過去②

 ヤバいヤバい、と感情のままに疾走していた海里だったが、廃病院から自宅まではそこそこの距離があるため道半ばでバテてしまった。

「はぁ」ダルぅ、疲れたぁ。

 あらがえずに足が止まる。住宅街の突き当たり──T字路で膝に手を突いて前屈みになる。夜の静けさも相まって荒い呼吸がいやに耳につく。

 数十秒ほどそうして体力を回復させ、行くか、と再び動き出そうとした時、路上にめられたセダンが目に入った。海里のいる場所からは五十メートルぐらい離れている。

 んん? 何か違和感が……。

 ほとんど直感的にそう感じたのだが、その原因を解明する前に状況は進む。車の横の住宅から一人の男が出てきたのだ。四十歳ぐらいだろうか。街路灯に照るその顔は、無表情で、どこか不気味だ。そして、なぜか犬を連れている──海里は反射的に電柱の陰に身を隠していた。

 んんん? 何でワンコ?

 今は夜の十一時ごろ。この時間に犬の散歩? と首をかしげる。 

 いや、なくはないかもしれないが、少なくとも多数派マジョリティではないだろう──海里の眼差まなざしが鋭くなる。

 男と共に出てきた犬──おそらくはウェルシュ・コーギー・ペンブロークだろう──は、えるでもなくおとなしく男の誘導に従って車に乗り込んだ。男は車に上半身を入れるようにして何かをやり、次いで静かにリアドアを閉めると素早く辺りを見回した。それからフロントドアを開け、運転席に座った。エンジン音が住宅街の静寂を破ると、何かにかされるように車は走り出し、瞬く間に海里の視界から消えてしまった。

「うーん、残念」落胆の声が洩れた。

 車のナンバーを覚えてやろうとしたのだが、距離があったことに加え、街路灯の明かりの当たる角度が悪かったせいでよく見えなかったのだ。

 車が停まっていた場所へ向かう。

 一分も掛からずに到着した。男の出てきた住宅は、この辺りが田舎であることを考慮してもなお相当な大きさの二階建てで、住宅の前庭横のカーポートには四台の乗用車がめられている。設計ミスなのか元々三台用だったのか、駐車スペースに余裕はまったくと言っていいほどなく、かなり窮屈そうに見える。

「……」

 次に、前庭にある犬小屋に視線をやった。そこには何もおらず、ぽっかりと開いた入り口からは哀愁のようなものが漂っている。

「……」顎に手を当て、沈思黙考ちんしもっこう。やがて一つの推測が脳裏に形成されるも、ほとんど時を空けずして、やめやめ、と思考を霧散させた。

 考えても今はどうしようもないし、それより早く帰らないと。

 もう午後の十一時を過ぎている。お父さんもお母さんも大変お冠だろう。

 お説教、三十分ぐらいで終わればいいなぁ。

 気は進まない。けれど、歩は進めなければならない。海里は家に向かって走り出した。



 学校の友人にばったり会って、つい話し込んでしまって遅くなった。

 という真実寄りの言い訳は当然通用せず、海里はこってりと油を絞られた。そして説教が終わり、ささっとシャワーを浴び、すさんだ心を癒やすためにティラミスを堪能たんのうしてから歯を磨いてベッドに入ったのが深夜の一時過ぎ。

 するとどうなるかというと、

「眠い……」

 翌朝、海里は学校に向かう道すがら、そうつぶやいた。

 たびたびあくびをしつつトボトボと歩き、昔からある年季の入った、要は小汚い交番の前に差し掛かった時、交番の中から出てきた制服警官の服部はっとりはじめ──今年で三十四歳の巡査部長らしい──に声を掛けられた。「お! 海里ちゃん、おはよう!」朝から潑溂はつらつとした体育会系のノリだ。

 普段ならそういうノリにも問題なく対応できるのだが、今は寝不足でそうもいかない。「あー、はい、おはようございます」足を止めた海里は、まるで反抗期の中学生であるかのようにテンション低めに挨拶を返した。

 交番が通学路にある都合上、服部とは毎日のように顔を合わせる。自然と挨拶を交わすようになり、そして多少の雑談をするようになり、気がつけば共通の趣味であるミステリー小説についてディープに語り合う関係──趣味友になっていた。だから服部のことは嫌いではないのだが、残念ながら今はちょっとだけ、うざいな、とか思っている。

