第73話 テンブルク領で集う者たち

 音楽祭での事件を経て、各々目まぐるしい日々を送っていた。


 黒狼会は商売をしつつ、帝都地下空間を中心に冥狼の痕跡を追う。騎士団も同様に冥狼を追い、関係があると思わしき組織にも立ち入り調査を行う。そして肝心の冥狼はというと、ディアノーラの予想通り帝都を出ていた。


 これにはいくつか理由がある。騎士団の影響もあり帝都で動きにくくなった事、そして関連組織の離脱が増えた事。また単純に黒狼会を恐れたという事もある。


 リアデインとヴェルトの戦いを目の当たりにし、正面から黒狼会を破るには、自分たちも相応の戦力が必要だと理解した。


 そしてその相応の戦力にあたる結社エル=グナーデ。その一人、グナトスは元々ヴィンチェスターに用があって帝都に来ていた。


 だが当のヴィンチェスターが帝都を出ていたため、グナトスは冥狼幹部たちを引き連れてテンブルク領へと入っていた。


 この事は冥狼からしても都合が良かった。帝都内で大きくその影響力を落としたものの、他領ではそれなりに幅を利かせているのだ。懇意にしている盗賊団も存在している。


 少なくとも帝都に残っているよりは動きやすい。テンブルク領では下部組織の世話になる算段もついていた。


「はん……ヴィンチェスターが帝都に残っていれば、わざわざこんな遠出する必要はなかったのにな」


 グナトスは森の中で溜息を吐いていた。リアデインが自分の任務と趣向のために、派手に動いた結果のしわ寄せを受けた形だ。


 そのリアデインももうこの世にいない。冥狼のボスであるキヤトは、森に跳ぶ小さな虫をうっとうしそうに追い払いながら話しかける。


「グナトスさん。冥狼に戦力は……」


「心配しなくても閃刺鉄鷲から何人か貸し出される。それに俺の他の閃罰者もやってくる。黒狼会は気になるが、まぁ相手じゃねぇだろうナァ」


 グナトスはくく、と小さく笑った。思い出すのはフィンを追い、ガードンと戦った時の事だ。互いに拳同士、大いに殴り合った。


 エルクォーツの力を引き出した自分の拳を、正面から受けきれる者などそうはいない。だがガードンはしっかりと耐え、しかも自分と同等の力で殴り返してきた。これはグナトスには信じられない出来事だった。


 しかしフィンは何か不思議な力を持っていたし、ガードンもそれに類する力があったと推察はできる。かといって結社エル=ダブラスの関係者でもない。


 この大陸で自分たち結社とは違う方向で、エルクォーツの研究をしていた者たちがいるのではないか。そんな予感に胸を躍らせもした。


 だがガードンとやり合った時、自分は本気ではなかったし、他の閃罰者も強者揃いだ。それにまだ七殺星も残っている。


 黒狼会も強者がいるのは間違いないが、リアデインをやったというヴェルトやガードンクラスの強者がそうそう多くいるとも思えない。だがその実力を無視できない。


 何とか黒狼会を抱き込むか、無理ならガードンたちの強さの源になっているであろうエルクォーツを回収したいと考えていた。


「ふん……薄汚いネズミどもめ。私をこんなところに呼び出しおって……」


 声がした事でグナトスは顔をあげる。そこには豪奢な服を身にまとった貴族が近づいていた。キヤトはその男に視線を向ける。


「ヴィンチェスター様。お久しぶりだねぇ」


「軽々しく名を呼ばないでもらおうか。誰のせいでこうなったと思っておる……!」


 現れたのはヴィンチェスター・ハイラントだった。音楽祭での事件をきっかけに外堀を埋められ、テンブルク領に封じられた形だ。


 今は領主であるガリグレッド・テンブルクの世話になっていた。


「お前たち冥狼がバカな真似をしてくれたせいで、私はこんなところに来るはめになったのだぞ……! 答えろキヤト! 何故あんなことをした……!? どれだけの貴族が死んだのか、分かっているのか!?」


