17

 ルミナと向き合ったユーシスから差し出されたその手にはエイラから託されたペンダントがぶら下がっていた。

 それを目にした瞬間、ルミナの表情が変わる。目を瞠り既にその意味を理解しているようだった。


「母がこれを?」

「あぁ」


 緩徐にネックレスの下へと伸びて行く皺を一直線に合わせた両手。そして真下で静かに止まると、樹枝六花のペンダントヘッドが掌に横たわり渦を描くようにチェーンが下りていった。

 その手を胸前まで引く彼女の眉間には深く皺が寄っている。


「これは祖母が母へ女王継承の際に共に継承したペンダントです。いつからか代々女王がその身に着ける事になったペンダントだと聞きます」

「って言う事はお母さんは」


 ルミナの説明を聞いたテラは表情を明るくしながら一歩彼女に近づいた。


「いえ、恐らくそうではないんでしょう。女王という存在を絶やしてはならなぬように、これもまた私達の家系には無くてはならぬ物なのです。ですのでこうして私に女王の地位を継承せざるを得なくなり、このペンダントも残してくれたんだと思います。――やはりそう考えると不本意ではありますが、母の無念を思えば私が我が儘を言っている場合ではありません」


 するとルミナの手の中でペンダントが光を放ち始めた。


「よく母はこうしてました。このペンダントは少し特殊で原種の力を流し込むと――」


 微笑みを浮かべその光を見つめていたルミナだったが、言葉を途切れさせると小首を傾げた。

 そんな彼女の視線先ではペンダントの光が人魂の形を成し、ユーシスとの間へ浮遊し始めていた。その光景にルミナとユーシスは訝し気な視線を向けつつも互いに数歩下がり人魂から距離を取る。

 そして二人の丁度間で止まった人魂は僅かな間を空けると、眩い光を四方へ放ちながらその姿を再び変化させ始めた。


「これは一体……」


 徐々に形が定まり、光が静まり返るとそこに現れた人物にルミナだけでなくテラを除いた全員が目を瞠った。


「お……母様?」


 そこに立っていたのはエイラ。だが彼女が本物でない事は他でもないユーシスが一番分かっていたが、確認するまでも無くその姿は微かに薄れホログラム状だった。


『こうして顔を合わせられているという事は、無事にペンダントが貴方の手元にあるという事ですね。安心しました。――もう貴方と直接顔を合わせて話をするというのは叶わないのでしょう。ですのでこうして私の言葉を残しておきます』

「話が出来るという訳じゃないんですね」


 多少なりとも期待があったのだろう、ルミナは顔を僅かに曇らせた。一方でやはりそこにはいるのはあくまでも記録されたエイラに過ぎないと伝えるように、ルミナに対しエイラの表情は一切変わらない。


「ルミナ。貴方はこれから私の後を継ぎ女王として一族を率いていかねばなりません。きっとみな貴方に理解を示し、力を貸してくれるはずです。ですが、貴方は不安で胸を埋め尽くしている事でしょう。正直に言えば私も不安でなりません。まさかこんなにも早くこの時が来るとは思っていませんでしたから。出来る事なら互いに準備を済ませ、この時を迎えたかったものです。しかし運命に感情はありません。変わりゆく空模様のように、淡々と訪れるだけです。我々はそれを受け入れる他ありません。私は一族を守り死にゆく事を、貴方は女王として一族を率い守って行く事を。どれだけ望まぬ事であったとしても、最早変えられぬところまで来てしまっているのですから」