「どうした? 元気ないな。何かあったのかい?」お人よしの服部は心配そうに眉を寄せて尋ねてきた。

 何かあったといえばあったのだが、説明していては遅刻してしまう。海里は、「別に。ただ寝不足なだけ」とまたしてもなまいき盛りの小娘のような態度。

「ははぁーん」服部は顎に指をやり、からかうようなニュアンス混じりのにやついた訳知り顔を見せた。

 うっわ、すんごいムカつく顔!

「あによ」ムスリと尋ねた。

「海里ちゃんにもようやく春が来たんだね!」服部はしみ真実、楽しそうに、「それでなかなか寝付けなかった!」うーん、青春だねぇ、などとのたまってさえいる。

 う、うぜぇ……。

 今度ははっきりとそう思った。

「そんなんじゃないから!」キッパリと否定した。しかし、

「その反応は完全に黒なんだよなぁ」まったく意味を成していないようだった。「海里ちゃんにもかわいいとこがあるんだね」とニヤニヤしている。

 イラッとする。なぜ寝不足になっただけでこんなセクハラじみたうざ絡みをされなければならないのか。

「ち、が、う、っつってんでしょーが?! 死ね! セクハラうざ絡み罪で死刑になってしまえ!!」

 そう吐き捨て、海里はそっぽを向くように身を翻し、学校に向かって歩きはじめた。後ろから、「あらら、すねちゃった」と愉快げな声が聞こえてきたが、振り返って反撃はしなかった。



 海里の教室、二年一組は二階にある。

 階段を上り、教室の戸をくぐると、友人の伊織美咲いおりみさきが右手に持ったシャープペンシルをくるくると回しながら、「おはよ」と挨拶をしてきた。どうやら英語の問題を解いている最中だったようだ。

 美咲は、ほんのりと茶色いロングヘアをゆるふわなローポニーテールにしている。こなれ感の演出が上手く、実年齢よりも大人っぽく見える。本人に直接言ったことはないが、海里は美咲の中学生離れした色気を、格好いいなぁ、と羨ましく思っている。

「おはよ」と返し、美咲の席の一つ前の自身の机にスクールバッグをどっかと下ろす。「はぁー」疲れた。眠い。

「ダルそうね」美咲が言った。

「昨日いろいろあって寝不足なんだよね」

「へぇー、何があったの?」

 実は……、と話し出そうとして、しかしぎりぎりのところで踏みとどまった。海里の周りにはクラスメイトたちがいる。ここで御影の自殺未遂について話すのはやめたほうがいいだろう。

 そう判断した海里は、「ごめん、後で話させて」

「ふーん、ま、いいけど」

 


 昼休み。海里と美咲は体育館の裏にやって来た。目的は昼食とおしゃべり。ここには人がほとんど来ない。だから、人に聞かれたくないことを話すには持ってこいの場所なのだ。

 早速、裏口から地面に下りるための幅の広い階段に仲良く並んで座り──海里が右で美咲が左だ──膝の上に弁当を広げる。そして、海里は昨夜の事──御影の自殺未遂と怪しい中年男のことについて話しはじめた。

 美咲は、「へぇー、御影君がねぇ」「ほとんど初対面の男子に食べかけのフライドチキンを渡すのか……」「一番怪しいのは電柱の陰からティラミス片手にじろじろ観察してる海里じゃない?」などと相づちを打ちつつ最後までちゃんと聞いてくれた。

 ひととおり話しおえた海里は幾分かすっきりした気分になった。やはり持つべきものは話を聞いてくれる友達である。

「それで、御影君から連絡は来たの?」美咲の口ぶりは、勇気を出して連絡先を渡した意中の相手からの返事について尋ねているようにも聞こえる。

 ポケットから携帯電話を取り出して確認するも、メールも着信もない。昨日まで関わりのなかった御影に対して恋愛感情なんてあるわけがないが、寂しいような、残念なようなモヤッとした感情が湧かないでもない。

