マチュアの章・その6 報告と今後についてです

  

 マギアスの大洞窟から脱出して10日。

 無事に城塞都市・カナンまで帰還することができた。

 帰りの道中も、何度かモンスターに襲われたりはしたものの、特に大きな被害を被る事もなかった。

 ただ、マチュアの【魔障酔いマナバースト】の発作が落ち着かなかったので、帰り道は少し時間がかかってしまったのである。


「では、私は一度神聖教会にいってきます‥‥」

「ああ、お疲れ様。俺たちは報告があるので冒険者ギルドに向かっているから、後からでも構わないので合流してくれ」


 と告げるサイノス。


「それでは、あまり無理しないでくださいね」

「ケビン枢機卿にちゃんと魔障酔いを解除して貰ってきなよー」


 メレアとフィリアにそう促されて、マチュアは一行と分かれて神聖教会へと向かっていった。


……


「おやおや、随分と酷い事になっていますね。とりあえず此方に座って下さい」


 神聖教会に入るやいなや、ケビン枢機卿はマチュアの姿を見て早足でやってきた。


「ええ。魔障酔いだそうで。どうにかできますか?」

「まあ、それほど難しくはありませんよ。普段から魔障に馴染んでいない人が、高度な魔術を駆使した時に起こる、一種の拒絶反応ですからね」

 と告げつつ、私の額に掌を翳す。


──スッ

 そして何かを呟いた途端、ゆっくりと体が軽くなっていった。


「これで大丈夫。乱れていた体内の魔力を整えましたから。マチュアさん、貴方のキャパシティは確かに常人離れしていますけれど、魔術などは貴方にとっては未知の領域の筈です。慌てずじっくりと、時間をかけて慣らしていってください」


 ああ、この人は私の素性も全て判っているんだと、今更ながら確信した。


「了解しました。ありがとうございます」


 と丁寧に頭を下げて立ち上がる。


「いえいえ、神聖教会は迷えるもの全てに救済の道を示さなくてはなりませんから。お大事に」


 屈託の無い笑顔でそう告げると、ケビン枢機卿は別の信者のもとへと向かっていった。

 全てに対して、彼は平等なのであろう。

 そしてマチュアは暫くここで休んだ後、冒険者ギルドへと向かっていった。



 ○ ○ ○ ○ ○



 初めてきたときと同じように、やっぱりここは騒がしい。

 大勢の人が出入りしている入り口で中をちょっと確認してから、マチュアはギルドの中央ホールへと向かっていった。

 そこの一角で、メレアとフィリアが食事を摂っているのが見えたのである。


「おまたせしました。ご心配をおかけして申し訳ないです」

「いえいえ、無事に調子が戻ったのですね。お疲れ様でした」


 にこやかに告げるメレア。

 その横では。


「フムフムウンクウング、フガムグゥグゥムム‥‥」


 ちょうど焼きたての大きな肉を頬張っているフィリア。


「ちょっとフィリアさん食べてから!!」

 全くもう。


──ゴクッ、ングング‥‥

「ぷっはぁぁぁぁ。おかえりマチュアねーさん、いや、マチュアさん」


 ん? 呼び方が変わったぞ。


「あれ? ねーさんじゃなくなったのですね」

「サイノスに怒られたんだよー。年上なんだから、ちゃんと呼びなさいって」

「へ? 私フィリアさんより年上なのですか?」


 と問いかける。


「だってエルフでしょ? その外見年齢でエルフなら確実に僕より年上じゃないとおかしいよ」


 そういうものなのか。

 ならそういうことにしておこう。


「そうですか、まあ、私はねーさんでも気にしませんからね。それよりもサイノスさんはどちらに?」


 と周囲を見渡す。


「サイノスでしたら、報告書を提出に向かいましたわ」

「うんうん。報酬がどこまで減額されるかが見ものだね」


 メレアの言葉に続いて、腕を組んでそう告げるフィリア。


 チームリーダーであるサイノスは、早速報告書を作って冒険者ギルドに提出しに向かったらしい。

 この報告書が通れば依頼は完了である。

 すでに洞窟手前の村で、依頼内容を深層部までの踏破ではなく原因究明とその調査に切り替えて貰ってきたのだが、そこまでたどり着くことができなかったので、一時的にアンデットたちが出てこられないような処置を施したという報告である。

 そのままマチュアも食事を取りつつ、メレア、フィリアと共に静かにサイノスを待っている。


「報告が通れば良いのですけれど」

「まあ、包み隠さず報告書には書き込んだので、問題はないってサイノスは言っていたからねー」


 その二人の話に耳を傾ける。

 時折あちこちのテーブルから、マチュア達のことを話ししている声も聞こえてくるが、そんなのは知ったことではない。

 すると、奥のカウンターの方から、頭を掻きながらサイノスが戻ってきた。


「ふぅ。やっと認可されたよ。俺達の依頼は完了ということになった」


 と告げつつサイノスが席に着く。

 そのままエールを注文して、報告で乾ききった喉にエールを流し込む。


「クゥゥゥゥゥゥゥゥッ。この一杯のために冒険してる」


 と呟くと、ようやく落ち着いたのか話を始めた。


「回廊入り口までの安全確保と入り口からアンデッドの流出を防ぐ魔法陣の設置。これで一応任務は完了扱いになった。この後はさらに別働隊を組んで、回廊の内部調査が始まるらしい。可能ならばそちらにも協力してほしいという事だ」


 と告げてから依頼料の入った袋を4つテーブルに置く。


──ドサッ

 かなり重い音がする。

 近くのテーブル連中は、此方を見てヒューッと口笛すら鳴らしている。


「で、これが今回の報酬。かなり減額されたけれど、一人あたりの報酬は金貨80枚。破格な報酬だったよ」


 とフィリアとメレア、そして俺に一つずつ袋を渡してくれる。

 取り敢えず、暫くの間の滞在費用は捻出できた。

 この街を拠点にして、しばし魔法や自分の能力について今一度確認しなくてはならないようだ。

 近くの街に移動するというのも考えたが、近くの大都市までの地図がない。

 他の街へ向かうのは、自分の能力を見定めてからでも遅くはないだろう。

 と、そんなことをのんびりと考えていると。


「そこでだ。マチュア、うちのチームに入らないか?」


 とサイノスが木製のジョッキ片手にそう話しかけてきた。

 当然、そうきますよね。


「あ、サイノス、そのがさっきの話に出ていたトリックスターさんか。サイノスのパーティーじゃなくてうちにきなよ」

「いやいやジェイク、お前のとこは大所帯だろう? うちのパーティはどうだい? ちょうど【治療師ヒーラー】が抜けたばっかりなんだ」


 と再びの勧誘合戦が開始された。

 まあ、無詠唱で高位魔術が使える逸材は、何処のパーティーでも喉から手が出るほど欲しいところでしょう。

 マチュア自身も今回の依頼で、パーティーの重要性については理解した。

 けれど、まだマチュアにとっても知りたいことが山のようにある。

 なによりも、魔術の訓練はあまり人に見せたくはない。

 それに、パーティー登録すると場所に縛り付けられそうなので、ここはパスしておいたほうが無難だろうと考えた。


「お気持ちは嬉しいのですが、今しばらくはフリーでやってみたいと思っています。申し訳ありません」


 とサイノスを始め他のパーティーの方々に、お断りの返事を返した。


「まあ、そうだよね。いきなり参加してあんなヘビーな依頼をやったら、様子見したくなるよね」

「暫くはこの街を拠点にフリーで活動しますので、もし私の力が必要な時がありましたらおっしゃってください。手が空いていたらご協力しますので」


 フィリアにもそう告げておく。


「そうですか残念ですわ。またしばらくはサイノスのお世話を私達だけでしないといけないとは‥‥ハァ」


 メレアさん、それは酷い。

 けれど、サイノスに『うっかり属性』があるのはなんとなく理解したのも事実。

 ここはそっと離れておくのが無難でしょう。


「それでは今回はありがとうございました。また何かあるときは宜しくお願いします」


 と告げて一礼すると、マチュアはとりあえず冒険者ギルドをあとにした。



 ○ ○ ○ ○ ○



 カナン城塞都市を拠点とするためには、まずは『住居』の確保である。

 冒険者ギルドの受付で、安く借りる事のできる家があるかどうか聞いてみた。


「そうですねぇ。下町の方には安く借りられる空き家は結構ありますけれど、治安という点についてはあまりお薦めできませんねぇ」


 ふむふむ。


「ここにいる方々でも、その辺りに住んでいらっしゃる方も大勢いますけれど、女性の一人暮らしとなるとねぇ。商業区画の方はある程度治安がしっかりしていますけれど、家賃がお高くなりますから」


 との事でした。


「そうですかー。木賃宿みたいなところでもいいのですけれど」


 ようは長期で借りられるのなら普通の宿屋でも構わないのである。

 と告げたら、受付嬢がポン、と手を叩いた。


「それでしたら、冒険者ギルドから少し離れた所、商業区と下町の中間にある宿がよろしいですよ。ギルドとも提携していますので、こちらで紹介状をお書きしましょうか?」

「それはぜひお願いします」


 渡りに船とはこのことだ。

 そのまま紹介状を受け取ると、指定の宿屋へと向かっていった。


……


 冒険者ギルドから徒歩5分。

 商業区と冒険者ギルドのある中央区画の境目にあるその宿は、一階が大きな酒場になっている。

 二階と三階が宿屋になっていて、宿泊客の食事は一階の酒場で食べるようになっていた。

 風呂はなく、近くにある大浴場へと向かわなくてはならないらしい。

 宿代は先払いで一日銀貨1枚、一月借りるとなると金貨3枚が必要になる。

 俺はその一階部分にある酒場のカウンターで、店主であろうドワーフの男性に紹介状を提出した。


「冒険者ギルドの紹介できました。こちらをお願いします」


 ニッコリと微笑んで紹介状を手渡す。


「ほほう、どれ‥‥と、なるほどねぇ。どれ位の期間、部屋を借りるんだ?」


 ニィッと笑いつつそう告げる店主。


「そうですねぇ。私も冒険者ですので、ちょくちょく留守になることもありますが。とりあえず半年でお願いします」


 そう告げて、カウンターに金貨を20枚差し出した。

 付け届けはしっかりとしておくぜ。


「2枚多いぜ」

「ええ。これからお世話になるのですから」


 とだけ告げると、店主は金貨をカウンターの下に仕舞い込んで、一つの鍵を出してくれた。


「2階の一番手前だ。表通りに面しているのでかなり煩い部屋になる。その代わり、今月分の朝食はサービスしてやる。俺の名前はノリスだ。店長でもノリスでも呼ぶ時はどっちでも構わん」


 おお、朝食ゲットだぜ。


「ありがとうございます。それではこれから宜しくお願いします」 


 とニッコリと微笑んで、マチュアは一旦部屋へと向かっていった。



「さてと。部屋の鍵もかかるけれど、セキュリティをしっかりとしないとねぇ‥‥」


 そう呟きつつ、ウィンドゥを展開して各クラスのスキルを確認する。

 その中で【敵対者、もしくは侵入者が発生した場合に警告を発してくれる】スキルを探す。


「ふむふむ。そんな便利な魔術は意外とないような‥‥あった!!」


 【魔術師ウィザード】の魔術の一つで、【範囲型セイグリッド敵対者警告エネミーアラート】という魔術である。

 一度発動すると、かなり長時間設置できるという優れものだ。

 もっとも、普通の魔術師が設置するとせいぜい1日しか持続しない。

 俺の魔力でなら半年は固定できるが。

 とりあえず一ヶ月設置することにした。


──ブゥゥゥゥン

 足元から魔法陣を展開する。

 部屋の床や天井、壁に至るまで全てに魔法陣が広がっていく。


「詠唱ねぇ‥‥」


 この程度の魔術には詠唱など必要ないと思うのだが、手順を外すとまた魔障酔いが発生しそうなので、ゆっくりと韻を繋いでいく。

 と、詠唱に反応して室内が淡く点滅を開始する。

 やがて魔法陣全体が大きく輝くと、室内に展開していた魔法陣がスッと消えていった。

 設置完了である。

 手順を踏んだせいか、全くと行っていいほど疲労はない。


「これは、本当に今後の課題だなぁ‥‥」


 と呟いてベットに腰掛ける。

 マチュアの知識で色々と調べたら、聖属性=セイクリッドなのだが、広範囲=セイ・グリッドという魔術言語になっているらしい。

 色々とややこしいが、範囲設定は司祭の上位補助魔術であるらしく、聖なる力によって‥‥というのが変形したらしい。

 まだまだ、調べることは色々とありそうである。


「ふう。貴重品は普段から持ち歩くから問題はなしとして。さて‥‥」


 と呟いて、そのままベットに横たわった。


「しかし、この短期間で色々とありすぎだよ‥‥。今日はもういいや」


 と呟きつつ、静かに瞼を閉じる。



「異世界で新しい身体。女性の身体になってから、言葉遣いや感覚も女性化しつつあるのが怖いわぁ‥‥」


 俺だった口調もだんだんと私に変わっている。

 つっけんどんな物言いは変わらないが、女性のように柔らかくなっているのも理解している。 


「まあいいか‥‥明日から‥‥本気‥‥だ‥す‥」


 そこで意識が途切れた。

 睡魔に負けてしまったのだ。

 明日からは楽しい都市生活が始まる。


 【魂の修練】についても、色々と調べる必要がありそうだ‥‥。

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