僕の父さんは誰だ!

しほ

第1話 母さんと父さん



 きのうの夜、僕の母さんは胸にナイフがさり教会の祭壇さいだんで血だらけで死んだ。三カ月前からゾンビをあやつる悪の教団組織の占い師になっていたのだ。


 僕は朝の情報番組を見ながらコメンテーターとして話す母さんに挨拶あいさつをした。

(おはよう、今日も元気そうだね)


 今朝は十三年前に打ち上げが開始された有人火星探査船ゆうじんかせいたんさせんの話題について嬉しそうにコメントしていた。そして、番組の最後に「皆さん今日も素敵すてきな一日を!」と母さんは司会者と共に画面いっぱいの笑顔を見せた。


 僕は毎朝これを見てから登校する。


 ちょっとおどろかせたかもしれないけど、実は僕の母さんは女優だ。テレビの中で演技をしてお金をもらうあの仕事。


 最近の母さんは殺されたり、結婚したり、逮捕たいほされたりと波乱はらんに満ちた人生を送っている。


 若い頃はアイドルのようにキラキラとした仕事が多かったみたいだけれど、三十も後半になると、そうはいかないようだ。


 まして一人息子の僕を育てるために、やりたくない仕事にも挑戦しているのだ。


 だから僕は母さんを応援する。応援と言ってもできることは限られていて、たまに作ってくれる手料理に不満を言わないことだろうか。


 チャーハンに卵のかけらが入っていてもそっとけるし、千切りキャベツと言う名のざく切りキャベツにも文句は言わない。


 本当はもう中学生だし、反抗の一つもしたかった。けれど疲れてソファで眠る母さんを見ていると「うるせい」だの「クソババァ」だのとても僕には言えなかった。


 それでも母さんは、僕が反抗期だとテレビの中で言っていた。「最近はうちの子も学校の話をしてくれないし、無視されることもあるんです~」なんて言ってたけれど、自分だって大事なことを話してくれない。


 それが僕が抱える最大の悩みであり、ただ一つ母さんに腹を立てていることだった。


 

 それは僕の父さんの存在。


 

 僕は小さな頃から父さんの記憶が無い。会ったことがないのだ。三歳までの家族写真はあるにはあるのだが……、うまいこと父さんの顔が隠れているものばかりだった。


 残念なことにその頃の記憶も、その後の写真も存在しない。小さな頃はそれでもだませたのかもしれないが、小学生になって気が付いた。


 

 きっと母さんは離婚りこんしたんだ。



 しかし、母さんはいつも父さんは仕事に行っていると言う。いまだにそんなことを言うのだ。そんなはずはないだろう。


 僕は一度も会ったことがない。友達の親だって単身赴任たんしんふにんをしている人はいるが、月に一度は帰って来る。


 それに今の時代、メールや電話だってあるだろう。だから本当のことを教えてほしかった。


 僕はもう中学生だ。離婚りこんくらい受け入れられる。そもそも父親を知らないのだから傷つくことだってない。


 芸能人の離婚なんてよくある話なのに、母さんは離婚もしていないし、父さんは仕事に行っているとの一点張りを続ける。


 もしかして言えないような相手なのだろうか?それとも行方不明なのだろうか?いつも一人の時間が多い夜は決まって父さんの存在について考えてしまう。


 

 そんなある夜、突然電話が鳴った。



碧人あおと、お母さん大事なものを忘れちゃったの。あれがないと撮影ができない!」


「あれって何?」


「お父さんからもらった大切な物なの。今、平川をそっちに向かわせているから渡して欲しいの」


 どうやら、クローゼットの金庫にしまっているものらしいが、僕は母さんの言葉にショックを受けていた。


 だって、僕が父さんだとうたがっていた一人にマネージャーの平川さんがいたからだ。そんなことを頼むってことは平川さんは僕の父さんではない。


「分かったよ母さん、一時間後ね」


 電話を切ったが直ぐにはクローゼットへ向かえなかった。父親候補こうほが一人消えたのだ。


 しかも、一番話しやすくて僕のゲーム相手でもある平川さん。母さんに内緒で課金のアイテムをくれたりもした。


 母さんよりも少しだけ年下だけど平川さんは僕たち家族をいつも支えてくれていた。僕の運動会も母さんの代わりに平川さんが来てくれた。


 だからショックだった。


 それでも、母さんの必死の電話の声を思い出し、クローゼットへ向かった。


 さすが女優のクローゼットだ。高そうなブランドの箱がずらりと並ぶ。


 小さな頃はよくここでかくれんぼをしたが、最近はほとんど来ることがなかった。しかし、金庫の開け方は知っている。


 僕は自分の生年月日をドキドキしながら入力した。


「カチャ」


 金庫が開いた。


 電話で母さんが言っていた小さな白い箱があった。見たことがない箱だったが、母さんはそのまま平川さんへ渡して欲しいと言っていた。


 指輪か何かのアクセサリーが入っているのだろうか?


 それにしてはずいぶんと重い気がする。


 見てはいけないと母さんは言わなかったし、僕はそうっと箱を開けた。びっくりした!


 ホントにホントにびっくりした。

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