 ルミナはエイラの言葉を聞きながら無意識か顔を僅かに俯かせていた。


「こうなってしまった事を本当に残念に思います。貴方にはまだ時間が必要だったでしょう。ですが避けられぬ運命は受け入れ先に進みなさい。貴方の選択も意思も関係なく押し付けられたものだとしても。それが貴方にどれだけの不幸を与えようとも。嘆き呪おうが変えられないのならば、そうする時間は無駄です。それよりも自分に何が出来るのか。それを考え、それに時間と労力を注ぎなさい。女王としてどう一族を導いていくのか暫くはそれが貴方の課題となるでしょう。周りからの助言はあれど、決断を下すのは貴方です。そして決断には責任が伴います。一族の未来が貴方の判断に左右されるのです。その事は常に心に留めておかなくてはなりません。女王となった以上、貴方はスノティーの女王。未熟さでさえも言い訳画には出来ず、貴方は女王なのです。先を見据え、一族に不安を与えず、安堵させる堂々とした背中を見せ続ける必要があります。それが導くという事です。やるしかありません。それが貴方の運命」

「分かっています……。分かっています。ですが、私にはお母様のように立派な女王となれる気がしないのです。お母様が案じてるように、私はお母様には遠く及ばぬのですから」


 皺の濃く付く程に服を強く握り締めながらルミナは(依然と顔を俯かせ)今にも震えた声を出した。目の前のエイラはただの記録だと分かっていても言わずにはいられなかったのだろう。それ程までに彼女は感情的になっていたのかもしれない。


「――貴方が生まれた時の事は今でも鮮明に思い出せます。とても小さく泣き叫ぶ貴方は、言葉には言い表せぬ気持ちで私を満たしてくれました」


 するとエイラはルミナの声が聞こえているかのように、突然そう脈絡のない話を始めた。


「貴方を身籠った時、母がこんな事を言っていたのを今でも覚えています。子とは親のエゴによりこの世に産み落とされる。母は、子どもは親が自らの幸せの為に自分らのタイミングで身籠り生み、子には親や家柄そして生まれるかどうかに至るまで全ての選択権が無い、と言っていました。だからこそ、親には子が生まれた事を幸運に思えるよう全力を尽くす責任があると。――いずれ子を身籠らなければならぬとは言え、貴方は私と夫が望みこの世に生まれました。今の貴方を思えば、それは正しいのかもしれません。貴方はスノティーの原種であり代々女王として一族を導く立場にある私達の家系に生まれました。その時点で貴方はスノティーの女王にならざるを得なかったのです。拒否権は無く物心付けば既にその道を歩まされます。だからこそ、私は女王となる僅かな間だけでも貴方には普通の子どもとしての時間を過ごして欲しかったのです。無論、全ての時間を遊びに費やす事は叶わないかもしれませんが、少しでもスノティーの女王となる運命を背負わされる子として生まれた事を後悔して欲しくなかったのです。少しでも私の子として生まれた事を良かったと思って欲しかったのです。だからこそ、無理はさせず子と親としての時間も大切にしてきたつもりです」

「そんな! むしろ私は自分ような子よりも、もっと優秀で女王として相応しい子が良かったのではないかと思っていました」

「本当は少しでも私が女王としての責務を担い、貴方には十二分にこの世界を楽しんで欲しかったのですが……。貴方に母親として接する時間も少なければ、こうして早々に女王として責任を担わなければならい状況になってしまい――私は悔やんでも悔やみきれません」


 さっきまでとは変わり、今度は眉を顰めたエイラが顔を俯かせた。その表情には後悔とルミナへの謝罪の気持ちが満ち溢れていた。


「もしかすれば、私が貴方を女王となる為だけに育てていれば、厳しくもその為だけに育てていれば――何か変わっていたかもしれません。もしかすれば、その想いすらも私のエゴだったのかもしれません。――と今は多少なりとも思ってしまいます。ですが、あの頃の私にはこの状況を予測する事は不可能でした。言い訳に聞こえるかもしれませんが、そのような事が起こりえるのが現実です。もし、貴方も女王としての教育だけに力を注いでくれてればと思っているのならば、これは悪い例として受け入れて欲しいものです。私と同じように貴方も数年数ヶ月後、もしかすれば数日後には予想だにしない状況に囲まれないとは言い切れぬのですから」

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