取りそうな顔してるからそんなこと言うんっすよ」

「遠回しにまじめ系陰キャって言いたいのか? そうなのか?」

 大宮は笑った。無邪気に笑う子らしい。

「それに、先輩なら絶対来るって思ってたのもあるっすよ」

「…。なんか癪だが正解だ。しょうがない。腕相撲でもするか」

「いいっすね! 負けないっすよ!」


 こんなやり取りがずっと続いた。いつしかベンチのことは忘れ、放課後に勝負する謎の関係が生まれた。

 友情、というか、大宮はいい遊び相手を見つけたと思っているらしい。

 勝負以外のことでも大宮は僕に付きまとうようになった。


 そうしてじゃれ合っている姿を周囲に見られた僕は…。


 ロリコンの称号を獲得した。


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