第5話 変わっていく呼び方
子供の頃から成長するにつれ呼び方は変わっていく。女性の場合、子供の頃は「お嬢ちゃん」から始まる。
私も子供の頃はよく母の買い物にスーパーやデパートに付いていっていた。1番印象に残っているのは夕方のデパートの地下食料品売り場。美味しそうなお惣菜屋さんや漬物店などがあり、夕飯の買い物をする母の隣でつまらなそうにして待っていた。子供に地下食料品売り場は退屈だ。喧騒と人いきれに押しつぶされそうになるのが好きではなかった。私はお店の店員のおじさんやおばさんから「お嬢ちゃんもどうぞ」と言われて爪楊枝に刺された試食品を貰っていた。その時の呼び方は「お嬢ちゃん」
数年たち中高生くらいになると「お嬢ちゃん」はいつしか「お姉さん」になっていた。お嬢ちゃんがお姉さんに。少し大人扱いしてくれるようになった事を嬉しく思っていた。
「お姉さん」の呼び名はその後結構長いこと続く。社会人になっても結婚しても、食料品売り場では「お姉さん」ごくたまにイレギュラーで「奥さん」が入るようになってくる。しかしほとんどが「お姉さん」だ。今の時代、「奥さん」は相応しくないのかもしれない。結婚をしない人も増えてきているので「奥さん」は時代にそぐわないということなのか。そして、「お姉さん」呼びは3年ほど前くらいまで続いていた。そしてそれから長らく呼び名で呼ばれる機会もなくずっと今日まで来ていた。
そしてついにその時が来てしまった。この前初めてネットスーパーの配達の人に「お母さん」と呼ばれてしまったのだ。「お母さん」確かに私は高校生の息子1人がいるお母さんだ。紛れもないお母さんだ。でも、商店の人から言われる「お母さん」はなんだか雰囲気が違う。頭をガーンと何かで殴られたような感じ。女性ならみんなそうなのか。私だけなのか。とても心が抉られる心境。この感情、分かっていただけるだろうか。
「お嬢ちゃん」や「お姉さん」の時分にテレビや食料品売り場で見てきた「お母さん」と呼ばれる人々は、私個人のイメージかもしれないが年配の方が多かった気がする。言うならば「お婆さん」の年代の人が「お母さん」と言われている認識だった。自分にはまだまだずっと先の話で、ほぼ今は関係のない言葉だと思っていた。別世界の話。しかしなんの前触れもなく、心の準備もなく、ついにその時が来てしまった。「お母さん」
脳内で何回もリフレインしては私はクラクラしていた。幼稚園や小学校の先生から言われる「〇〇君のお母さん」とは違う響きなのだ。商店の人の「お母さん」は。
夫に「ついに私もお母さんって呼ばれたよ」と肩を落として言ったら、「前回受け取りに〇〇(息子)が出たからじゃないの」と言っていた。そうなのかもしれない。でも違うのかもしれない。私もそんな年配に見えるようになったのかなぁなんて思うとガクッとくる。誰もが通る道なのだろう。鏡を見るともうお世辞にもお姉さんではない。でも「お母さん」もまだ呼ばれたくはない。
商店や接客業の方には、女性に「お母さん」と呼びかけるのは割とショックなことなので「お客さん」「お客さま」を私はオススメしたい。
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