スパム

空乃 かなた

第1話 プレゼントメール

 いつもと同じ時刻、午前八時五分、綾瀬駅を出発する千代田線の先頭車両に、遥は跳び乗った。

(うわー、たくさん来てるなー!)

 昨日の夜から今日の朝にかけて、ベッドで熟睡している間に送信されたメールが、受信メールの中にたくさん入っている。電車のドアが閉まる。見慣れた駅が少しずつ遠くなっていく。流れていく窓の外の景色を背景に、遥は受信メールのアドレスの一覧にざっと目を通した。返信が必要なメールアドレスも多かったが、送信者不明のアドレスもかなり目についた。

(こういうメール送る人って、どこで私のメアドみつけるのかな?)

 スパムメールは、アドレスやメッセージの件名を見ただけで怪しい匂いがぷんぷん感じられる。遥は内容を確認しながらスパムメールを消していくのに集中する事にした。

(これって何とかならないかしら! ある意味で嫌がらせよねー)

 見覚えのないメールアドレスがずらっと並んでいる。まず1件目。

『当選決定のご報告です! 本日の抽選3542名の中から貴方に決定いたしました。こちらから登録して、豪華商品を今すぐ手に入れてください!』

(ってこんなところに登録したら、またあやしいメールがたくさん送られてくるんじゃない?)

 2件目。

『この前は楽しかったね! 明日の待ち合わせ場所はココに書いておいたから。またみんなで盛り上がろうよ!』

(あなた誰よ? 私、あなたと会った事もメールした事もないんだけど)

 3件目。

『時給5万円のビジネスで素晴らしい人生を!!』

(一体何の仕事やらせるつもりなのかしら。風俗か警察のお世話になるのがオチだと思うけど)

 4件目。

『新着プレゼント速報! ただ今、現金一千万円、高級車、高級時計の当選者続出中!』

(そんなうまい話あるわけないでしょ!)

 5件目。

『一週間で十キロ減量成功! 無料サンプル進呈します! お申し込みはこちらから!』

(削除っと! 何飲ませるつもりなのかしら? ちょっとやばそうな感じ……)

 利用しているキャリアのメールフィルタでもすり抜けてくるスパムメールはどうにもしようがない。手動で削除あるのみと決めている。おいしそうな言葉を並べたててあるメッセージには要注意だった。以前、軽く考えて『ここをクリック!』を押したら、サイト利用料として高額な利用料を請求されたことがあった。

(これ、友達のメアドと似てるなー。これで『あの後どうだった?』って聞かれると、読んでみたくなるのよねー。しないけど)

 削除するメッセージの中には、消すのがもったいない気持ちがするメッセージもある。そういう時は少し時間を置いて消すようにしていた。親指をすばやく動かしながらのスパムメールの削除もやっと終わりに近づいた頃、遥は一件のメッセージを見つけた。

『必ず十人の中から当たる! 伊香保温泉で豪華なランチを食べながら現金三千万円をもらおう! *はずれた方にも交通費として三万円をもれなく支給! 参加希望の方は『参加する』をクリックしてください。開催日時とゲーム会場の説明をさせていただきます。参加を辞退する方は『参加しない』をクリックしてください。次の候補者の方に参加権が移動します。それではゲーム会場でお待ちしております。グローバル企画』

 内容としては、よくある架空の当選メールだった。遥がこのメールをすぐに消すのをためらった理由は二つあった。一つ目はメールの文面で参加、非参加の選択が出来ることで、いたずらに参加を強制していない事。もう一つは、スパムメールでは見かけないランチを食べながらゲームという、人を食ったようなユーモアのある文面が面白かった事だった。

(めずらしいスパムメールね。新手の詐欺メールかしら? これ面白いから休み時間、沙希に見せてあげよう!)

 軽く押しかけた削除ボタンを離して、遥は次のメールに視線をずらした。電車が何度か大きく前後に揺れた。遥は今日の運転手に『がんばりましょう』の不合格点をだした。

(これで終わりっと!)

 残ったのは、友達や知り合いのメールと『必ず十人の中から当たる!』という一件のスパムメールだけになった。乗り換えの駅がだんだん近づいてくる。遥はスマホをバッグにしまい、ドアが開くのを待った。

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