第29話 【ブラジルの鬼】ラバトゥチ(O Labatut)

 ラバトゥチは、リオ・グランデ・ド・ノルテ州やセアラ州に現れたという妖怪である。その姿は人型であるものの、一つ目で、いのししのような大きいきばがある。手は大きく、足は象のように丸い。そして、髪は長くてちぢれているそうだ。また、体毛は濃いが、それは体毛ではなくトゲであるという人もいる。この妖怪は背が高いが、ゴルジャーラのような巨人というわけではなく、インディオよりも頭1つか2つ分大きい。性格は獰猛どうもうで、常にえていて、鬼気きき迫る感じがしているという。


 ラバトゥチは、世界の果てからやってきて、ブラジルにみついたといわれている。普段はどこかに身を隠しているが、夜になると人里へ出て来る。特に強い暴風のときにやって来て、夕食をさがす。彼は肉食で、牛、馬、猫、犬などを食す。しかし、最も好物なのは人間の子供たちだという。この妖怪は、歩くスピードが速く、聴覚ちょうかくするどい。夜間に人間を襲うときは、戸口とぐちに立ち止まり、家の中の様子に聞き耳を立てる。この怪物が近づいてきたら、人々は家の中でジッとして、やり過ごすのだそうだ。


 ところで、ブラジルの歴史上、ある有名な軍人もラバトゥチという名前をしている。その人物は、1832年の6月から1833年の4月までにセアラ州で起こったジョアキン・ピント・マンデイラ (Joaquim Pinto Madeira) や、イナシオ・ルーイス・マデイラ・デ・メーロ(Inácio Luís Madeira de Melo) の反乱を鎮圧ちんあつしたペドロ・ラバトゥチ (Pedro Labatut) だ。彼は、ブラジル皇帝のペドルからやとわれたフランス人の傭兵ようへい将軍で、1842年に退役するまでにブラジルだけでなくフランス、ポルトガル、イギリス、スペイン、さらにはコロンビアやカリブ海諸島で幾多の戦歴を残し、1849年にサルバドールで死去した。多くの人を殺戮さつりくし、奴隷どれいしいたげた残忍ざんにんな人物として知られている。


 もしかしたら、妖怪ラバトゥチは、軍人ラバトゥチのイメージから生まれた妖怪かもしれない。あるいは、白人の侵略者のイメージが、妖怪ラバトゥチに投影されているとも考えられはしないか。

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