第68話 音楽祭のその後 騒動の影響

 音楽祭での事件は貴族たちの間で大きな話題となった。


 今や大陸に覇を唱える大国の貴族が多くの死者を出し、帝都に巣くう闇組織冥狼に良い様に引っ掻き回されたのだ。帝国貴族たちとしてはメンツが丸つぶれになる。


 そして責任の所在も問題にもなった。その一端は音楽祭を主催したルングーザ家と、当日会場を警備していた正剣騎士団にも及んでいた。


「すまんな、クインシュバイン。私でも庇いきれそうにない」


「……実際に死者が出ているのです。致し方ありません」


 クインシュバインは騎士団総代のディナルドと音楽祭当日の事について情報交換を行っていた。


 今回の事件で評価を大きく下げた貴族もいれば、逆に上げた貴族もいる。その一人が、エルヴァール・ミドルテアだった。


 彼は皇女アデライアが誘拐されたと見るや、自分の従者をディアノーラに協力させ、見事に取り返してみせた。そしてもう一人の従者は会場で暴れる獣相手に獅子奮迅の活躍を見せ、ほとんど一人で片付けてもくれた。


 従者に見せかけた護衛だという事は誰もが気付いていた。しかしその護衛を2人とも自らを守る事より、皇族と会場の安全確保に使ったのだ。


 改めてエルヴァールの皇族への忠誠が示されたのと同時に、帝国貴族としての名を上げる要因となった。自らは最後まで逃げず、会場に居続けていた事も関係している。


「黒狼会のボス、ヴェルトについては聞いたな?」


「はい。手柄を騎士団に譲る形で、自らは身を引いたとも」


 アデライア救出については、彼女の護衛であるディアノーラが行った事になっていた。


 エルヴァールの従者であったヴェルトや騎士団はその手伝いをしたものの、あくまで救出したのはディアノーラであるという事になっている。


 だが実際に地下通路で行われた経緯については、ディナルドや皇帝ウィックリンを含め、一部の上層部はディアノーラより報告を受けていた。その上で、ヴェルトの活躍は本人の希望通り隠した方が良いという判断だ。


「黒狼会には借りができたな」


「はい。実際、あの場にヴェルトと黒狼会の幹部、ハギリがいなければ被害は更に広がっていたでしょう」


 ハギリについても謎が多かった。クインシュバインが見た時、彼は確かにじいさんの姿だった。


 だが1階で戦うその様は、どう見ても若返っていた。さらに振るっていた武器といい、どうやって会場に持ちこんだ物なのかという疑問も残っている。


「総代。黒狼会は……」


「特に報償は与えんが、追及もしない。これは陛下がお決めになられた事だ」


「は……」


 クインシュバインやディナルドとしては、今回の件で黒狼会の面々を招聘し、詳しく事情を聞く事は必須だと考えていた。


 だがこれに待ったをかけたのが、他ならぬ皇帝自身だった。どういう訳か皇帝ウィックリンは、今回の件で黒狼会に深く追及するのを許さなかったのだ。


「ああ見えて陛下は自分の娘の中で、アデライア様を一番気にかけておる。陛下なりの礼のつもりなのだろう。それにこれまで黒狼会が、騎士団に協力的な姿勢を見せていたことも関係している。今回の件と合わせて、帝国に仇なす者たちではないとご判断されたのだろう」


「……そうですか。しかしアデライア様に関してそこまで気にかけておられたとは……?」


 アデライアが一時貴族たちの見世物の様な扱いを受けていたり、医者から検査と称して血を抜かれていた事をクインシュバインは知っている。その事を良く思わない一人でもあった。


「陛下の政策がミドルテア派寄りだという事は知っていよう? アデライア様の眼が赤くなられてから、彼女に関わる様になった貴族はハイラント派が主だ。陛下なりにバランスを取る上で、気を使われていたのではないかな。宮中において、ミドルテアとハイラントの均衡はある程度保っておくに越した事はないのだから」