「……あれは私たちにとっても不本意だった。だがスポンサーの意向には逆らえなかったのさ」


 そう言うとキヤトは隣に立つグナトスに視線を向ける。ヴィンチェスターもつられて視線を移した。


「スポンサーだと……」


「お前がヴィンチェスターか。ふん……俺にこんなところまで足を運ばせやがって」


「貴様……! ネズミ如きがこの私に……!」


 グナトスはヴィンチェスターの言葉を途中で遮り、近くにあった樹の幹に拳を叩きつける。樹は轟音を鳴り響かせながら大きく抉れ、半ばから音を立てて倒れはじめた。


「…………!」


 およそ人の力でできる事ではない。その事実を前にして、ヴィンチェスターはおろかキヤトも無言になる。


「俺はどちらかと言えば短気な方だ。だから要件は手短にいこう。……大幻霊石、エル=グラツィアの欠片を持っているな? それを寄越せ」


「な……」


「もちろん対価はある。結社エル=グナーデの力を貸してやろう。帝都に返り咲くのに、力と金はいくらあっても邪魔にはならないだろ?」


 グナトスのすごみに押され、ヴィンチェスターは黙って首を縦に振る。


「力というのは……?」


「……元々結社はガリグレッドとは取引がある。まぁついでというやつだナァ」


 今いる領地を納めている貴族と結社は関係がある。この事実にヴィンチェスターとキヤトは目を大きく見開いた。


「ガリグレッドが……なぜ……」


「あぁん? あいつも帝国を代表する大領主だろう。いろいろ悪い事は考えていんのさ。あと音楽祭での出来事は俺とは別口だ。俺に文句は言うなよ」


「……一つ聞きたい。音楽祭での事件は、何を目的にしたものだったのだ……?」


 グナトスは少し黙ったが、すぐに口を開いた。


「赤い眼の皇女。アデライアといったか。そいつの誘拐だ」


「な……! 皇族を狙ったのか……!? 何故……」


「さぁナァ。まぁ大方、古の血に目覚めた者の血液が欲しかったんじゃねぇかナァ。お前、いろいろ手を打って、皇女の血を冥狼に回していただろ? その時に冥狼もいくつか実験をしていたはずだ。そしてそのデータは結社に共有されていた。まぁ俺はそのデータを見ていねぇから、理由は分からんが」


 そう言うとグナトスはキヤトに視線を向ける。キヤトも小さく頷いた。


「あ、ああ。確かに、結社から渡されていたいくつかのプロトコルに基づいて実験は行ってたよ。特に皇女の血を使うと、人間でも化け物になった時の安定性がある程度得られていたんだ」


「ふん、んなこったろうと思ったぜ。多分それだ。結社の研究部門が、皇女の血をまるまる使いたいって考えたんだろ。しかしそうなると、また皇女さらいのために人が送られてきそうだナァ」


 グナトスはそう言うと考えを深める。おそらくアデライアをさらうため、新たな七殺星が派遣されてくるだろう。ついでに冥狼への補充戦力もいくらかやってくるはずだ。


「……もうすぐ結社の戦闘部隊もここにやってくる。お前とはその時、改めてガリグレッドの屋敷で会うだろう。エル=グラツィアの欠片はその時に譲り受ける。いいな?」


「……分かった。私もガリグレッドに確かめたい事がある」


 ヴィンチェスターは自分が身を寄せていた貴族が、まさか結社と繋がりがあったとは考えていなかったのだ。だが思い返せば、それらしい出来事はいくつかあった。


 それにガリグレッドが結社と繋がり、何を企んでいるのかは確認しておきたい。自分がどうするかはそれからだ。


「ふん……。何かでかい事が起こりそうな予感がありやがるナァ」


 そう言うとグナトスはその場を去って行った。キヤトもグナトスとは違う方向に移動し始める。これから領都で勢力を伸ばしている下部組織や盗賊団と合流予定なのだ。


 一人残されたヴィンチェスターは、グナトスが叩き折った樹の幹を見ながら難しい表情を浮かべた。


「結社……冥狼……ガリグレッド……そしてエルヴァール。おのれ……! 見ていろ、私はこのままでは終わらん……!」

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