「んー、来てな──」海里は体育館の角から現れた人物──御影を見て、「あ」と声を洩らした。「御影じゃん」

「おー、タイムリー」美咲が平らかに言った。

 一方の御影はというと、階段に座る海里を認めると気まずそうに目を逸らした。そして、「お邪魔しましたっ」と言って立ち去ろうとする。が、

「待て待て」海里に呼び止められた。「せっかくだし御影も座んなよ」

「え、いや、僕は……」声が小さくて最後のほうは聞き取れなかった。

「まぁまぁ、そう言わずにこっちおいでよ。美少女二人と話せるんだからラッキーっしょ」海里が押しの強さを発揮する。「それともあたしらのことブスだって思ってるの? ひどくない?」ついでにずるさも出していく。

 動揺するように身体を揺らして御影は、「いや、そんなこと思ってないよ。二人ともきれいだと思う」と焦った口調で答えた。

「かわいそ」ぼそりと美咲がつぶやいた。

 うるさいよ、と肘で小突き、御影に対して言葉を続ける。「こんな所に来るくらいだからどうせ暇なんでしょ? 別に取って食ったりはしないって」

「ラブホの前で粘る男みたいになってるよ」またしても美咲が不愉快なことを言ってきたので再び肘を食らわそうとするも、さっと身を引かれてかわされてしまった。

 ちっ、と内心で悪態をつく。

 この熾烈へいわ攻防じゃれあいを好ましく思ったのだろうか、御影は、「じゃあ少しだけ」と肯首し、美咲の左隣に腰を下ろした。

「いやいやいや」すかさず海里はツッコミを入れる。「そこはあたしの隣じゃないんかい!」

 流れ的におかしくない? 美咲と友達ってわけでもないみたいだし、あたしのほうが好感度高いんじゃないの? ……昨日のあれはプラス評価になっていない? それともまさか、

「美咲にひとめぼれし──」

「あ、ごめん、つい癖で」そう言って御影は、下ろしたばかりの腰を上げた。

 すると美咲は、そそくさと移動しようとする御影をからかうように、「えー、行っちゃうのー? さみしー」とわざとらしくしなを作る。中学生の平均よりもだいぶ発育がいいこともあり、ふざけているにもかかわらずそれなり以上に色気がある。

 海里は、自身の、平均よりも清楚せいそなその部分と美咲の下品なそれを比べてしまい、憂鬱な気分になりかけるが、「はは……」と苦笑いを浮かべるだけで鼻の下を伸ばしたり頬を染めたり美咲の胸に卑猥ひわいな視線をやったりしていない御影を見て、溜飲りゅういんが下が──もとい、気持ちを持ち直した。そして、普通にいいやつじゃん、と御影の評価を大幅に上方修正。心なしかイケメンに見えてきた。

 結局、御影は海里の右側に座ったものの、階段の幅が許す限りの距離を取っている。思うところがないでもないが、変に近すぎるよりは全然マシなので深く考えずにさらっと流すことにした。

 御影を交えた会話は、「御影ってどこら辺に住んでんの?」という、ありきたりでおもしろみのない質問から始まった。しかし、海里と美咲がかしましく話を盛り上げるので話が弾まなくて気まずいということはない。

 美咲が、彼女の家で飼っているシベリアン・ハスキーについて話しはじめた。興味があるのか、御影は先ほどまでよりも真剣に聞いているように見える。

「御影んちも何か飼ってんの?」海里が尋ねた。

 すると、御影は少しだけためらうように間を空けてから、「うん」とうなずいた。

 おやおやおやぁ? 何かあるのかなぁ?──海里がそう思ったのと同じように美咲も疑問を抱いたようで、「どした? 何かあったの?」と海里より先に質問を投げかけた。

「うん」悲しげなトーン。「僕のうちは雄の柴犬しばいぬを飼ってるんだけど」御影はここでいったん言葉を止め、息継ぎをしてから、「二週間ぐらい前にいなくなってしまったんだ」

「──いなくなった?」と海里が繰り返し、

「逃げ出しちゃったってこと?」と美咲がその意味を推測する。

「逃げた……わけじゃないと思う」御影は言う。「警察の人が言うには、最近、飼い犬の盗難事件が起きてるみたいなんだ」

「!」海里の脳裏に昨夜の男が浮かぶ。

「庭の状況からいって脱走とは考えにくい。証拠があるわけじゃないから断定はできないけど、コテツは誰かに連れ去られたと僕は思ってる」御影は携帯電話の画面を海里たちに見せた。そこには一匹の赤柴の画像が表示されていた。「これがうちのコテツ。どこかで見かけなかった?」

