解答編

「……以上がそれぞれの人物の証言内容だが……実際、この中に犯人はいるのかよ? どうにもいまいちしっくりこないというか。人が死んでるんだから、誰かがやったのは確かなんだろうが」


 雪見荘の一室を借り受けて、僕と暮月は事件資料に目を通していた。


 裏庭に面した窓からはちょうど、離れへ続く道が見渡せる。午後を過ぎ、晴れ渡った空の下で雪は見事に溶けてしまっていた。規制線の黄色いテープが揺れる様は、なにもかもが終わってしまった後のようにすら見える。


 だが、実際のところ、事件は暗礁に乗り上げていた。証言から犯人をさぐり出そうと、調書を読み返してみても、暮月のいうとおり何かがしっくりこない。


「どうなんでしょう。……もう、源蔵氏が自殺したでいいような気も」

「おいおい、栗澤。それだと俺たちがバカみたいだろ。一応の方針は、殺人事件として捜査してるんだから……そこをブレちまったら意味ないだろ」

「全くもってその通り。なら、少々面倒でも、証言を一つ一つ検証してみましょうか」


 Q1「被害者の死亡推定時刻になにをしていたか?」


 ・如月 琴音は部屋で休んでいた。

 ・如月 正樹は部屋で寝ていた。

 ・如月 奈帆は部屋で本を読んでいた。

 ・岡本 はじめは厨房で仕込みをしていた。


 白い紙を広げ、証言を抜粋してみるとこうなる。書き込まれた文字をじっと見つめた暮月は、自身もペンを手に取ると、その横に続きを書き込んでいく。


 Q2「アリバイを証明する人間の有無」について


 ・琴音→いない

 ・正樹→岡元

 ・奈帆→いない

 ・岡元→正樹


「こうして見ると、岡元と正樹は除外できるんじゃないのかね。一番怪しそうな時間帯に、この二人だけはアリバイがあることになる」

「まだ分からない。二人が共犯で、口裏を合わせている可能性もあります。とにかく、証言におかしな点がないか検証を続けましょう」


 Q3「事件前後の時間帯で気になったこと」について


 ・琴音

 明け方に一度目覚めている。その時に窓から裏庭を見て、雪が一面に積もっているのを確認した。(午前5時頃)

 ・正樹

 眠っていたが、扉が大きな音を立てて閉まったような音を聞いた。(午前5時か6時頃?)

 ・奈帆

 一度厨房に降りたが、誰にも会わなかった。(午前5時頃)

 ・岡元

 源蔵氏と内線で会話。人が来るから離れに近づくなという内容だった。(午前4時)

 厨房で奈帆には会っていない?(午前5時)


「うーむ。バラバラではっきりしないな。どれがどう関連しているのか……そもそも関係あるのかね?」


 暮月のボヤキを聞き流しながら、僕は紙に目を落とした。書き連ねて見たものの、事件と関連しているのかはっきりしないことが多い。


「岡元が源蔵氏と内線で会話した……その証言が確かなら、午前4時頃にはまだ、源蔵氏は生きていたことになる。そうすると、死亡推定時刻午前4時以降から7時の間に間違いないことがわかりますね」

「岡元の証言が正しい場合だと、源蔵は訪ねてきた誰かに殺されたことになるが……そいつは一体、いつ離れに移動したんだ? 琴音の証言じゃ、午前5時ごろの裏庭は、一面に雪が降り積もってたんだろ?」


 暮月が紙を睨みながら、指先をテーブルに打ち付ける。苛立ちを表す指先を見るともなく見て、僕は一度目を閉じた。問題は、『いつ』離れを訪ねたかだが……。


「……正樹の証言はどうだろう。扉が閉まるような大きな音がした……これはその時間帯に、誰かが外に出た、あるいは中に戻ってきた、ということを表しているのでは?」

「もしそうだとすると、正樹と岡元が厨房であったのは午前6時ってことになる。琴音の証言も正しいなら、午前5時に犯人は外に出ていないってことだろ?」

「そうすると、奈帆が午前5時に厨房で岡元に出会わなかったのはたまたま……なのでしょうか」


 Q4「離れへと続く道の足跡」について


 ・琴音

 午前7時頃、離れに向かった。その時に気になるものはなかったと証言。

 ・正樹

 そもそも見ていないので分からない。

 ・奈帆

 足跡は見ていない? 足跡が琴音のものしかないことについて言及。(雪の降っている間が犯行時間では?)

 ・岡元

 近づくなと言われていたため、確認していない。


「……はい? どういうことだこれ」


 琴音の証言によって、犯行が雪の止んだ後である午前4時以降という説が崩れてしまった。僕と暮月は顔を見合わせ、同時に首を横に振った。あり得ない。これでは、そもそもの犯行が不可能という話になってしまう。


「どういうこと……なんでしょうね。琴音嬢の証言の意味は……?」

「これで最初に戻るわけだな。足跡は一往復分だけ。離れへ行ったのは、琴音だけだってことになるんだから……こりゃ、アレじゃねえか?」


 ニヤリと暮月は笑い、紙に指を突きつける。そこにはある人物の名前。今までの流れから考えれば、その人物以外に犯行は不可能なのだ……。


「さぁて、犯人を呼び出して、真相を聞き出してやろうぜ!」


 そう、犯人である彼女——如月 琴音を。


 ※ここまでで、解答編は終了だ。

 僕たちがたどり着いた犯人に、あなたは納得するだろうか。

 それとも——本当の意味での解決編である真相に、気付けただろうか?

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