4
そして四体のデュプォスを一瞬にして片付けたユーシスは後を追い屋上へ。だがもうそこにテラの姿は無かった。
「クソっ!」
力強いが小さな声が辺りへと消えてゆく。自分の中に溢れ返る苛立ち。しかし今のユーシスは自分の感情よりも優先すべき事があった。
噴火寸前の火山のような胸の内を押し殺し屋根上から下りたユーシスが真っすぐ向かったのはついさっき出たばかりの宿。中に入ると店主に先程のデュプォスが言っていた街外れの洞窟について尋ねた。
「え? あぁ……。確か、この街から少し南へ行った所に森があって、その中央辺りに小山があるんだがそこに洞窟があったはずだ。でもあそこは昔から危険と言わ――」
鬼気迫る様子に気圧されながらもそう答えた店主の言葉を遮りユーシスはお礼も言わず宿を出て行った。
それからユーシスは店主が言っていた南へと走り出し、まだ正確にある場所も分からない洞窟へと向かった。屋根伝いで進み街をあっという間に抜け、更に少し進んだ彼の周囲に広がっていたのは鬱蒼とした森。しかしそんな事は気にも留めずユーシスは走り続けた。街の屋根上から見えた小山を目指して。
そして街から森へ入り走り続けたユーシスの目の前にはついに大きく口を開けた洞窟が姿を現した。一度、立ち止まり洞窟を見上げたユーシスは拳を握り締め中へと進んだ。暗闇が続き先も広さも見えない通路に響く足音。警戒しながらもユーシスは先を急ぐ。
思ったより長い通路の先にそれは広がっていた。
最初は足音の響きの違い。足元から飛び出した音はさっきよりも遠くへ旅立ち、そして戻ってきた。その変化に足を止めるユーシス。まるでそれに反応したかのようにその後、真っ暗だった辺りには燈火がともった。
端へ追いやられた暗闇から姿を見せたその光景はユーシスの予想など優に超えてしまうモノで、彼は思わず息を呑む。
辺りに転がる無数の屍は血と肉片を撒き散らし、デュプォスかどうかも判別出来ない。それ程の惨状がそこには広がっていた。
そして正面(階段があり少し見上げた場所)に堂々たる面持ちで置かれていた王座。それはあの雰囲気の違ったデュプォスが崇拝されるように他のデュプォスの上に立っている事を表していた。
だがしかし、あのデポォスは地面へと頭部を切り離された状態で転がり、今現在そこに腰掛けていたのは全くの別人。
「よう! こーやって会うのは初めてだな」
座面に片足とその上に腕を乗せ、肘置きに頬杖をつきながらだらりと座るその人物にユーシスは見覚えがあった。というより知っていた。
攻撃的な双眸と撫子色ボブパーマ。不敵な笑みを浮かべていたその人物は、吸血鬼アンフィス。
彼女は脚に乗せた方で持っていたカランビットナイフを手元で軽快に回し、悠々とユーシスを見下ろしている。そんなアンフィスの傍には口を塞がれ拘束されたテラの姿があった。
「知ってたか? 俺ら吸血鬼の作り出したこのデュプォス共の中にはたまーに勘違い野郎が出てくんだよ」
するとより一層警戒心を強めるユーシスを他所にアンフィスは話を始めた。
「どーゆう原理かどうかは知らねーが現れるんだよ。基本的に絶対服従な奴らだが、そいつは自分の意思を持ってる。何千年も現れない時もあれば、一気に二人現れたりな。謎だ。――しかもそいつは大方、決まった行動を取る。人間を食らい、力を付け――そして俺ら吸血鬼と同等の存在に成ろうとする。だが所詮はデュプォス。俺ら吸血鬼とは格が違げぇ。必死こいて媚び売って、純血を分け与えて貰おうと躍起になってやがる。惨めで滑稽な奴らだ」
いつの間にか苛立ちに声を低めていたアンフィスは、手元からナイフを(体に吸収するように)消すとそのまま王座から立ち上がった。そして軽蔑の眼差しで足元に転がるあのデュプォスの頭部を見遣る。
「だから俺はその存在が分かり次第、胸糞悪いコイツらを――」
そしてアンフィスは足を上げると、苛立ちよりも深く色濃い感情を身に纏った言葉と共にその頭部を踏み潰した。
「殺す」
