第26話 嫁ブログ

 興信所で奥さんがブログを書いている事を知った私は、先生に結果報告した後すぐにブログを読み始めた。時系列を整理したかったのが一番にある。彼が私に話していたことはほとんどが嘘に塗り替えられた話だ。彼が本当に歩んできた人生はどんなだったのか知りたい。本人に本当の事は聞けないからだ。

 嫁ブログは姉妹店のオープン当初から書かれ、9年間に及ぶ。長年に渡り書かれているので、読むのに時間を要した。彼が店主を務めるカフェにもブログがあって、彼が書いている?と思われるが、それと組み合わせて読んでみた。最も彼はブログを書いたりするのが苦手らしく、今は全く書かれていないし、オープン当初から数える程しか書かれていないのですぐに読む事ができた。昨年、私にもSNSは苦手だと話していた。まめではないのだろう。そんな彼が一人でまめにケーキなども作り、店で出している事に疑問を感じていたが、やはりこのまめさは奥さんにあった。

 まず19年前に店を購入した時、彼はまだ21歳だった。その頃から奥さんと一緒にいると考えるとかなり長い付き合いになる。外での遊び心も生まれるだろう。この頃私は何をしていたか思い起こすと、30歳を出てから結婚した私は20代はかなり遊び回っていた。その間、彼は奥さんとお店を経営し、夜も週末も、日曜日以外は働き続けていた。コロナ禍になり、夜の営業を休んで家にいる事が多くなり、遊びもせずに家に帰っている。私との付き合い方がそうだから、彼は簡単に自分のルーティンを変えられないのだろう。融通の利かない性格、奥さんがやきもち焼きとかそういう訳ではなさそうな気がするが、ずっと二人三脚でやってきて、出掛けるのもいつも二人一緒だったように推測される。


 彼の奥さんは海外旅行が好きみたいだ。雑貨の買い付けの理由もあるかもしれないが、二人で年に3回は海外に旅行している。彼が前から話していた買い付けには親もたまに連れていくといった話は全て嘘で、全ての旅行を奥さんと共にしていた。写真がアップされており、後ろ姿ではあるが彼だとすぐにわかった。安い屋台で食事をしたり、自転車で旅をするのが好きみたいだ。


 お店で出しているケーキなどは奥さんが全て焼いている事もわかった。やはりそのまめさは彼にはなかった。22歳から奥さんとカフェを始め、全て奥さんがリードしているようにも思われた。彼は奥さんがいないと生きていけないかもしれない。カフェの経営が好きで始めた訳ではないと話していた。だからといって別の仕事を今さら始める事もできないだろう。もし彼らにカフェや海外に行く趣味がなく、仕事もサラリーマンか何かだったとすれば、30歳を過ぎて結婚するまで一緒にいれたかどうかはわからない。彼が一途とも思えないし他に仕事があれば奥さんを頼る必要もなく、女性を乗り換えていきそうだからだ。それでも現実は今のその繋がりがあったからこその絆の深さを感じた。出逢いはタイミングなのだ。


 彼が今まで私を連れて行ってくれた場所や連れて行くと言ってくれた場所はほとんどが奥さんとの思い出の場所だった。嫁ブログで紹介されている京都でお勧めの場所は、その殆どが彼の話に出てくる場所だったからだ。そんな場所に平気で彼女を連れていく人なのだ彼は。


 2018年から年間の休みが多くなる。海外に行きますと書いておらず、体調が悪くてと書かれていたので、これは奥さんの事なのか、彼の事なのかまではわからなかったが、今までのように休み全てが海外旅行ではなくなってきた。そして2019年は年間7回も長期で休みを取っている。そのうち1回は海外旅行に行ったようだが、体調がかなり悪かったようだ。これは彼の体調が悪くなって慣れない奥さんも体調を崩したり、はたまた彼らには子どもがいなかったから、体外受精やらそういう事で体調を崩したりそんな休みだったのかもしれない。まあそこまではブログからはわからなかった。  


 9年に渡って書かれているブログだったが、体調を崩した2018年からは更新が減り続け、今では臨時休業のお知らせぐらいになっている。奥さんも全く書く気を失くしたらしい。コロナ禍になり、夫の体調不良と鬱病のせいで、疲れているのか、やる気をなくしているのか、まめさはすっかりなくなってしまった。まめさと言えば、以前興信所で貰った写真から連想されたのは、私から見ると奥さんは完全に女を捨てている。外へ出るのにノーブラは考えられない。そしてふくよかでもある。女らしくいるためには努力とマメさは必要だ。


 こうして読んでいくと色んな事がわかる。書いている奥さんの人柄、二人の生活、奥さんの店の光景、全てを覗き見しているような感覚だった。全く現実味を感じないのだが、これは現実。私はかなり趣味が悪い。それでも少し探偵になった気分で楽しかった。少しずつ解ってきてバラバラのパズルが繋がっていくのが快感だった。彼は私の事を何も知らないけれど、私は彼の事が殆どわかってしまった。それと同時に気持ちもスッキリし、今度はどこか遠くから彼と私の付き合いを余裕な面持ちで俯瞰している第3者ような、不思議な感覚に陥った。

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