「……だからこそ、アデライア様の護衛にディアノーラを直接使命されたのですね。ディアノーラであれば、アデライア様を守ってくれるだろうと信じて」


「さてな……」


 黒狼会に対しては正直このまま放置は納得がいかない。力を見せたからこそ、騎士団に友好的な理由も含めてしっかりと把握しておくべきだと考える。


 しかし今、騎士団が独自に動くのはいろいろまずかった。


「お前にはいずれ何らかの形で責任を負ってもらう事になるだろう。そして最高責任者である私にもいくらかの影響が出る可能性がある」


「……人事が動きますか」


「そう簡単にはいかんと思うが。せっかく騎士団もハイラントの色が薄くなったのだ。陛下としても、また以前の様な騎士団には戻したくないだろう。エルヴァール殿が名を上げたのを良い事に、上手く牽制に使われるのではないかな」


「…………」


「私の予想では、しばらくの謹慎。運が良ければすぐに復帰。もしくは一度、つまらん任務で帝都を離れるか……といったところか」


 クインシュバインとしては、全て納得できるというものではない。だが納得せざるを得ない部分もあった。特に親族を無くした貴族は、強く騎士団を糾弾するだろう。


 しかしクインシュバインとしては、当日の自分の部下たちはベストを尽くしたと確信している。


 騎士団からも犠牲は多かったのだ。息子のリーンハルトも自分の力の及ぶ範囲で、よくやってくれたと考えている。


 今は誰に責任があるとかいうより、あれだけ恐ろしい獣を飼っている冥狼を何とかすべきだろう。


「冥狼についてはいかがされます?」


「問題はそこだ。騎士団は当然動く。あの様な獣が帝都のどこかで飼われているとなれば、放置はできん。それこそいつも黒狼会から情報を得ていては、格好がつかんだろう」


「黒狼会からは、冥狼が閃刺鉄鷲の刺客を雇っているという情報も入っています。その冥狼と繋がっているであろう貴族は……」


「それこそ証拠がなければどうしようもない。噂と憶測だけで騎士団は動かせんのだ」


「は……」


 しかし放置できる問題でもないのは事実。どうするのか……と考えていると、ディナルドは薄く笑った。


「実は私の一存で、ある部隊を作ろうかと考えている」


「ある部隊……ですか?」


「ああ。帝都で直接冥狼を追ってもらうつもりだ。もちろん伝手がなくては難しいだろうからな。最近冥狼と正面からやり合い、騎士団に対しても肯定的な姿勢を見せている商会に手を借りるつもりだ」


