凶暴なお漬物

仲津麻子

第1話たまり醤油漬け

「はぁ、なんなんだよ!!」

籐賀勇一とうが ゆういちは、素っ頓狂な声を上げた。

キッチンのシンクの前である。


 バイト帰りにスーパーで夕飯用にお惣菜を買い、家路についたところ、薄暗い道端に木箱を逆さにした台を置いて、物を売っている店に気がついた。


 人気ひとけも無いこんなところで、何を売っているのか、何気なく目をやってみると、台の上には、五袋ほどのお漬物が並んでいた。


「たたかう漬物店」


台の前には、表の文字が透けているようなチラシの裏に、達筆な筆文字で大きく書かれていた。


「たたかう」が、漬物にかかるのか、お店にかかるのか、なんて考えつつ、台の向こう側に座っている老婆をみると、老婆はシワのよった顔をクシャリとゆがめて笑った。


「二百円」


それたけ言って老婆は、一袋を差し出した。


勇一は思わず受け取ってしまってから、慌ててポケットのなかをさぐり、お金を差し出した。


「がんばれ」


老婆はそれだけ言うと、勇一のことなど忘れたかのように目をつむった。



 ひとり暮らしのアパートの部屋へ戻り、あかりをつけ、荷物を下ろす。買って来たお惣菜は唐揚げとポテトサラダだ。


 冷凍しておいたご飯を一膳分、電子レンジにいれて温めながら、野菜室に残っていたカット野菜を皿に盛り、ぐるぐるとマヨネーズをかけた。


 そして、食器棚から小鉢を出し、シンクの前で、先ほど老婆に渡された漬物を入れようとした時に、それは起こった。


 輪切りにしたキュウリを、たまり醤油に漬けた漬物だった。

袋の封を開けて小鉢に入れようとした時、小鉢の中に落下するはずのキュウリが、突然向きを変え、勇一に向かって飛んできたのだ。


いくら何でも、予想外過ぎることに身動きがとれず、キュウリは勇一が着ていた白いトレーナーの胸にぶち当たり、茶色い大きな染みを作った。


「うおっ 何だ!」

勇一は、ぶつかったキュウリの漬物を、両手で振り払おうとしたが、キュウリはそれそぞれバラバラな方向に避けて、勇一の背後に回った。


「宙に浮いてるって、何なんだよ、漬物のくせに」

慌てて漬物の方に向き直り、近くにあった鍋蓋なべぶたを構えて、ばらけた漬物が再び突進してくるのにそなえた。


 キュウリが、次々に飛んでくるのにあわせて、鍋蓋をせわしなく動かしながら、勇一は困惑していた。


たたかうのは店じゃなくて、漬物だったか…… しかし、どうすりゃいいんだ。床に落としたら食えなくなるよな。


 鍋蓋にぶつかって進路を阻まれたキュウリは、一瞬脳しんとうでも起こしたかのように動かなくなり落ちていくが、床すれすれのところで浮き上がって再び攻撃してくる。


それをまた勇一が鍋蓋で防ぐ。

勇一は今だ現実のこととは思えず、キツネにつままれているような気分で、ずっと防戦一方だった。


 ピー ピー ピー と、電子レンジの温め終了の音がした。

キュウリの漬物は突然動きを止めて、何事も無かったかのように小鉢の中に収まった。


<レベルアップしました!>

頭のなかに機械的なアナウンスがした。


何がレベルアップなのかサッパリわからない。


「ステータス! ステータス オープン!」

まさか、と思いながら言ってみたけれど、特にステータスの数値が見えるわけでもなかった。


「とりあえあず飯だ」


 勇一はおとなしく小鉢の中にいるキュウリの漬物を片手で、もう一方の手で温めたご飯を持ち、食卓まで運んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る