クリスマスコンサート

 今年もあとわずかと意識しだした12月も半分が過ぎたころ、蒼が夕ご飯を母と一緒に食べていると、母急に立ち上がり、鞄をとってきた。

「蒼に渡すものがあったんだった。」

母はそう言いながら、茶封筒を蒼に渡してきた。蒼が中身を確認すると、今度の日曜日に行われるクリスマスコンサートのチケットが2枚入っていた。

「会社が協賛していて、チケット余っているからもらってきたの。急で悪いけど、クリスマスなんだから、彼女誘って行っておいで。」


 そのあと、蒼は理恵ちゃんにコンサートへのお誘いのラインをしてみた。理恵ちゃんからは、「日曜日は部活休みだからOKだよ」と返信があり、会場の市民ホールまで理恵ちゃんの家から1時間ちょっとかかるので、「遠くてごめんね」とラインを送ると、「蒼ちゃんから誘ってくれて嬉しいから構わないよ。」と返信があった。

 考えてみれば、理恵ちゃんを自分から誘うのは初めてだった。


 コンサート当日、一時半に市民ホールの最寄り駅で理恵ちゃんと待ち合わせとなった。蒼は先について待っていると、改札から理恵ちゃんから出てきた。

「お待たせ。蒼ちゃんから誘うなんて珍しいね。」

「お母さんからチケットもらってね。クリスマスだし、たまにはデートに誘えって。急に誘って、ごめん。」

 駅から市民ホールまで、理恵ちゃんと手をつなぎながら歩く。市民ホールまで15分くらいかかるので、バスで行こかと理恵ちゃんに言ったら、まだ2時の開演まで時間もあるから歩いていこうと言われた。

「理恵ちゃん、今日珍しくスカートだね。私服のスカート初めて見た気がする。」

「コンサートだからね。少しきちんとした服で行こうかなと思って。」

理恵ちゃんはコートをめくって、今日のコーデを見せくれた。茶色のスカートと白のリボン付きブラウスにアーガイル柄のニットを合わせてある。

 理恵ちゃんはいつもは活発な女の子という感じだが、今日はいつもと違うかわいい感じになっている。理恵ちゃんの新しい一面を見られて、蒼は今日誘ってみて良かったと思った。

「いつもかわいいけど、今日はさらにかわいいよ。」

蒼がほめると、理恵ちゃんは最高にかわいい笑顔になった。


 市民ホールについて受付をすませて、ホール内に入る。すでに8割ぐらいの席が埋まっていた。席に着くと、受付でもらったパンフレットをみてみる。「チャイコフスキー くるみ割り人形第1曲序曲」と書いてあっても、クラシックに詳しくない蒼にはよくわからない。理恵ちゃんに聞いてみると、「あのCMに使われていた曲だよ。」と教えてくれる。

 理恵ちゃんはさらにほかの曲も、これはあの映画でとかあのCMなどいろいろ教えてくれる。理恵ちゃんとの文化的背景の違いを実感する。

 白石高校に入学して、理恵ちゃんだけではなくほかのクラスメイトとの文化的背景の違いを時々実感する。もちろん母子家庭でありながら私立高校に通わせてくれる母には感謝しているが、地元の伝統高としてクラスメイトにはいわゆる育ちのいい子が多く、引け目を感じることがある。世界史でルネサンス時代の画家ボッティチェッリがでてきたときに、この前美術館でその画家の絵をみたことがあるという話題で話しているのを聞くと、文化的素養の違いと家庭の経済格差を感じる。


 コンサートはたしかに聴いたことの曲も数局あり、クラシック初心者の蒼にも十分楽しめた。会場を出ながら理恵ちゃんが話しかけてくる。

「蒼ちゃんも知ってる曲あったでしょ。音楽なんて作曲家とか曲名とか知らなくても楽しめればいいんじゃない。あと、隣の広場でクリスマスマーケットやっているみたいだから、見に行こう。」

 理恵ちゃんには一度文化的素養の違いについて話したことはあるが、

「生まれた環境は人それぞれで選ぶことはできないから、大切なのは今後何を身につけていくかだと思う。」

と励ましてくれた。確かに、男の子として生まれ、女の子として生きていこうとしている蒼自身にも当てはまると思った。


 理恵ちゃんは蒼の手を引きながら、クリスマスマーケットに向かう。広場には中央にある巨大クリスマスツリーを中心として、出店が並んでいる。食べ物以外にもクリスマスらしい小物を扱う店もあり、クリスマスムードを高めている。理恵ちゃんと中央のツリーの前でで記念写真を撮った後に、お店を見て周る。


「ちょっとこのお店見ててもいい?」

理恵ちゃんはそう言いながら、小物をあつかう店の前で足を止めた。理恵ちゃんが見ている間、蒼は別の店の店頭に置かれていたスノードームを眺めていた。

「お待たせ。これ蒼ちゃんにクリスマスプレゼント買ったから、どうぞ。」

理恵ちゃんは、さっき買ったばかりの小さい紙袋を蒼に渡してきた。

「開けてもいい?」

蒼が理恵ちゃんがうなずいたのをみて、紙袋を開ける。

クリスマスらしい、赤いシュシュが入っていた。

「これ、私も買ったからお揃いだよ。」

 理恵ちゃんと付き合い始めて、シャーペンとかハンカチなど少しずつお揃いのものが増えてきている。授業中に理恵ちゃんも同じシャーペン使っていると思うと、クラスが違っても近くにいるような気がしてくる。

「ありがとう。」

蒼はそう言って、早速シュシュを付け始めた。





 

 

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