 そこまで聞いてクインシュバインは曖昧な表情で笑う。


「初めから巻き込むつもりでしたか」


「当然だ。事は一刻を争う。陛下の通達により、追及はしない。だが手を借りるくらいは問題ないだろう?」





 音楽祭のあった次の日。俺はみんなと情報共有を進めていた。


 質問は後にし、とりあえず何があったのかを各々話していく。そして一通り話し終えた時、音楽祭と地下闘技場での出来事に話題が集中した。


「まずはフィンの話を聞こう。まさか音楽祭が開催されていた同時刻、そんな事があったとはな……。どう考えても無関係じゃないだろう」


「ほんとだよー。ガードンが待機していてくれてなかったら、正直危なかったもん」


 地下闘技場でフィンはグナトスに終われながら何とか地上に出た。だがグナトスは地上でもしつこく追いすがってきたのだ。


 そこをフォローに入ってくれたのが、近くで待機していたガードンだった。ガードンもその時の事を思い出しながら話す。


「互いに素手同士ではあったが。俺も魔法がなければ、危ない相手だった」





 フィンは何とか地上に出て、直ぐにガードンが待っている場所へと移動を開始した。もう魔法の効果も切れて姿も露わになっている。


 正直、追いかけてくるグナトスは正面から戦って勝てそうな相手ではなかった。


「なにあいつ……! 明らかに普通じゃないって!」


「逃がすかよぉ! 地裂衝晃破!」


 グナトスが右手を地面に差し込み、フィンに向かって振り上げる。その瞬間、地面は大きく盛り上がり、地を這いながら衝撃がフィンに向かって走った。


「な、なにそれぇ!?」


 やばい。どう見ても魔法にしか見えない何かが、自分に向かって猛スピードで向かってくる。


 衝撃波がフィンにぶつかる……と思った瞬間だった。横から姿を見せたガードンが間に入り、衝撃波を正面から受け止める。


「が、ガードン!?」


「…………!」


 ガードンの魔法は、防御力に偏重した身体能力の強化だ。鋼の様な防御力を得たガードンの肉体は、突然発生した衝撃波を問題なく受け止め切った。


「フィン。無事か」


「う、うん。でもあいつ……!」


「分かっている。どう見てもこちら側の男だな。妙な力も持っている様だ」


 自分の技を正面から受け止めきられ、グナトスはガードンを警戒しながら距離を詰める。


「んだぁ、てめぇは。どうやら仲間の様だが」


「お前こそなんだ。魔法みたいな事しやがって」


「あぁん? 俺の技を見てどうして魔法だって単語が出てきやがる。そっちのチビも姿を消していた様だが、まさかてめぇら……。いや、見た顔ではないな……」


 両者互いに無言で睨み合う。ガードンもグナトスが只者でない事は感じ取っていた。

  

 群狼武風としての経歴はヴェルトよりも長いのだ。相手を最大限警戒し、常に生き残るために最善の選択を続ける。そして自らのジンクスを信じる。


 これが今まで生き残れてきた秘訣だと、ガードンは考えていた。


「まぁ良い。こっちはこのままチビを帰す訳にはいかねぇからナァ。邪魔するってんなら、消すぜ?」


 ガードンはグナトスの挑発的な態度をよそに、フィンに話しかける。


「先に戻っていろ。俺はこいつを倒してからゆっくりと帰る」


「っ! 逃がすかよぉ!」


 ガードンに足止めされては自分が困る。そう考え、グナトスは先に仕掛けた。





「で、ガードンが勝ったと」


「ああ。奴はグナトスと名乗っていたが。自分の不利を悟ると、それ以上大怪我負う前に去っていった。だがあいつの拳。俺の魔法で強化された肉体にもダメージを負わせてきた。只者ではない」


「俺が戦った七殺星のリアデインとやらとも関係があるだろうな。あいつも普通の人間では不可能な身体能力を持っていた」


 リアデインは今の世に、かつて存在した魔法の力を復活させる研究をしている組織があると話していた。魔法そのものではないにせよ、それに近しい何かである可能性は高い。


「だがフィンの持ち帰った資料はお手柄だったな。これで大体の片は付く」


 いろいろ予期せぬ出来事はあったが、フィンは見事にその役目を果たしてくれた。


 フィンの持ち帰った資料には、冥狼がこれまでエルクォーツという石を使って行ってきた実験結果や、結社との取引についての記載があった。


 さらにエルクォーツの取引先に、ハイラントの名があるのも確認した。これはエルヴァールに良い土産ができたな。


「音楽祭での襲撃が失敗に終わり、追い詰められたのは冥狼の方だ。騎士団もこれまでとは違い、本気になってその実態を追い始めるだろう。ハイラント派は邪魔するだろうが、こいつがあればその動きをけん制する事も可能だ」


「これでハイラント派も終わり。俺たちの護衛も終わりか」


「ハイラント派が終わるかはエルヴァール次第だろうが、護衛が終わりなのは確かだな」


 冥狼はエルヴァールの背後に黒狼会がいるという事を掴んでいるだろう。そして俺の力をあそこまで分かりやすく見せた以上、おいそれと仕掛けてくる事はできないはずだ。


 襲撃できる戦力も、報復に耐えられる実力も不足しているのだ。下手に動けば、その時が冥狼の最後になりかねない。


 帝都と貴族の間で冥狼の影響力が大きく落ちるのは間違いない。今さらエルヴァールにちょっかいは出せないだろうし、弱みを握ったエルヴァールに対し、ハイラントが積極的に仕掛けてくるとも考えづらい。


「七殺星とやらについては、ダグド辺りに調べてもらおう。それと影狼の方も徐々に名を出させていく。ここで一気に冥狼の影響力を帝都から放逐するぞ」


 だが冥狼の背後にもリアデインやグナトスを始め、結社エル=グナーデがついている。結社の規模は分からないし、保有している戦力についても謎が多い。


 素直に事が進むとは考えない方が良いだろうな。

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