建国の王子ヴェルマン

「約束を破った、ですか?」


 エリザベスは、思わず聞き正した。魔女はキセルの煙をポカリと浮かべると、ため息を吐くように頭を左右に振った。


「アタシはね、はっきり言ったんだよ、あのバカ王子ヴェルマンにね。この土地を出てはいけないと。この土地にいる限りアタシの結界で国もあんたも守られるってね。だけど、結界から出てしまったら守りは効かない。気をつけて子孫にもそう告げなさいって言ったのに」

「そんな……」

「あんたの王子様はね、その血に呪いが含まれているんだよ。帝国の王族に流れる血だ。あの王族は親殺しの咎で呪われていて、一人を除いて死ぬ運命にある。それを結界膜で隠していたのに、なんだって外に出たんだい?」

「知らなかったのです。わたくしも王妃教育で国のことを学びましたが、魔女様の契約について書かれた本は今まで見たことがありませんでした。ハルバート様をお助けしたくて、禁書を読んで初めて魔女様の契約について知ったくらいですから。まさか、そんな呪いがあるなんて」

「はあ。この国を作ったヴェルマンはね、もともと帝国の王子だったんだ。何番目のか知らないけど、王位を巡って争ったんだろうね。あの男は、王位につけるような頭も度胸も力もなく、泣いて逃げ出した挙句、山に入って今にも死にそうだったのさ。可哀想な子供だったから助けたんだが。こんなすぐに約束を忘れるなんて。やっぱりバカは死ななきゃ無理なのか」


 全く、人間は喉元を過ぎればすぐ忘れるからダメなんだよ、と魔女は頭を横に振った。


 初代国王のヴェルマンは戦争に負けた国の王子ではなく、王位継承に敗れた王子だったのか。魔女からは散々な言われようだが、この国の創立者だ。だが、本人かその後の王たちかによって、帝国による殺害を恐れ、隠蔽したのだろう。それに紛れて魔女との契約についても隠蔽されてしまったのに違いない。


 エリザベスは神妙に魔女を見つめた。帝国には既に知られてしまった。王族に流れる呪いとあれば、この国を攻め込み王族を殺そうと躍起になって来るに違いない。これまでならば、魔女によって守られていたが……。


 契約を破った王家に、魔女の助けなしに抗えるだけの力があるのか。


「それでは、ハルバート様をお助けしていただくことは……」

「まあ、……できないわけじゃないけど、高くつくよ?」

「わたくしに出来ることならば、なんでもいたします」

「なんでも?じゃあ、あんたの若さと美貌をもらうことにするよ?それでも、いいかい?」

「若さと、美貌…?」

「そう、アタシも長くこの地に止まっているとね、体は老いていくんだよ、残念ながらね。だからたまに若さを調達しないと、この地を守る事もできなくなるだろう?魔獣や死霊ばかりのこの土地では、新鮮な生気はなかなか手に入らなくてね。まあ、この森の自給自足でなんとか凌いできたけど、それでも中々満足出来ないのさ。ああ、かといって奉納で生きた山羊やら牛やらを連れてこられてもアタシは肉食じゃ無いから困るんだけどね」


 魔獣や死霊…?やはり噂は本当だったのか。


 エリザベスは目を瞬いたが、意を決してこくりと頷いた。


「その、どの様にして若さと美、美貌を差し上げればいいのか分かりませんが、わたくし程度の見た目で良いのでしたら魔女様のよろしい様に…」

「本当にいいのかい?あんた、アタシのように醜い老婆の姿になるんだよ?」


 魔女の顔がそれほど醜いとは思えないが、確かに皺だらけで鼻にイボがついていて、抜け歯だらけで笑っても口が歪んで見える。魔女っぽいと言えばそうなのかもしれない。先住民がよく似たような風貌をしているのを思い出し、エリザベスは頷いた。


「それでハルバート様が助かるのでしたら、構いません」

「はあ。たまげたね。…分かったよ。それじゃ契約だ。あんたの若さと美貌をもらう代わりにそのハルバート様とやらの呪いは解いてやろう。それからあんたの意気込みに免じて、帝国の血に殺されないように結界も個人限定でつけてやるよ。だけど、アタシとの契約は口外できない。誰にきかれても、魔女に若さと美貌を取られたなんて言えないけど、いいかい?」

「ええ。誰にも言いませんわ」

「若いのに、見上げた根性だね。分かったよ。ただ見た目は醜い老婆になっても、寿命も体力もあんたの今持っているままだ。そのくらいは残してやるよ」


 まあ、どうせあんたの体力なんて老婆とそうかわりゃしないと思うがね、と魔女は笑った。


「ありがとう、ございます?」


 不謹慎にもエリザベスは興味津々だった。寿命や体力を奪わず、見た目と若さを奪う。どうやったらできるのだろうか。魔女なのだから、きっと魔法を使うのだろうけど、その魔法は目に見えるものなのだろうか。



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