 画像を見た美咲は、かぶりに振った。「申し訳ないけど……」

「ごめん、あたしも見たことないや」海里も同音を奏でた。けれど、「そっか」という御影のささやくような声を吹き飛ばすように、「でも心当たりはあるよ」と力強く断言した。

「ちょっと、海里」美咲がいさめるように言う。「決まったわけじゃないのに期待させるような言い方はしないほうが──」

「あたしの名推理によると連続愛犬盗難事件の犯人はあの男なんだってば」

 雰囲気が怪しすぎるということを抜きにしてもあの男は疑わしい。なぜなら、男が去った後もあの住宅のカーポートに車が隙間なく駐められたままだったから。換言すると、あの男はあの住宅のカーポートにあった車を使える人間ではなく、つまりはコーギー犬の飼い主一家の人間ではなく部外者である可能性が高いということだ。

 夜中に差し掛かろうという時間帯に人目を気にしながら他人の家の飼い犬を連れ出す──そんなの疑ってくださいって言ってるようなもんじゃん、と思う。

 あの状況であの男を疑わないのは、顔のない死体が見つかったにもかかわらず遺体の人物のすり替えの可能性を考えないのと同じぐらいありえないことだ。

 海里は自信満々にこの推理を説明し、「というわけで、あの男が連続愛犬盗難事件の犯人で間違いないと思う」と締めくくった。

「なるほど」御影は深刻な面持ちで言う。「それはたしかに怪しい」

「……それっぽいのは認めるけどさ」でも、と美咲は慎重な姿勢を崩さない。「普通に知り合いの男性に飼い犬を預けただけかもしれないし、家の敷地以外に駐車場を借りてるだけかもしれない。仮にあんたの言うとおりその男が泥棒だとしても、御影君のとこのコテツ君とは関係ないかもしれないでしょ? 決めつけないほうがいいんじゃない?」

「美咲はネガティブすぎ。素直に考えたらあの男が犯人に決まってるんだからそれでいいじゃん」

「まぁ、そうかもしれないけど」

「じゃあ、美咲も納得したみたいだし、これからみんなで犯人捜しをしよう!」海里は元気に言い放った。

 しかし、

「……」「……」

 場には沈黙が訪れた。

 左右を見て二人の様子を見ると、美咲はあきれ顔を浮かべ、御影は驚いたように目をしばたたいていた。

 あ、あれ? ここは盛り上がるとこじゃないの?

「警察に情報提供するだけじゃダメなの?」美咲がそんなことを言ってきた。やれやれである。

「そんなのつまんないじゃん。せっかく犯行を目撃して犯人の顔も見たのに自分で捜さないなんてもったいないでしょ」

 実際の刑事事件に関われそうな貴重な機会を逃すなんてもってのほかである。

「もったいないって、あんたねぇ」美咲から説教中の母と同じ雰囲気を感じて若干ひるむが、

「ね、御影も早く犯人が捕まってほしいでしょ?」

 と御影を自身の側に引き込もうと画策。「コテツ君にも会いたいよね?」

「え、あ」急に言われた御影はまごつきながらも、「う、うん、会いたい」

 うんうんそうだよね、と海里は何度かうなずき、「警察に任せっきりにするんじゃくて、あたしたちはあたしたちでできることをやろうよ。そのほうが犯人逮捕の確率が上がるし絶対いいよ」

「それは……そうだね。わかったよ、僕も──」犯人捜しに参加するよ、という御影の言葉に重ねるように、

「具体的には何をするつもりなの?」

 美咲が鋭く切り込んできた──美咲はまったくもうっ。変なところで頭が固いというか、まじめというか。

 仕方のない子だなぁ、という気持ちで質問に答えてやる。「まずはあたしの記憶を基に男の似顔絵を描いて、それを持って昨日のコーギー犬のおうちの人に聞き込みをする。それであの男が他人かどうかを確認して、他人でないなら事情を聞いて事件性の有無を判断。他人だったならば心当たりの有無を尋ねて、あるならそれを当たる。ないなら地道な聞き込み捜査をする」

