崩壊の始まり

「あんたは白金貨千枚が国庫の半分と思っているようだけど、ちゃんと調べてみなさないな。その女と、あんたの側近が何をしていたのか。ふふっ、面白いことがわかるわよ。ああ、それから帝国の王は、今頃面白いことになってると思うわ。さあ、これから世界は荒れるわ。あの王は三十人もいた親兄弟を皆殺しにしたから、帝国の後継はどこにもいない。近隣国がどう出るかしらね。ま、もともと血塗られた家系だもの。神をも恐れずやらかした呪いが、そろそろクライマックスを迎える頃ね。

 そうそう、契約は契約だから、他言さえしなければ、あんた達は死ぬことも呪われることもないけれど、死んだ方がマシと思えるかも知れないわね。うふふ。」

「ふ、ふざけないで!現に私は呪われてるじゃないの!嘘つき!」

「あらあら。それは誰かに呪いをかけられたわけじゃなくて、自分に戻ってきただけでしょうが。王子様にかかった呪いを解く前に言ったはずよ、呪いは返されるってね。それだけじゃないわ。あんたとあんたの息子達は山神様の怒りに触れたんだもの。いくらアタシでも、こればっかりはなんともならないわぁ」


 『神に逆らえる人間なんていないものねえ』


 魔女は笑う。王妃は蒼白になってその場で崩れ落ちた。


「私の側近の…アーデルと、一体何を……」

「違う!違うの!アーデルはちゃんとエリザベスの安全は確保すると言っていたのよ。帝国に貢物をしてエリザベスを差し出して数年でアーデルに下賜させるようにって…!」

「母上!?」

「だって、あの子も私の子だもの!幸せになって欲しかったのよ!あの子はエリザベスを欲しがっていた!あなたは王座を得て、あの子はエリザベスを得る。エリザベスだってアーデルの事信頼していたじゃない!」

「私の側近を信頼するのは当然のことでしょう!?まさか、そんな、アーデルが私の異父兄弟だった、なんて」

「そ、そそ、それで、妃よ、貴様帝国に何を貢いだ?」


 王が震える声で王妃に問うた。


「は、は、白金貨を、」


 千枚。声にならない声で王妃が口を動かした。


 王は白目を剥いて泡を吹いた。


「可哀想なエリザベス。王子様が生きて、この馬鹿げた国を平和に導いてくれることを願っただけのに。……ああ、そうだ。あんたの異父兄弟の男が、エリザベスに斬り掛かったようだけど、今頃狂ってるかもねえ。何せ、山神に愛されたあの子に無体を働いたんだもの。それともう一つ。あの子が愛したこの国の国民も、ほとんどが慈悲に値しない人間だったみたいで、残念なんだけど」

「なんだって、そんな!?」


 もう、どこをどう指摘したらいいのかわからなかった。側近だけではなく、他にも兄弟がいる。王妃は一体どこで何をしていたのだ。しかも、エリザベスに切りかかっただと?


「だって、それもどこかの誰かさんが、自分の息子に命令して『罪人行脚』と称して街という街を、見せ物の様に練り歩いたからよ。一週間もあれば麓までいける距離を、わざわざ一か月もかけて行ったのだから。その間にエリザベスが口にしたのは、一日小さなコップ一杯の水と、口にするのも悍ましい物だけ。同じ人間とは思えない所業だったわ」

「兵士は!兵士は何をしていたんだ!?そんな悪行が許されると思っているはずがないだろう!」

「だーかーらー。それを兵士ムスコに命令した人物がいるって言ってるのよ」

「…母上…っ」


 王妃はピクリと体を揺らしたものの、ハルバートを見ることはない。ただぶつぶつと「こんなはずではなかった」と呟いており、王に至っては、白目を剥いて王座に腰掛けたままだ。


「エ、エリザベスは、生きて、いるのか?」

「……これから、この国の膿を背負って生きていく王子様に教えておくわ。醜い姿になったあの子に対して、あんたの国民達は石や汚物を投げ、罵倒し、辱め、侮辱した。山神の愛し子に対してね。当然無事では済まされない。これは呪いとは別だし、アタシの管理下にないからどうしようもないけどね。全く神の膝下に住み着いておきながら恐れ多いことばかりしでかす人間は本当に愚かね。


 まあ、アタシを開放してくれたことに関しては礼をいうわ。だから情報をもう一つ。

 西の密林はもう結界がないから、これから魔獣や死霊も這い出てくるかもしれないわねえ。かの森の水だけは、飲まない方が身のためよ。この3百年の間に、攻め込んでこようとして迷い込んで死んだ者たちの無念や怨念が、溜まりに溜まっているからね」


 楽しそうに、さもおかしい舞台を物語るかのように魔女はクスクス、ウフフと笑いながら王家の三人を見つめる。その瞳は仄暗く、事実怒りを湛えていた。


 ハルバートは何も見えていなかった己を殴りたくなった。


 愛していた自分の半身を裏切り、死の淵へと追いやったのはハルバートだ。公爵令嬢として生まれ、誇り高くも優しく民を慈しみ、命を丸ごと差し出す様な婚約者を信じず、欲望と嫉妬心に塗れた自分の両親を信じ断罪した。冤罪にかけたのだ。


「恥を知り、懺悔をすれば、もしかしたらいつか許されるかも知れないけれど。まあ、せいぜい、この世の終わりまで楽しみなさないな。じゃ、アタシはいくわね」

「ま、待ってくれ!エ、エリザベスは、」


 生きているのか。


 ハルバートが言い終えるよりも前に、魔女の姿は掻き消えていた。

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