第3話
それからというもの、竜之介と琥珀は誰もが知る仲となった。
朝は竜之介が琥珀の家まで彼女を迎えにいき、二人だけの世界のなかで登校する。
昼休み時間になれば琥珀が我慢できませんとばかりに竜之介のクラスへとやってくる。時には教室、時には屋上、時には中庭と場所を移り変わり二人だけの昼食を楽しむために。
放課後は各々が部活動に勤しむ。そして時間を合わせて下校する。必ず、最後まで竜之介は琥珀を送り届けた。
休日となれば一層二人は濃厚に時間を過ごす。
どちらかに用事さえなければほぼ確実と言えるほどに二人は休みを謳歌する。互いに家に行きかうこともあれば、高校生らしくカラオケやボーリング、そして公園デートまでも実行する。
そんな二人を周囲が心穏やかに見ることが出来るようになるまで半年の時間を有した。時折いまだに発狂する者が現れることもあるが、それでも大半のものが美男美女のカップルを祝福するようになったのだ。
竜之介ほどの男であれば、琥珀ほどの女であれば。
別の誰かと付き合うくらいならば、彼・彼女と付き合ってくれたほうが諦めがつくと心を落とし込んだからだ。
「はい。オレンジジュースで良かったよな」
「うん、ありがと」
一学期の期末テストを終えて、二人は本日もまたおうちデートを楽しんでいる。橙色で満たされたコップを掲げた二人は、乾杯の音頭をあげる。
「告白のない人生に!」
「偽物カップルに!」
「「乾杯!!」」
まさしく見事な飲みっぷり。
人目をはばかることのなくなった二人からは、あの仲睦まじい空気が霧散している。それは、恋人に向ける熱い想いではなく。それは、戦友へと向ける熱い信頼。
「まさかこんなにうまくいくとは……っ」
「聞いてよ……!」
「おう! 聞く聞く!」
「今週、私……! 遂に告白されませんでしたぁ!!」
「いえぇええ!!」
限界だった。
竜之介も、琥珀も、他者から告白されることに辟易していた。だからといって、自分磨きを怠るつもりもない。どうして他者のせいで自身を落とさなければならないかと悩み、悩んで、出会った。
同じ悩みを持つ同士。
打ち明けたのは同時だった。
提案したのも同時だった。
すぐさま二人は手を取った。
偽物の彼氏がいれば、
偽物の彼女がいれば、
堂々と告白を断ることができる。
断るたびに泣かれては、断るたびにせがまれれば、断るたびに歪な愛を向けられては。そんな悩みから解放されるのだ。恋人がいるのだから他とは付き合えません。これこそ最強の防御手札であるから。
だれにも言えない恋のはじまりだった。言ってしまえば終わってしまう戦友との絆である。
その効果は劇的だった。なにをしようとも減ることのなかった他者からのアプローチが見るからに減っていった。半年もかかったと言うべきか、たった半年と言うべきか。それでも遂に一週間で誰ひとりにも告白されない穏やかな日常を二人は手に入れた。
「ああ……幸せ……」
「本当よね……」
「そもそも勝手に告白しておいて断られたら泣くとかなしだよな」
「あなたのこと知らないって言うね。のにどうしてそっちが被害者面するのさ」
「それ! 本当にそれ! いきなり好きですとか言われてむしろ泣きたいのはこっち!」
「で、友達に相談したら」
「自慢?」
「違うぅぅぅう!!」
他人が勝手に張ったレッテルだが、それを利用している自分がいる。
好かれて困ることは多くても、好かれて得することのほうが圧倒的に多い。それが分かっているからこそ、二人はまわりが望む自分を演じることを止めない。止められない。だけど、それは愚痴がないとは違うこと。
偽りのカップルは周囲の目からの逃げ場所として造り上げたものではあるが、いつしか二人にとってなくてはならない場所になっていた。はじめて、心から友といえる存在に出会えた気がしていた。
恋愛などという不確かなものに頼ることなく、互いが互いを助け合う関係性にこそ価値がある。
だから。
「でさ……そろそろ、どうする?」
「どうする……って?」
竜之介は怖かった。
琥珀は怖かった。
「会う回数……少しだけ減らす……か?」
「あー……確かに、付き合っていることはもう知れ渡ってるし……ねえ?」
失うことが。
安寧を。友情を。
「今更俺らが付き合ってることを疑う奴はいないだろうし……少しくらいは減らして……いい、のかな? どう……思う?」
「竜之介さんが……嫌なら……まあ?」
「いや、嫌ってわけじゃ……琥珀のほうもそろそろずっと俺とばっかりってのも?」
「そういうことは別に……」
「なら別に……このままくらいで?」
「いい……と思う、かな?」
なんてことはなく。
「(しゃぁぁああ!! まだ堂々とずっと琥珀と一緒に居れるぅぅ!!)」
「(やった! やった! やった!! 嫌じゃないって! 私と一緒に居るの嫌じゃないって!!)」
ただ。
ただ。
単に。
お互い。
告白出来ないヘタレだというだけの話。
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