これは誰
「できたわ!」
ふう、と息を吐き、汗を手の甲で拭うリジーの顔は明るい。
山小屋を見つけてから一週間。幸い魔女の小屋にはスキや鍬、鎌などの農耕具が置いてあったため、ありがたく使わせてもらうことにして、リジーはようやく扉をつけることができた。
扉といってもそれは木材で出来てはおらず、控えめにいっても草藁のカーテンというところだが、どうせこの山に人は来ない。一週間過ごして見て、やはりこの聖域には結界のようなものが張ってあるらしく、獰猛な野獣や虫などは入ってこないようだ。夜半すぎても暖かく、扉が無くても凍えることもなく。扉の作り方までは学ばなかったし、大木を切ることなど物理的に無理だった。仕方なく素材を探して山に入ると、丈夫そうな蔓草があったので、それを刈り取り、木の枝を差し込みながらせっせと編み上げたのだ。
朝は池から水を汲んで水瓶に貯め、畑を耕した。薬草や果物は森の中で見つかったので畑にはせず、村から持ってきた根野菜を植えることにしたのだ。村長からもらった薬草図鑑に、リジーが呼ぶところの聖樹についても載っていて、どうやら万能薬葉樹と呼ばれるものらしい。薬葉樹の葉で生肉を包めば防腐作用があり、水に入れれば浄化作用がある。痛み止めにもなるらしく、その場合はくちゃくちゃと食めば良い。殺菌作用もあるため、怪我をしたら葉を揉んで汁を塗り、痛む場合は患部に巻き付けておくと効くらしい。たわわに実った果実はオレンジ色で甘くて酸味が少なく、爽やかな香りとなめらかな舌触りで、王宮で食べたどの果実よりも美味しかった。山に狩りに出ても何も取れない日もあり、そんな時は万能薬葉樹の果実を食べて過ごした。
「そうだわ!今日はハンターさんに会いに行かなくては。万能薬葉樹の葉を何枚か持っていけば、村で重宝するんじゃないかしら」
リジーはハンターの顔を思い出しながら、いそいそと何枚かの葉をちぎり、ついでに果実も幾つかもいで、その幹に抱きつきキスを落としながら、感謝の言葉を述べた。
「さて、それでは行って参ります」
リジーは背負い籠を背に結界の境界まで急いだ。数刻ほど歩いていくと、野ウサギが顔を出した。
「まあ」
リジーは瞬時に弓を取るとスパン、とウサギを狩った。
「今晩の食事ゲット」
一週間で、リジーはかなり逞しくなった。
初めはもたついたり、可愛らしさに思わず手を伸ばしてしまったりしたのだが、山の動物は全て猛獣だった。生きるか死ぬか。ウサギといえど恐ろしいまでの殺傷力があり、うかうかしていると蹴りに蹴られ、下手をすれば齧られる。リジーのようなスジ皮には興味がなかったのか、一度齧られたもののぺっと吐き出され散々蹴り飛ばされた挙句逃げられたのだ。
それがもし猪だったり狐だったりしたら。ネズミですら、敵とみなされれば恐ろしいまでに凶暴性を発揮する。リジーは1日目で学んだ。
「先日はハンターさんにいただいたから、もう一羽か二羽狩って、今日はわたくしが差し上げましょう」
ついでにうさぎが食べていた、栗のような木の実も拾い集めカゴに入れた。蒸して食べたら美味しいかしら、などと考えながら。
そうこうしているうちに、ハンターの姿が目に入った。パタパタと小走りになる。
「ハンターさん。ごきげんよう」
びくり、と振り返ったハンターがリジーを見て固まった。
「ハンターさん?」
「え、リ、リジー、か?」
「ええ。わたくしですわ。一週間で忘れてしまわれましたか?」
「え?い、いや。でも、あんた……え?」
「はい?どうしました?」
ハンターは今日この日を待ちに待って、日が登ると同時に山に入った。途中で紅花を摘み、ベリーを集め、何羽かの虹鳥も打ち取った。全部リジーに差し出そうと思ってのことだ。村の皆から預かってきた毛皮や薬草も籠に入れてある。今か今かとリジーが来るのを待っていた。まさか一週間で死んじまってるなんてことはないだろうか、無事魔女の小屋は見つかったのだろうか、と考えを巡らせる。もしも、もしも死んでしまったり怪我なんかをしていたら。そこまで考えて後ろから聞こえた声に振り返った。
確かにリジーの声だった。
だが、目の前にいるのは誰だ。
肩にも届かない短い柔らかそうな髪は確かにリジーと同じ。だけど、艶やかな銀色が日に反射して肌艶もまるで若い、娘だ。薄い緑色ではない、弾力のありそうな健康そうな肌は骨ギスだったリジーとは全く異なる。胸元が窮屈そうに麻の服に押し込められて、今にも弾けそうじゃないか。
ハンターは後ずさり、目を擦った。
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