「……意外とまともね」美咲は拍子抜けしたように言った──その言葉と語勢どおり小さじ一杯程度の驚きを含んでいるようだった。

 失礼なやつめ。「『意外と』って何よ、『意外と』って。あたしのこと何だと思ってるわけ?」

 美咲は即答した。「探偵役ホームズ気取りのポンコツワトソン役。又は、バカなことをしてまっさきに殺される第二の被害者役」

「はぁ?」辛辣すぎない?「あんた、あたしのことそんなふうに思ってたの?!」

「ほかにどう思えばいいのよ? ミステリーもので犯人を予想すると百発百中で外すじゃない。おかげで海里の予想の逆に張れば大体の展開が読めて毎回あんまり楽しめないのよ」

 え!? そうだったの?!──海里は瞠目どうもくした。たしかに海里の展開予想が当たることは皆無かもしれないが、そこから的確な推理に繋げていたとは驚きである。

 そして、嫌なら気を遣わないで言ってくれたらよかったのに、とも思った。水くさいじゃない、と。

 ここで、海里はあまり認めたくない事実に思い至った──あたしより美咲のほうが名探偵レベルは上……? そんなまさか……。いやでも、幾らあたしの逆名推理という選択肢消去ツールがあるといっても、あたしでさえわからないミステリーの解答けつまつに毎回のようにたどり着く……。

「くっ」海里は悔しさに顔を歪めた。「これが勉強のできるビッチの実力っ──! おっぱいのデカい女は頭が弱いってのはやはり単なる都市伝説──!」

「おいこら」美咲はすごみのある低音を発した。「あんたこそわたしをそんなふうに見てたわけ? だいたいわたしはまだ処女だっつーの。知ってるでしょ」

「じゃあ処女ビッチだ」海里はそれが真実であると確信しているかのように言う。「そんだけデカくてエロいおっぱいぶら下げててビッチじゃないわけがない」

「意味わかんない」美咲はあきれたように眉をひそめた。「というか、あんたはデカいデカいって言うけどさ」これ、と自身の胸に視線を落とし、「E65だよ? ブラジャー着けてるとそれなりに見えるかもしれないけど、実際はそこまで大きくないし」

 こ、この女っ……!! 

 海里は戦慄した。

 全世界の控えめ女子を敵に回す発言をこうもやすやすと……!!

 不意に、

「ふっ、ふふふ……」

 含みきれなかった笑い声のような、そんな声が横から聞こえた。そちらに顔を向けると、初めて見る御影の笑顔がそこにあった。「仲いいんだね」

「付き合い長いから」と海里が言い、

「腐れ縁だね」と美咲がうなずいた。

「そういうの羨やましいよ」御影はしんみりと言う。「僕は一人だから」

 そういえば御影ってクラスに友達いないんだっけ。だったら、

「これから作ればいいじゃん。そんなはかなげな雰囲気醸し出すようなことじゃないって。深刻に考えすぎだよ」

「……そうだね」

「てかさ」海里は声に不満の響きを含ませ、「友達が欲しいならメールとかしようよ」

 美咲が口を挟む。「この子、『御影から連絡が来ない。嫌われちゃったかな……』ってめそめそしてたんだよ」

 意外そうな表情を浮かべた御影に向かって、

「そんなことは言ってないし、めそめそもしてない。けど、こっちからメールしよっかな、とは考えてたよ」

 ふと、デジタル式の腕時計の数字が目に入った。あと五分で昼休みが終わる時間だ。

「そろそろ時間だね」美咲は立ち上がり、スカートに付いたほこりを払った。

「おっし、午後もがんばりますか!」海里も腰を上げた。そして、「御影」と呼ぶ。「泥棒捜しの予定を立てたいから後で都合のいい日時をメールしといて」美咲にも目をやり、「美咲もね」と言い足す。

 美咲は溜め息をついて、「やるのは決定なのね」

「もちろん」

 それから御影に視線を戻すと、彼はかすかに頬を緩め、

「わかった、必ずメールする」

 そう約束してくれた。

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