周囲に生々しさを飛び散らせた頭部だったが、潰された直後には他のデュプォスの屍と共に既に影へとなり始めていた。洞窟内に反響した激昂の音が静寂に呑み込まれる頃、全ての屍は影と成り綺麗さっぱり消え去った。その一斉に散りゆく檳榔子黒は、どこか優雅に舞う淡紅な花弁が辺り一面を覆い尽くす晩春すら感じさせる美景を内に宿していた。
惨状が消え、ただの素っ気なさとポツリ置かれた王座だけが残った洞窟を包み込む鋭利な静寂。
その最中、依然とこの空気感に属さないアンフィスは躊躇なく動き出すと、傍に居たテラの元へ。そして腕を掴み半ば強引に立たせると際へと進み、その体を宙へと放り投げた。軽々と宙を舞うテラの体。その予想だにしていない行動に一瞬瞠目するが、テラの体は受け止めろと言わんばかりに真っすぐユーシスの元へ。一歩も動くことなくユーシスはそのままテラを受け止めた。
「大丈夫か? テ――」
だがテラを受け止め彼女へ視線を落としたその一瞬、ユーシスの視界端には人影が。それが誰かは考えるまでも無くユーシスは反射的に顔を上げた。同時に伸びてきた手がユーシスの喉元をそう簡単に振り解けない力で掴む。しかしそれ以上、何かをすることは無くただユーシスの双眸を正面から見つめるだけだった。
するとアンフィスはそっと喉元から手を離した。
「下ろしていいぞ」
何もしないとアピールする為だろう、アンフィスは少し大袈裟に両手を上げて見せた。ユーシスは喉元に先程までの感触を残しながらも、それを忘れる程アンフィスを警戒していた。だが緩慢な動作でしゃがみ言われた通りテラを傍へ下ろしていく。
それはテラからユーシスの手が離れた瞬間だった。アンフィスは彼が立ち上がるのを待たずして蹴りをひとつ。警戒はしていたがその網目を抜けるように防御すらままならず体を反らせ後ろへと倒れるユーシス。そしてそのまま地面へと落下し背中にそれなりの衝撃を感じたが、それよりも顎に残り鼓動するような痛みの方が強烈だった。
しかしその痛みのどちらも気にする暇は無く、自分に跨ってきたアンフィスと睨み合う事となる(正確に言えば睨みつけていたのはユーシスだけだったが)。その時には、いつの間にかアンフィスの手に握られたナイフはその冷酷さを体現するかのように冷たくユーシスの喉元に触れていた。
チッ、赤い線を引く口元が一瞬歪む。
「どうした? こんなもんか? ウェアウルフ」
一方で挑発的な笑みを浮かべるアンフィス。
「お前らは吸血鬼と肩を並べる程の力を持ってるって聞いてたんだがな。思った以上に期待外れだ。それともお前が弱いだけか? ――まぁ、どちらにせよ今は人間以外の全員が絶滅寸前。同じ穴の狢だ。つってもほとんどは絶滅しちまったがな」
「それがどうした?」
するとユーシスは初めて返事をした。
「ウェアウルフもお前が最後の生き残りなんだろ? 魔女のクソも喜ばしいことにあと一人。だが人間だけがのうのうと増え続け我が物顔で生きてやがる。――だから協力しねーか? 大昔の先祖みてーに。ん? どうだ?」
「自分の種族なんてどーだっていい。人間にも興味ない。それに――」
言葉を途切れさせたユーシスは顔をアンフィスへと近づけた。喉元に刃が喰い込み、鮮血が肌を撫でるのも気にせず。それはまるで恐れは無いと証明するかのようだった。
「俺は吸血鬼がこの世で一番嫌いなんだよ」
「そーみてーだな」
だが攻撃的な感情が籠ったユーシスに対し全く動じる様子のないアンフィス。
「だが、別に結末は変わらない」
視線はそのままアンフィスの指はテラを指した。
「アイツは俺らが頂く。それまでちゃーんと大切にしとけ。殺すなよ」
すると言葉と共に下から渦を巻き現れた朱殷色の液体が徐々にアンフィスを包み込み始めた。そして言い終えるのと同時に全身を包み込んだその液体が消えてしまうと、もうそこにアンフィスの姿は無くなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます