ゲート・ジ・アース:記憶残存IF

水咲雪子

レオン・アルスのプロローグ

 一度だけ、本物の魔法を見た事がある。


 その魔法師は賢者と呼ばれ、全ての魔術師の憧れとなっていた。それは俺、レオン・アルスも例外ではない。


 彼の魔法を見た当時の俺は、その輝きの美しさに震えた。


 元は親の勧めで半ば強引に決められた弟子入りだったが、あの日から彼と俺は本物の師弟になった。


 だがそれから五年経った今も、俺が魔法を使うことはなかった。いや、正確には使えなかったというべきか。


 その理由は今から二年前に遡る。




 あれは暑い夏の朝のことだった。俺と師匠の住むヴィドラ皇国の夏は[灼熱のヴィドラ]と呼ばれるほどに暑い。部屋の至る所に置いた氷も数分後には溶けてしまい、気休めにもならないほどだ。


 今日は一日のんびりしていたい。そんな願いは儚く砕け散った。


 来客だ。まだ日が上って間もないこの時間にくるとは、余程急ぎの用事なのだろう。無遠慮に何度も続くノックからも来客の必死さが伺える。


「何か御用ですか?」


 俺が問いかけると、「失礼します」と短く挨拶がされ、扉が勢いよく開かれた。


 客人は兵士のようだった。全身を鋼鉄の鎧に包んだ青年、その胸元にはヴィドラの象徴であるグリフォンが刻まれている。色は金。どうやらこの青年は皇宮に仕えるエリート中のエリート、皇宮騎士のようだ。


「レオン・アルス様でお間違えないですか?」


「はい。そうですが」


「極めて重要なお話がございます。皇城まで御同行を」


 青年は一通の手紙を差し出しながらそう言った。手紙は皇家の家紋の封蝋で閉じられている。


「皇家からの呼び出しですか。無視するわけにはいきませんね」


「そうしてもらえると助かります」


 正直に言うと、皇城はあまり好きじゃない。


 俺の家系、アルス家は元々小さな下級貴族だったが、俺が賢者の弟子となったことで今は上級貴族の仲間入りを果たしている。当然そんな成り上がり貴族をよく思わない者は多い。


 貴族が頻繁に出入りする皇城に行けば白い目で見られるのは必至だろう。


 皇城ならきっと高度な魔術で過ごしやすい気温になっている__そんな一抹の希望で不信感を振り払い、青年が乗ってきた馬車に乗り込んだ。




 場所は移り皇城の一室。


 会議室だろうか。中央に大きな円形の机が置かれ、それを取り囲むように椅子が並べられている。


 ここには俺の他に四人の男女が居る。内二人は顔見知りだ。


 呼び出した当人はまだ来ていない。


「やぁレオン。久しいな」


「そうだな。トーヤ」


 声をかけてきたのはトーヤ・エディット。剣聖の息子で一番弟子の男だ。


「それにしてもすごいメンツだね。賢者に剣聖に勇者、導師、魔王。称号保有者タイトルホルダー全員の一番弟子が揃い踏みとは……」


「手紙の通りならこのメンバーは不思議でもないだろ」


「流石次代賢者様は理解が早いね」


「バカにしてんのか?言っておくが俺は賢者にはならないよ」


「バカにしているつもりはないけど……それはまたどうして?」


「俺が師匠に弟子入りしてもう三年。それだけ教えを受けているのに、俺は未だに魔法を使えてないんだ。今の俺に賢者を受け継ぐ資格は無い」


 トーヤが「そんなものかね」と呟くのと時を同じくして扉が勢いよく開かれ、初老の男が入ってきた。


 彼の名前はリベル・ヴィドラ。この国の皇様だ。


「待たせてしまってすまない。少し立て込んでいてな」


「そこは問題ありません。それより、これはどういうことですか?」


 青年から受け取った手紙を開いた状態で机に出す。そこには『選定の儀を行う。速やかに皇城へ向かうべし』と書かれている。


「何故継承ではなく選定なのですか?称号保有者タイトルホルダーは当代から直接受け継ぐことができるはずですよね?」


 リベルは堪えるように目を瞑り、数秒経って重い口を開いた。


「……マクリーンが死んだ」


「「「「「!?」」」」」


 この場にいる全員が同じ疑念を抱いただろう。マクリーンとは当代賢者の名前だ。すなわち俺の師匠の名前である。


 賢者は全魔術師最強の称号だ。相性の良し悪しはあれど、殺すのは容易ではないだろう。そんなことが可能な人物は限られる。それがこの場の全員が抱いた疑念だ。


 だが、この疑念はすぐに否定される。


「マクリーンだけではない。剣聖アル、勇者ベイル、導師ビビアン、魔王セクスト。彼ら全員が消えた。全くの同時にだ」


 今度こそ言葉を失った。称号保有者タイトルホルダーを殺せるのは称号保有者タイトルホルダー。俺たちはさっきそう考えた。もし彼らが対立し争った末亡くなったのなら、生き残りがいて然るべきだ。仮に共倒れになったとしても、死ぬタイミングには誤差が生まれるはずだ。全くの同時となるとこの疑念は否定される。


「死因は分かっているのですか?」


「不明だ。各国の情報網を駆使して原因を探ったが分からなかった」


 リベルの拳は爪が食い込んで血が滲んでいる。寝れていないのだろう。目元には深いクマが出来ていて顔色は最悪だ。見ただけでも彼が追い込まれているのが分かった。


「だがそれでも称号保有者タイトルホルダーはこの世界に必要だ。彼らがいないのなら次を決めねばならん。だから君たちを呼んだのだ。彼らの指導を受けた一番弟子である君たちをな」




 こうして、選定の儀によって俺は賢者の称号を得るに至った。


 魔法を習得出来ないまま師を失い、同時に学ぶ機会を失った。それが魔法を使えないまま賢者となった経緯である。


 半ば惰性で研究を続けているが魔法習得の手がかりすら掴めていない。


 そんな今日のことだ。いつものように研究所の一室で魔法の実証実験をしていると、足がもつれて尻餅をついてしまった。何かに引っ張られたような感覚だ。


 魔法による作用ではない。魔法が成功していたなら魔法陣は特有の光を発するのだが、今回はそんな様子も無いからだ。


 俺は〔魔眼〕の術式を構築し、引力の発生源と思われる部屋の中央を見た。


 するとそこにあったのは……。


「これは……穴か……?」


 天井から床まで開いた大きな穴、空間の亀裂とも言えるそれから引力が発生している。


 それも、少しづつ引力は上昇しているようだ。先程までは引き寄せられる気がする程度だったのが、今は壁に手をつかないと立つことすらままならなくなっている。


「とにかく、早く避難しない___⁉︎」


 部屋の扉に手をかけた瞬間、今までとは比べ物にならない程引力が強まり、全身が宙に浮いた。


「おわああああああああ__」


 そして、意識を失った。

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